ナスダッ子さんプロフィール
X:ナスダッ子 @AvFRoosevelt
書籍:『専業主婦、株式投資で4億円。』/著:ナスダッ子/2026年05月21日発売/フォレスト出版/1,958円(税込)
スナック ナスダッ子公式Instagram:@snack_nasdaqqo
東京で自立して働きたい。落合恵子さんに憧れて出版社へ
トウシル:ナスダッ子さんは50代から投資の世界へ飛び込み、大きな成果を出されていますが、もともとはどのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか?
ナスダッ子さん:群馬県在住で、ラジオ番組で落合恵子さんのお話を聴いて、「東京に出て、キャリアを持って自立して生きる女性になりたい」という強い憧れを抱いていた女子高生でした。
ファッションや音楽、新しいカルチャーが大好きで、とにかく早く東京で独り立ちしたかったんです。当時は男女雇用機会均等法の施行前で、短大生の求人倍率が非常に高い時代でしたので、都内の短大を卒業後に大手出版社に就職しました。
トウシル:出版社ではどのようなお仕事をされていたのですか?
ナスダッ子さん:法令集などを扱う堅めの出版社で、本を出したい方の自費出版などを担当させていただきました。当時は自費出版が盛んな時期で、著者の方も本作りに慣れていないことが多かったため「体裁や装丁も含めて提案してください」と、若手にも自由に任せてもらえる空気がありました。
未熟ながらも自分の提案が形になる、自由度の高い仕事をできたのは良い経験になりましたね。
トウシル:当時の暮らしは、思い描いていた華やかな東京生活でしたか?
ナスダッ子さん:それが全く(笑)。西荻窪の家賃4万3,000円、お風呂もエアコンもない木造アパートに住んでいました。給料は11万~12万円ほどで、食費や光熱費を払うと、自由に使えるお金はほとんど残りませんでした。
当時はバブル真っただ中でしたが、ブランド服なんて当然買えませんし、大好きな海外アーティストのライブがあってもチケット代が出せず、指をくわえて見ている状況で、東京で生活していくのに精いっぱいでした。そのころ、マイケル・ジャクソンが来日したのですが、とても手が出せず、「今はダメだけど、いつか行こう」と思っているうちに、本人が亡くなってしまい…。
トウシル:それは悔しい経験ですね…。
ナスダッ子さん:はい。「あの時に行っておけばよかった」という後悔は、今も残っています。「次」や「今度」が必ずあるとは限らないんですよね。
だから、子育てを終え、投資で資金を得た今は、好きなアーティストが来日したら、できるだけ良い席でライブを見るようにしています。今やりたい体験にお金を使うようになったのは、お金に余裕がなかった20代の経験が原点にあると思います。
生後4カ月の子どもとベルギーへ。未知の環境を楽しんだ行動力
トウシル:ナスダッ子さんは「専業主婦」と書籍のプロフィールにもありましたが、26歳でご結婚し、お仕事を辞められたんですか?
ナスダッ子さん:夫が新聞記者で、結婚する時にはすでに海外転勤が決まっていたんです。結婚1年目に子どもが生まれ、その2カ月後に夫が先にベルギーへ渡りました。私は首が据わったばかりの生後4カ月の子どもを抱えて、2カ月遅れで後を追いました。
トウシル:生後4カ月のお子さんを連れて異国へ渡るのは、大きな決断ですね。
ナスダッ子さん:周りからは心配されましたが私はワクワクしていました(笑)。夫は赴任後も周辺国への出張ばかりでほとんど家におらず「せっかく欧州に来たのに、部屋で留守番をしているだけではもったいない」と思い、0歳の子どもを連れて周辺国を旅するようになりました。
最初は初めての海外で不安もありましたが、何度か出かけるうちに「自分でも大丈夫そうだな」と思えるようになったんです。最後には子どもと二人でアフリカまで足を延ばすほど、現地での生活を満喫していましたよ。
トウシル:すごい行動力です! 言葉や環境の壁に不安はありませんでしたか?
