業績堅調も、評価は低迷
早船明夫さんプロフィール
トウシル編集部(以下、トウシル):国内SaaS企業の現状をどう見ていますか?
早船明夫さん(以下、早船):ファンダメンタルズ(業績)は決して悪くありません。特にトップ層に関しては、堅実な成長を続けている会社が多数存在します。
ただし、株価や時価総額という視点で見ると、市場の評価は芳しくありません。2020年から2021年にSaaS企業への期待がピークにあった時期、国内SaaSの株価売上高倍率(PSR)が平均で16〜20倍もありました。
しかし、現在は国内SaaSのPSRが平均で2〜3倍程度まで調整されています。これは過去10年間の中でも極めて低い水準です。
SaaSは「死んだ」のではなく、「過度な期待が剥落し、実力値で評価されるフェーズ」に入ったのだと私は考えています。
大手国内SaaSのPSRの変化(5年前との比較)
| 時価総額 (億円) |
売上高 (億円) |
PSR (2021年6月末) |
PSR (2026年6月末) |
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|---|---|---|---|---|
| ラクス | 3,136 | 597 | 23.9 | 5.3 |
| マネーフォワード | 2,236 | 554 | 21.9 | 4 |
| Sansan | 1,753 | 537 | 19.1 | 3.3 |
| サイボウズ | 1,126 | 421 | 6.8 | 2.7 |
| freee(フリー) | 1,121 | 419 | 54.1 | 2.7 |
| 出所:クラフトデータ 注:売上高は会社予想。データは6月末時点。PSRは時価総額÷売上高 |
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「SaaSの死」の本質
トウシル:今年初めから「SaaSは死んだ」という悲観論が聞かれるようになり、各社の株価が大きく下落しました。その要因は何でしょうか?
早船:SaaSへの懸念が急速に広がったのは、「AIエージェントによるSaaSリプレイス懸念」が主因です。
ChatGPTやClaudeなどの急速な進歩によって、「既存のSaaSが不要になるのではないか」という懸念を抱く投資家が増えました。確かに、技術的な進化スピードにはすさまじいものがあります。
しかし、実務レベルで見たとき、日本の大企業や中堅・中小企業が明日から即座にAIエージェントに業務を全委託できるかといえば、そうではありません。国内SaaS企業において、解約率が急増したり、新規顧客がAIのせいで全く取れなくなったりという事態は、現時点ではほとんど見られません。
日本の企業文化やITリテラシー、既存の基幹システムとの兼ね合いを考えると、システムが入れ替わるには5年、10年という長い時間が必要です。つまり、「SaaSが死ぬ」というよりは、「SaaSが次の進化を求められている」というのが正確な認識でしょう。
足元では、パニックによる下げは落ち着きを取り戻しており、金融系クラウド企業のFinatext(フィナテキスト)ホールディングス(4419)のように、一時はリプレイス懸念で大きく売られた銘柄が、高値を更新しに来るような動きも見せています。ようやく冷静な判断が戻ってきた、というのが現状です。
「次に伸びるSaaS」の共通点
トウシル:今後、再評価されていくのはどのようなSaaSだと思われますか?
