近年、米国市場を中心に「SaaSの死(Death of SaaS)」というショッキングな言葉がささやかれるようになりました。これまで株式市場の優等生であったソフトウエア株、特にSaaS(Software as a Service)企業が逆風にさらされています。今回は現在の市場環境と今後の展望を整理し、実際の企業事例を通じて、ソフトウエア株への投資ポイントをお届けします。

「SaaSの死」が意味する現在の市場環境

 ソフトウエア企業が直面している逆風は、主に二つの構造的な変化に分解できます。

 第一に、生成AIの台頭です。これまで人間が手入力で行っていた業務をAIエージェントが自律的に処理するようになると、人間が操作するためのSaaS画面(ユーザーインターフェース)自体の価値が低下し、ライセンス数(課金アカウント数)が減少するのではないかという懸念が生まれています。これが「SaaSの死」という言葉の根底にある本質的な脅威です。

 また、「Claude Code」などの生成AIを活用したプログラミング支援の高度化によって、自社でスピーディーにソフトウエア開発が行えるようになっていることもこの議論を加速させる原因となっています。

 第二に、マクロ経済環境の変化です。かつて市場は「赤字を掘ってでも売上成長を伸ばす」企業を高く評価する傾向にありました。しかし、金利上昇に伴ってバリュエーションの低下が起き、市場の目線は「成長性」から「収益性とフリーキャッシュフロー」へと急激にシフトしました。

「SaaSの死」ではなく「淘汰と進化」

 結論から申し上げると、ソフトウエアやSaaSというビジネスモデル自体が直ちに消滅するわけではありません。今後市場で起こるのは、厳しい「淘汰(とうた)」とAIを取り込んだ「進化」です。

 身近な具体例から説明します。

  1. まず、あなたの手元で使える生成AIを用意します。(生成AIのアプリを普段使っていない方はGoogle検索などのAIモードでも良いです)
  2. あなたが欲しいアプリケーションを生成依頼します。(例:関数計算ができる電卓アプリを作成して)
  3. すぐに使えるアプリケーションが生成されます。(ブラウザで動くなどの指定もできます)

 プログラミングを全くやったことがない方でも一瞬でコードを生成できる時代であることはご認識いただけるかと思います。私が過去にコンピューターの教育支援の活動をしていた際は、初心者では基本である「Hello, World!」という文字を表示させたり、電卓を作成させたりするだけで初回の講義が終わることもありました。そこからの進化は素晴らしいものだと思います。

 しかし、現在の社会で私たちが電卓アプリを量産できたからといって大勢の方が助かるということもないでしょう。

 実際に社会で使われるソフトウエアではリアルタイムのニュースや保有するデータをつなげて初めて実用に足るものとなります。この基盤や信頼性を提供する企業には、生成AIが進化してもニーズは残っています。またそのソフトウエア機能としてAIが組み込まれていることも多くなっています。

 このように、進化した生成AIは、従来のSaaSが採用してきた「利用した人数と期間」に基づく課金(シート課金)から、「どれだけ生産性を高めたか」という成果に対する課金へと、価値の基準を変えつつあります。

 これまでは、ニッチな課題を解決する単機能のSaaSであっても、容易に資金調達と成長が可能でした。しかし今後は、複数の機能を統合し、企業のインフラとして深く根を張るプラットフォーマーに投資資金が集中する勝者総取りの傾向が強まります。

 また、自社のソフトウエアに独自のAI機能を深く組み込み、顧客の生産性を継続的に向上させ、単価引き上げに成功する企業が次の相場をけん引していくでしょう。

<SaaSの死で論じられる課金モデル>

<SaaSの死で論じられる課金モデル>
出所:筆者作成

日米ソフトウエア主力企業、明暗分けるポイントは?