ナスダッ子さん:現地ではフランス語や英語が交わされていましたが、分からないことがあれば家庭教師を頼んだり、周りの人に助けを求めたりしながら乗り越えました。また、私は先が見えるような生活よりも、次々と起きる新しい課題や問題を一つずつクリアしていくような生活の方が好きなので、多少不自由があるくらいがちょうどよかったです。
トウシル:その後、ご主人の転勤で帰国されたと伺いました。日本に戻ってからの生活はどうでしたか?
ナスダッ子さん:30歳を過ぎて日本へ戻り、その後は専業主婦として暮らしました。ベルギーは子育て支援が手厚く、女性の就業率も非常に高い国だったので、そうした社会を経験した後、日本に帰ってからは我慢の時間が長かったと感じます。
またその頃は、四年制大学を出た女性が男性と同じように働き、キャリアを積むのが当たり前の社会へと変わりつつありましたので、「私も仕事を続けていたら、別の人生があったのかな」と、もやもやする気持ちを抱えることもありました。
投資信託歴は約30年。それでも知識が身につかなかった理由
トウシル:投資はいつ頃から始めたのでしょうか?
ナスダッ子さん:日本に戻った頃、義理の母からの勧めがきっかけで投資信託を始めました。義母は商売をやっていた人で、事業の苦労も経験していたため、お金に関して非常に現実的で聡明な人だったんです。「あなたは専業主婦で厚生年金がないのだから、今のうちに個人年金や積み立てをしておきなさい」と具体的にアドバイスをしてくれました。
そのおかげで、バブル崩壊直後のまだ利率が高かった時期に終身の個人年金へ加入でき、普段の余剰資金も銀行ではなく証券会社のMMF(マネー・マネジメント・ファンド:主に国債、地方債、社債など信用力の高い短期金融商品に投資する投資信託)で運用する習慣がつきました。
トウシル:早くから金融リテラシーの高い環境におられたのですね。
ナスダッ子さん:本当に義母のおかげですね。そんな「師匠」が身近にいたにもかかわらず、投資の勉強は全然していなくて…。
投資信託を購入するときも、証券会社の営業パーソンから「皆さんこれに買い替えていますよ」「この商品がおすすめです」と言われるままに買い替えを繰り返し、漫然と放置していました。今振り返れば、投資信託を始めてからの30年間、もったいない時間の使い方をしてしまったと思います。
トウシル:30年間! そうはいっても、何かしらの知識は身についたのでは……?
ナスダッ子さん:全く身につきませんでした(笑)! リーマン・ショックが起きた時も、「個別株なんてやっていなくてよかった」「投資信託で資産を守っていて正解だった」と思っていたくらいです。
今なら、相場が大きく下がった後は買い場になる可能性があると考えますが、当時はそうした発想すらありませんでした。自分で勉強していなかったので、世間で言われていることや、漠然とした怖さをそのまま信じていましたね。
今から投資を始めたいと思っている方には「証券会社の担当者がたじたじになるくらい勉強して、対等に議論できるくらいになりましょう!」とお伝えしています。
64歳で夫が退職。「無収入の1年」が投資を学ぶ転機に
トウシル:長年「お任せ投資」を続けていたナスダッ子さんが、ご自身で本格的に投資を学ぼうと決意されたきっかけは何だったのでしょうか?
ナスダッ子さん:夫の退職です。夫は60歳の定年後もフルタイムの嘱託として働いていたのですが、地方の一人支局へ赴任することになりました。東京での勤務なら65歳まで続けていたかもしれませんが、健康面や安全面で不安があり、64歳で1年早く退職することを決めたんです。
トウシル:年金受給が始まる65歳までの「無収入の1年間」が発生したわけですね。
ナスダッ子さん:そうです。子どもはすでに独立し、住宅ローンも終わっていました。退職金やこれまでの貯蓄などを合わせれば、夫婦二人で生活できる余裕はあったと思います。しかし、定期的な収入がなく資産を取り崩す生活を想像すると、大きな不安を感じました。
夫の年金を繰り上げ受給できないか年金事務所へ相談すると「あなたはまだ若いのだからパートに出て、ご主人の受給は65歳まで待った方がいい」と説得されたため、私も働くことを考えました。しかし55歳を過ぎていたため、働き口を探すのは簡単ではなかったですね。
トウシル:お金の心配があると、日々の暮らしの質にも影響しますよね。
ナスダッ子さん:子育てが終わってようやく自分の人生を楽しめると思っていたのに、今度はお金のために、いろいろな楽しみを諦めなければなりません。いつまで生きるか分からない中で、資産が減る心配を抱え続ける生活は楽しくないですよね。
その当時、投資信託や預貯金、夫の退職金などを合わせると、手元には約6,000万円の資産がありました。この資産を取り崩さず、運用によって資産を減らさない方法は何かと考えた時に、思いついたのが株式投資です。その後はすぐに、最後の手段という気持ちで株式投資の本を探しに書店へ行きました。
Appleの記事で気づいた「好きな企業に投資する」選択
トウシル:55歳で、ついに本格的に投資の世界へ足を踏み入れたんですね!
