投資の話をすると、決まって返ってくる言葉があります。「自分には知識が無いから」「勉強する時間が無い」「センスが無いので向いていない」などといった反応です。

 こうした返答の背景には、「投資は何かを見抜く力の勝負であり、その能力のある人だけが報われる」という前提があります。実際、書店に並ぶ投資本は、銘柄の選び方やチャートの読み方を解説したものが多く、またSNSにおいても、どれだけ勝った・負けたという投稿が目立つため、そう思うのも無理はありません。

 しかし、資産形成という目的に限って言えば、必ずしもその前提は成り立ちません。今回はなぜ特別なスキルが不要と言えるか、投資スタイルの違いから考えていきます。

株式投資家は二つのタイプに分けられる

 かつて、このトウシルで連載を持たれていた経済評論家の山崎元さんは、株式投資家を「α(アルファ)派」と「β(ベータ)派」の二つに分類していました。

図1:山崎元さんの記事より抜粋(α派とβ派の分類について)

図1:山崎元さんの記事より抜粋(α派とβ派の分類について)
出所:楽天証券トウシル 「株式投資家を分類する。あなたは『α派』、それとも『β派』?」

 いわゆる投資と言えば、自らの目利きによりリターンを得るα派をイメージされる方が少なくないと思います。銘柄選択や売買タイミングの工夫によって市場平均超えを狙うほか、相場環境を問わずプラスリターンの獲得を目指すスタイルがこれに該当します。

 一方でインデックス投資家は、市場全体の平均リターンを得ることを目的とするため、上記の区分ではβ派に分類されることになります。

 これは以前この連載で述べた、「平均に乗る人」と「個別で挑む人」の違いにも共通する考え方です。

スキルが必要なのはどちらか

 本題の問いに戻ると、結局のところ投資にはスキルが必要でしょうか。答えはどちらを目指すかによって変わります。

 αを狙うのであればスキルは必要です。しかも生半可なものでは足りません。ここにはあまり語られない重要な事実があります。市場に参加している全員のαを、時価総額で加重して合計するとゼロになるのです。言い換えると、誰かがプラスのαを得ているとき、その裏側には必ず同じだけマイナスのαを負っている誰かがいます。

 つまりαの世界は、マーケット参加者同士の競争です。しかも相手には多くの情報や分析手法、ツールを駆使する機関投資家も含まれており、その中で継続的に勝ち続けるのは簡単ではありません。また、プロのファンドマネジャーが運用するアクティブファンドでさえ、コスト控除後で市場平均を上回り続けられるものは、そう多くないことで知られています。

 一方、βの獲得は全く状況が異なります。市場全体が長期的に成長すれば、そこに乗っている全員が恩恵を享受できます。誰かが勝ったから誰かが負ける、という構造ではありません。

 ただしこれは、長期的に分散ポートフォリオを維持することで市場平均を捉えるという、重要な前提があります。機動的に投資先を変更して市場平均以上のリターンを狙うことは、βではなくαの獲得を目指すことになるからです。

図2:α派とβ派の違い

図2:α派とβ派の違い
※山崎元氏の分類では、β派に市場予測に基づく「タイミング派」も含まれるが、本稿では長期資産形成に焦点を当てるため「長期分散投資派」に限定 ※出所:筆者作成 

 これがα派とβ派の決定的な違いであり、よく混同して理解されている点でもあります。資産形成を市場に勝つことではなく、市場の成長を受け取ることだと割り切ってしまえば、そこに特別なスキルは要らないのです。

なぜスキルが要らないのか

 もう少し具体的に考えてみましょう。βを受け取るためにやるべきことは、実のところ二つしかありません。市場全体に投資することと、持ち続けることです。

 市場全体に投資することは、インデックスファンドのおかげで誰にでもできるようになりました。全世界株式や先進国株式に連動する投資信託を一本保有するだけで数千の企業に投資することになります。これは一切、銘柄の目利きを必要としません。