 ここでは、日本と米国の市場をけん引する代表的な企業を紹介し、今後の成長において明暗を分けるポイントを分析します。

 まず、国内市場では依然としてクラウド化の余地(TAM)が大きく、両社ともトップライン(ARR)の成長を維持しつつ、販売・マーケティング費用の投下効率を見直し、利益創出フェーズへ移行している点が最大の焦点です。

マネーフォワード(日本:3994)

ビジネスモデルと強み:コンポーネント型(マルチプロダクト)戦略。会計、経費精算、給与計算など、単一プロダクトから導入し、後から別プロダクトをクロスセルしていく手法に強みがあります。

ターゲット層:個人事業主やスモールビジネスからスタートしましたが、現在は中堅・エンタープライズ(法人)向けへの進出が成長ドライバー(ARPU向上)となっています。

財務・投資の焦点:長らくARR成長を最優先してきましたが、2025年通期では調整後EBITDAマージンが9.9%と前期比で+5.2%となっており、EBITDAの黒字化から営業利益の黒字化へと明確にフェーズを移行しています。マルチプロダクト化による顧客生涯価値(LTV)の向上と、顧客獲得単価(CAC)の回収期間の短縮など、ユニットエコノミクスの改善が評価の鍵です。

<マネーフォワードの週足株価>

<マネーフォワードの週足株価>
出所:MSIIより筆者作成(2026年4月8日終値時点)

フリー(4478)

ビジネスモデルと強み:統合型(オールインワン)ERP戦略。「マジ価値」を掲げ、データがシームレスに連携するUI/UXの高さが特徴です。一度導入されるとリプレイスされにくい強固な顧客基盤を持ちます。

ターゲット層:依然としてスモールビジネスにおいて圧倒的なブランド力を持ちますが、マネーフォワード同様にミッドマーケットへの展開を強化しています。

財務・投資の焦点:統合型であるが故に初期の導入ハードルや開発投資が重くなりやすい傾向がありましたが、こちらも収益性改善が市場から厳しく問われるフェーズに入っています。

 ARPUの引き上げと、解約率の低位安定によるARRの質の高さが注目ポイントです。株価は低迷していますが、売上高の安定性は高いと考えます。

<フリーの週足株価>

<フリーの週足株価>
出所:MSIIより筆者作成(2026年4月8日終値時点)

米国で成長するSaaS企業

 米国のメガSaaSは、売上高成長率と営業利益率の合計が40%を超えるかという「40%ルール」の基準をクリアし、さらに生成AIエージェントなどのAI機能による価格改定で成長を再加速させようとしています。

Salesforce(CRM)

ビジネスモデルと強み:SFA/CRM領域の絶対的王者。MuleSoft、Tableau、Slackなどの買収や合併(M&A)を通じて巨大なエコシステムを構築し、フロントオフィス業務を網羅しています。

成長フェーズの転換:かつてのハイパーグロースから高収益グロースへ完全にかじを切りました。物言う株主の介入を契機にコスト削減を実施し、営業利益率が劇的に改善しています。2026年1月期ではGAAP営業利益率で20.1%と前年の+1.1%になっています。

投資の焦点:バリエーションの軸は、株価売上高倍率(PSR)から、株価収益率(PER)やフリーキャッシュフロー(FCF)利回りに完全に移行しています。今後のトップライン成長の鍵は、AI機能のマネタイズが既存顧客にどれだけ浸透するかです。

<Salesforceの週足株価>

<Salesforceの週足株価>
出所:MSIIより筆者作成(2026年4月8日終値時点)

ServiceNow(NOW)

ビジネスモデルと強み:ITサービスマネジメントから始まり、人事、カスタマーサービスなどエンタープライズのあらゆるワークフローを自動化するプラットフォームへと進化しました。極めて高い売上継続率を誇ります。

圧倒的な優位性:マクロ経済の不透明感がある中でも、大企業のITコスト削減・効率化ニーズを捉え、業績のブレが非常に少ないのが特徴です。常に「40%ルール」を高いレベルで達成し続けています。

投資の焦点:SaaS銘柄の中でも常に高いマルチプルで取引されています。AI機能による単価の押し上げ効果が顕著に表れており、完璧に近い業績見通しを出し続けられるかが焦点です。

<ServiceNowの週足株価>

<ServiceNowの週足株価>
出所:MSIIより筆者作成(2026年4月8日終値時点)

 このように、ソフトウエアやSaaSというビジネスモデル自体が直ちに消滅するわけではありません。今後市場で起こるのは、厳しい「淘汰」とAIを取り込んだ「進化」です。

「SaaSの死」という言葉は、無条件にソフトウエア株が買われた熱狂の時代の終焉(しゅうえん)を意味します。しかし、それは同時に、本質的な収益力と次世代の技術力を持つ「本物」の企業を見極める絶好のチャンスでもあると考えます。売上の裏にある企業の競争力と価格支配力を冷静に分析し、来るべき次の成長サイクルに目を向ける必要があると考えます。