ナスダッ子さん:書店で見つけた本には、「ごく普通の会社員の方がApple株に100万円を投資し、それが1,000万円以上に増えた」という記事が掲載されていました。「こんなに有名な企業でも、それぐらい成長することがあるんだ」と驚いたのを覚えています。
株を怖いと思う人と、株で利益を得られる人の間には私が想像するよりももっと大きな差があると感じ、「食わず嫌いで怖がるだけでなく一度きちんと勉強してみよう」と考えるようになりました。
トウシル:日本株ではなく米国株への投資を決めたきっかけは何だったのでしょうか?
ナスダッ子さん:Appleの記事もきっかけの一つですが、決め手となったのは当時の世界の時価総額ランキングです。
調べてみると、上位にはアマゾン・ドット・コム(AMZN)、アップル(AAPL)、マイクロソフト(MSFT)など、私が普段から使ったり、興味を持ったりしている米国のIT・ハイテク企業が並んでいました。私は昔から新しいものが好きな「IT主婦」だったんです(笑)。
必要がなくてもWordやExcelを触ってみたり、初期のマッキントッシュをいじったりしていましたので、ランキングに並ぶ会社は、なじみのある名前ばかりでした。
もし日本株に投資するとすれば、企業の業績を一から調べて銘柄を探さなければなりません。その点、米国株なら自分がサービスを利用した経験があります。国こそ違いますが、私自身が便利さや将来性を実感できる企業の方が理解しやすいと感じたんです。
証券会社の担当者からも「資産を増やしたいならナスダック(ナスダック総合指数)に注目してはどうか」と後押しされたこともあり、本格的に米国株の勉強を始めました。
トウシル:最初に買い付けた米国株は何だったのですか?
ナスダッ子さん:アマゾン・ドット・コムです。最初に一括で500万円分買い付けました。
トウシル:最初にいきなり500万円分とは大きな決断ですね! 数ある銘柄の中から、なぜアマゾンを選ばれたのでしょうか?
ナスダッ子さん:よく「最初から500万円も入れるなんて勇気がありますね」と言われるのですが、私からすれば「アマゾンだから500万円を入れた」んです。
ちょうど米国株を勧めてくれた証券会社の担当者と自宅で話をしていた時に、アマゾンで買った宅配便が届きました。それを見た担当者から「使っているなら話が早いですね。日本ではまだ利用していない人も多いので、これからさらに広がると思います」と言われたんです。
注文した商品が配送料無料で翌日に届く便利さは、私自身が実感していたので、利用者はさらに増えるだろうと考えていました。また、すでに世界的に知られた企業でしたので、株価が大きく下がるような怖さも、当時はあまり感じませんでした。まだ投資で失敗した経験がなかったからこそ、大きな金額を入れられた面もありますね。
トウシル:アマゾンから始まった米国株投資が、その後、長年のゲーム経験を生かしたエヌビディア投資へとつながっていくんですね。後編では、エヌビディア(NVDA)に注目した理由や、大きな値下がりがあっても売らずに持ち続けられた投資術について伺います!
ゲーム経験からエヌビディアへ。資産約5億円を築いた「売らない握力」 米国株投資家 ナスダッ子さんインタビュー[後編]はこちら>>
本コンテンツは情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身でご判断いただきますようお願いいたします。本コンテンツの情報は、弊社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本コンテンツの記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答えいたしかねますので、あらかじめご了承ください。また、本コンテンツの記載内容は、予告なしに変更することがあります。
当サイトの掲載画像には、Adobe社提供の画像生成AI「Firefly」を使用している場合があります。