優待太郎さんプロフィール
ブログ:MBAホルダーが保有している株主優待銘柄
X:優待太郎@親子で優待株だけで1億達成のMBAホルダー
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習志野駐屯地から帰還、なぜ投資家が「銃」を握るのか
優待太郎さん:今日はよろしくお願いします! こちらお土産です。
トウシル:わざわざありがとうございます! …習志野駐屯地? 見学にでも行かれたんですか?
優待太郎さん:いえ、僕は予備自衛官として自衛隊に所属しており、先日習志野で訓練してきました。中に入らないと買えないお菓子ですよ。
トウシル:予備自衛官としても活動されているんですか!? 投資家で予備自衛官というのは非常に珍しい組み合わせに感じます。なぜ志願されたのでしょうか。
優待太郎さん:自分の目で安全保障を学びたかったから、というのが大きな理由です。株式投資を深く追求していくと、必ず地政学的リスクやマクロ経済の動向に行き着きます。しかし、ネットのうわさやSNSの情報を眺めているだけでは、本当のところは分かりません。
実際に中に入って規律を学び、自分の手で銃を握ることで、日本を守る仕組みの理解に対する解像度を上げたかったんです。
トウシル:解像度の上げ方がダイナミックすぎます! 訓練ではどんなことをするんですか?
優待太郎さん:年に5日間、駐屯地で実弾射撃や災害派遣の訓練を受けています。現場の空気感はすさまじいの一言ですよ。特に習志野駐屯地は自衛隊最強といわれる「第1空挺団」がいるところですからね。僕は予備自衛官としてそれを見て「これが日本の防衛のリアルか」と実感するわけです。
お風呂に入ると、空挺隊員の逆三角形の体格と、僕ら予備自衛官の「三角形(笑)」の体格に格差を感じたりもしますが、この実体験こそが、僕の投資判断における「現場主義」の根幹になっています。
トウシル:何事も、自分の目で確かめなければ気が済まない、体当たり投資家さんなんですね。しかし、太郎さんが投資を始められたのは1997年、山一証券が自主廃業し、日本経済が戦後最大の危機に直面していた時期と伺っています。まさにバブル崩壊を体験している真っ最中に投資を始めるとは、驚きですが…。
優待太郎さん:実は祖父も含め、3代続けての投資家系なんです。バブル崩壊は私が20歳になったのと同時期なんですが、株価が下がりまくっている最中に、株式投資好きの父親に「証券口座をつくりに行くぞ」と半ば強制的に連れていかれたのが始まりでした。
トウシル:当時の売買環境は、今とは全く違ったのでしょうね。
優待太郎さん:ネット証券なんて存在しませんから、地元にある中堅証券会社の窓口か電話注文。買ったばかりの携帯電話を握りしめて電話するんですが、当時の携帯は重さは300g前後。まるで分厚いステーキ肉のような重さで、ズボンのポケットに入れていたら穴が開いて落ちましたからね(笑)。
売買手数料は1回2,500円。往復で5,000円。しかも税別です。今の格安手数料からは考えられないコストです。
トウシル:5,000円! それだけで数株が買えてしまいますね。
優待太郎さん:さらに「ほふり(証券保管振替機構)」もなかったので、株券は紙のままタンス保管です。配当をもらうために手数料500円を払ってわざわざ名義変更をしなければいけません。
株券の裏を見ると、過去の所有者の名義がずらっと並んでおり、たまに元総理大臣の名前を見つけて、親子で「おお、歴史を感じるな!」なんて面白がっていましたが、今から思えばコストと手間が異常な時代でした。
自分の意志でなく、証券マンの言葉を信じて手痛い洗礼を受ける
トウシル:その環境で、最初に何の銘柄を買ったのですか?
優待太郎さん:僕は当時ブームになりかけていたヤフー(現:LINEヤフー、4689)やソフトバンク(現ソフトバンクグループ:9984)に目をつけたんです。「これはネットの時代が来るぞ」という確信がありました。
しかし、担当の証券マンに鼻で笑われました。「素人さんははやり株を欲しがる。ネットなんて一時的なブームだ。俺が勧める真面目なスーパーゼネコン株を買いなさい」と一喝されたんです。
トウシル:そ、それで結局どうされたんですか?
優待太郎さん:結局、逆らえずに、そのゼネコン株を買いました。その後の結末は、歴史が証明している通りです。僕が欲しかったヤフーは時価が1億円を超えるお宝株になり、勧められたゼネコン株は経営破綻。僕の手元には、文字通り「紙くず」が残りました。
トウシル:すさまじい洗礼ですね。今振り返って、その経験から何か学べたのでしょうか。
優待太郎さん:「相手がプロであっても、他人の言葉はうのみにしてはいけない」ということです。なぜあれほどネット証券が普及したかというと、自分たちが買いたい株を自由に買わせてもらえなかった、古い証券会社の体質にみんながへきえきしていたからなんだと思うんですよ。この時以来、自分の頭で仕組みを理解し、納得したものにしか投資しないと心に決めました。
トウシル:だから予備自衛官に結び付くんですね。お名前にもなっている優待株への投資も、ご自身の投資哲学が生きているのでしょうか?