 そしてインデックスファンドは年々洗練され、コストも下がっていきました。何十年か前であれば、個人が世界中の株式に分散投資することは事実上不可能でしたが、今では100円から投資することができます。かつては専門知識と資金力が無ければ届かなかったものが皆に開かれ、大きく投資のハードルは下がったのです。これが、スキルが不要になった最大の理由です。

 積立投資も同様に、定期買付の設定をしておけば、いつ買うかという判断すら不要になります。買うべきタイミングはプロでも100%的中させられるわけではありません。その難しい「相場を当てにいく」判断を、そもそもしなくて済むようにしたのが積み立てです。

それでも必要な三つのこと

 βの獲得に銘柄選択のスキルは不要ですが、必要なものはあります。それは能力ではなく姿勢の話です。

 第一に続けることです。資産形成の最大の敵は、相場の下落ではなく、下落したときに自分が取ってしまう行動です。市場が下げたとき、耐えられず感情的に売ってしまうと、その先の回復には乗れません。βを受け取るには、十分に分散された投資対象に投資していることを前提として、市場に居続けることが重要です。

 また、どれだけの下落なら平静でいられるのかを見極め、自分が耐えられる範囲を知っておくべきです。それを超えるリスクを取ってしまえば、資産形成の継続が難しくなるためです。これも能力ではなく、自分自身への理解の問題です。

 そして意外にも難しいのが、余計なことをしないことです。相場が話題になれば、より高いリターンを求めたくなります。レバレッジ、利回りの高さ、高度で複雑な投資戦略など、話題性があって一見魅力的に思える商品に乗り換えたくなるのです。

 以前にこの連載でも、そうした商品の死角を扱いました。何かをすることより、しないでいられることの方が難しく、そういう意味で資産形成は、少し物足りないと感じるくらいが実はちょうど良いのかもしれません。

どちらも尊重されるべき立派な投資スタイル

 世間ではいまだ「インデックス投資家は思考停止している」と冷笑する風潮が残ります。確かにインデックス投資も万能ではなく、その構造上、留意すべき点があるのは事実です。しかし「何も考えないこと」と、あえて「『しない』を選択すること」は全くの別物です。

 インデックス投資の本質は、市場全体の成長の恩恵を享受するために、不確実な予測や感情的なノイズを排除することにあります。これは思考を放棄しているのではなく、市場の集合知を自らのポートフォリオに反映させることで、膨大な金融市場の情報を効率よく利用する手段を自ら選んでいるのです。

 一方で、αを目指すことも否定されるべきではありません。自ら時間をかけて調査・分析した企業に投資することは、能動的かつ知的な営みであり、株式投資の醍醐味(だいごみ)でもあります。実際、山崎さんの分類においても、どちらが優れているという話ではありませんでした。

 問題はこの二つを混同してしまうことです。資産形成という目的のために投資を始めたはずなのに、いつの間にか市場に勝つことが目的になってしまう。そして「勝てないなら自分には向いていない」と、市場から降りてしまう。これが最も避けたい事態です。いずれを選択するにしても、自分に合った投資スタイルを理解し、それを継続することが重要です。

知識が少ないことはハンデにならない

「自分には知識が無いから」と資産形成をためらっている方がいれば、ぜひ知っていただきたいことがあります。それは、かつては専門的なアクセスを要した市場全体の成長も、今日では誰もが享受できるようになったということです。投資環境の進展によって、資産形成はかつてないほど身近なものへと変わりました。

 そして資産形成は、知識量やテクニックを競う試験ではありません。誰でもすぐに平均点を取ることができる世界であり、知識が少ないことはハンデにならないのです。

 つまり知識の多寡にかかわらず、市場の成長を継続的に受け取ることは有効な資産形成の手段の一つであり、それを生かす決断さえできれば、スタートラインは誰にとっても平等なのです。