早船:大きく分けて、二つの軸で見ていくべきだと考えています。一つ目は、Sansan(4443)、ラクス(3923)、マネーフォワード(3994)、freee(フリー:4478)のような「圧倒的な地盤を持つトップランナー」です。
こうしたトップランナー企業に共通するのは、獲得可能な最大市場規模(TAM)が大きいという点です。例えば、フリーやマネーフォワードは、数百万社をターゲットにできる会計領域で大きなシェアを持っており、特定のニッチ領域に特化した企業とはTAMの規模が大幅に異なります。
こうしたトップランナー企業は、一度導入されると解約されにくい「スイッチングコストの高さ」を武器に、周辺領域へサービスを拡張し続けています。あわせて、「既存顧客の単価アップ」と「新規顧客の獲得」という両輪を回すことで、市場環境に左右されない安定した高成長を維持しているのです。
一方で、伸び悩んでいる企業は、年間経常収益(ARR)の絶対額も低く、成長率も鈍化し、利益も出ていない。この差が、市場での評価にも如実に表れています。
SaaSの進化系「BPaaS」
早船:二つ目は、生成AIによる恩恵を受けるSaaSです。
企業が生成AIを安全に使いこなすためのプラットフォームを提供する「AI活用支援SaaS」は成長が加速するでしょう。
その一例が、会社が従業員の生成AIの利用をセキュアに管理し、機密情報が流出するリスクを防ぐサービスを提供するエクサウィザーズ(4259)です。同社は、年間100%以上の成長率を記録しました。
彼らはSaaSとしてツールを提供するだけでなく、AI導入のコンサルティングやインテグレーションにまで踏み込んでおり、プロダクトとコンサルティングの両面から収益を上げています。
もう一つ、生成AIの普及による恩恵が期待できる分野が、SaaSと業務代行(BPO)を掛け合わせた「BPaaS(Business Process as a Service)」です。
BPaaSは、SaaSの進化系で、従来のSaaSが「ツールを提供する」だけだったのに対し、BPaaSは「ツールを使って業務プロセスそのものを巻き取る」というモデルです。
経費精算やコールセンター業務は、生成AIを使えば大幅に効率化できます。しかし、人手やITリテラシーの不足により、「自社では使いこなせない」という企業が山ほどいます。
そうした顧客に対し、専門チームを組成し、AIを活用して業務をまるごと代行するのがBPaaSです。この方法であれば、リテラシーの低い顧客でも確実に恩恵を受けられます。
サービスを提供する企業側から見ると、「労働集約的なBPOをデジタル化することで高い利益率を確保できる」という利点もあり、kubell(旧Chatwork)などがこの領域で実績を上げ始めています。
有望SaaSを見抜く「Rule of 40」
トウシル:SaaS企業への投資を考える上で重視すべき指標はどれでしょうか?
早船:特に重視すべきは、優良SaaS企業の目安となる「Rule of 40(ルール・オブ・フォーティ、売上成長率+営業利益率が40%以上)」という成長と利益のバランスを示す指標です。
4〜5年前、SaaS企業は「赤字を掘る」のが当たり前でしたが、トップランナー企業を中心に利益をしっかりと出せている会社が増えています。例えば、名刺管理でトップのSansanは売上成長率が24.5%、営業利益率は15.5%、その合計は40%です。
こうした優良企業でも株価収益率(PER)が、日経平均株価の平均PER(約17倍)と比較してもディスカウントされていることがよくあります。
Sansanのような高い成長と利益を両立する企業だけでなく、ラクスのように事業売却により成長率が一時的に40%を割っていても、高い利益率と中期経営計画への信頼感から、評価をされ続けている銘柄もあります。
Rule of 40を満たす国内SaaS
| 売上成長率 | 営業利益率 | 合計 | |
|---|---|---|---|
| ラクス* | ▲1% | 34.4% | 33.4% |
| Sansan | 24.5% | 15.5% | 40% |
| プラスアルファ・コンサルティング | 14.1% | 38.5% | 52.6% |
| PKSHA Technology(パークシャテクノロジー) | 60.8% | 14.3% | 75.1% |
| エクサウィザーズ | 30% | 14.7% | 44.7% |
| FinatextHD | 40.2% | 21.5% | 61.7% |
| スマレジ | 15.3% | 26% | 41.3% |
| 弁護士ドットコム | 25.9% | 14.6% | 40.5% |
| オロ | 15.2% | 30.6% | 45.8% |
| eWell | 26.1% | 45.1% | 71.2% |
| トヨクモ | 19.4% | 32.8% | 52.2% |
| 出所:クラフトデータ。▲はマイナスを示す 注:売上成長率は会社予想。データは6月末時点。*ラクスの人材派遣事業の売却影響を除いたSaaS事業の成長率は、15%以上であり、実質的にRule of 40を満たしている |
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生成AIの影響など事業の中身を精査する必要はありますが、しっかり利益を出しつつ、成長率も維持しているSaaSは狙い目だと私は考えています。
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