優待太郎さん:1999年、僕が持っていたダイエーの株が、優待投資に目覚めたきっかけでした。ダイエー・ホークス(現:福岡ソフトバンクホークス)が優勝して、日本一になったんです。その優勝セールに合わせてダイエーの店舗へ行くと、株主優待でさらに大幅な割引が受けられるじゃありませんか。とにかく「なんだこれ、めちゃくちゃお得じゃないか!」と驚きました。
トウシル:配当金とは違う喜びを見つけたんですね!
優待太郎さん:そうなんです。配当で数百円もらっても「増えた」という実感は薄いですが、お店で1,000円引き、2,000円引きになるのは、直接リターンが手元に届く実感があります。
特に当時のダイエーは、ウェンディーズや神戸らんぷ亭なども傘下だったように記憶しています。たくさんの店で使えて、使い勝手も抜群でした。「投資って、こんなに生活を楽しくするものなんだ!」という原体験が、このときに生まれました。
勝負どころで投げ打つ「手金(てがね)」の哲学
トウシル:太郎さんのビジネス面でのキャリアも非常にユニークです。今に至るまでの経緯を改めて整理していただけますか?
優待太郎さん:大学を卒業後に初めて入社したのは化成品の卸問屋です。次に生保フルコミ営業、ベンチャー、そして今の非上場大手企業と渡り歩きました。こうしてみるとバリエーションが豊かですね。
トウシル:まったくです! このご経歴も「自分で確かめなきゃ気が済まない」投資スタイルに生きていますか?
優待太郎さん:はい。特に、最初の化成品卸の仕事の影響が大きいですね。化成品を使用する先は、船から建物、原発、自動車、工場までさまざまです。
バブル世代の上司が、就職氷河期でやっと入社できた新卒の僕たちに、仕事を丸投げしてくるものですから(笑)、僕は必死であらゆる業界の仕組みを勉強しました。おかげであらゆるセクターのビジネスモデルを「サラッとなめる」程度の知識がつきました。
トウシル:サラッとなめるどころか、その後、がっつり深く学ぶための、MBAも取られてますよね…? なぜMBAを取得しようと思われたんでしょうか?
優待太郎さん:新卒で入社した会社が経営難に陥ったのがきっかけです。元々経営に興味を持っていたことも後押しになり、会社が傾く理由を体系的に学びたくなりました。その後、小泉内閣の構造改革特区により、株式会社が運営するビジネススクールが認可されブームになりました。その流れで私も入学することになり、MBAを取得したんです。
トウシル:働きながらMBAを取得…! 大変だったと思いますが、どのように乗り越えたのでしょうか?
優待太郎さん:もう力技ですね(笑)。特に在学中に転職した生保営業はフルコミッション契約でしたので、週3営業日で必要な契約を取り、残りの4日を勉強に充てました。深夜バスや青春18きっぷを駆使しながら、地元から大阪のビジネススクールに通い続けましたが、最後は単位を埋めるために東京に行くこともありましたね。
ただ、頑張っただけのリターンは確かにありました。企業の様子を肌で感じたくて、たまに株主総会にも参加するようにしているのですが、この間参加した株主総会では、ビジネススクール時代の同級生が社長をやっていて、質問で手を上げたときに目が合って気づき、お互い「あ」、「おお」、と苦笑しあいました(笑)。
トウシル:人脈も同時に増えたのですね。それにしても、とんでもないバイタリティーですね…! なぜそこまで頑張れたんでしょうか。
優待太郎さん:ビジネススクールに入学するために、当時の手持ちの株を全部売却して学費を用意したんですよ。もう後には引けない、MBAを取らないと全てが無駄になるというところまで自分を追い込んだことが、頑張り抜けた理由の一つになったと思います。
トウシル:ということは、一度、投資市場から退場しているんですか!?
優待太郎さん:そうです。実はその前にも、マンションを買うために全保有株を売却したことがあります。ですので、退場経験は2回ですね。
トウシル:人生の節目で、資産を全売却するという大胆な決断を2度もされたんですね。資産をゼロにする怖さはなかったですか?
優待太郎さん:全くありません。僕には「手金(てがね)」の哲学があるからです。戦国武将の黒田官兵衛をご存じですか? 彼は、普段はケチと言われるほどお金を蓄えていましたが、関ヶ原の戦いの時にはその蓄えを全て吐き出して、九州平定に王手を掛けるほどの兵を集めました。
人生には何度か勝負をしなければいけない時があります。その時に勝敗を左右するのは手金です。どれだけ勝負にお金をかけられるかによって、勝敗が大きく変わるのは間違いありません。使うべきときに使える手金を「増やしている」感覚ですので、迷いなく退場して資金を用意できたんだと思います。
トウシル:もし、その2度の勝負をせずに「老後のために」と株を持ち続けていたら、太郎さんの人生はどうなっていたんでしょうか。
優待太郎さん:おそらく東京へ出てくることもなかったし、今の年収も半分以下だったでしょう。自分の意志で人生を選択するためにこそ、僕らは株を買い、手金を増やすべきだと、声を大にして主張したいですね。
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