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著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
有事の金(ゴールド)を偏向報道にしない方法

分かりやすければ損をしてもよいのか?

 ここ最近、「偏向報道」という言葉を頻繁に見聞きするようになりました。これは、正反対の議論が存在する条件下で、情報の発信者が片方の情報だけを発信することを意味する言葉です。

 筆者は常々、部分的な情報の流通という意味での「偏向」は、金(ゴールド)や原油などの市場で起きていると、考えています。

図:「偏向報道」から考える市場関連情報

出所:筆者作成 イラストはPIXTA

 基本的に、人は見たいように見たり、聞きたいように聞いたり、信じたいように信じたり、感じたいように感じたりする生き物です。また、痛みや困難を避ける傾向もあります。

 情報の発信者も受信者も人です。このため「分かりやすい」という思惑が一致すれば、「偏向」はいとも簡単に起きます。過去の大きな出来事がきっかけで生じた「共通認識」や、日本国内の多くの人の「願い」などが、分かりやすさの根拠となり得ます。

 1970年代後半に中東近辺で有事が同時多発した時に金(ゴールド)相場が一時的に急騰したことは、今でも金(ゴールド)市場に分かりやすい共通認識として残っています。そして、インフレによって国民の生活が脅かされている日本では、原油価格が下がることを願う人は多くいます。

 こうした共通認識や願いが、実際の値動きと合致すれば、何の問題もありません。しかし近年は、合致しないケースが頻発しています。

 個人投資家を含む市場関係者の最優先事項は、価格推移です。投資をしている人の損益に直接的に結びつくためです。分かりやすければ、損をしてもよいと考える市場関係者はいないでしょう。

 市場関係者にとって、共通認識や願いは分かりやすいだけに、やっかいな存在です。分かりやすさに惑わされないよう、情報の発信者も受信者も、留意しなければなりません。偏向を生じさせないためには、双方が一歩、踏み込んだ議論をすることが欠かせません。

金(ゴールド)は有事でも価格下落が発生

 金(ゴールド)における偏向とは、情報の発信者が有事の金(ゴールド)、株と金(ゴールド)は逆相関、ドルと金(ゴールド)は逆相関という、同市場の部分的な要素を強調し、同時に情報の受信者が戦争の時の金(ゴールド)は買いだ、株価やドルが下落している時に金(ゴールド)が受け皿になってくれるなどと考え、双方が分かりやすい「共通認識」で一致している状態です。

 実際のところ、以下のとおり、西側と非西側の代理戦争という背景を持ち、世界規模の危機になったウクライナ戦争が勃発した2022年の金(ゴールド)の国際相場は、下落しました。有事発生でも、株価乱高下でも、金(ゴールド)の国際相場は下落したのです。

図:金(ゴールド)の国際相場の年間騰落率(2010年以降)

出所:ブルームバーグのデータを基に筆者作成

 マイナス0.43パーセントは、大きな規模ではありません。ですが、下落したことは確かです。上記はLBMA(ロンドン貴金属教会)の価格を参照していますが、NYの金(ゴールド)先物も小幅なマイナスでした。

 なぜ、あの2022年の金(ゴールド)の国際相場が下落したのでしょうか。マイナスが小幅だったことから、有事と株価乱高下起因の上昇圧力がかかりつつも、別途存在した下落圧力に上値を抑えられたことがうかがえます。当時の下落圧力は、以前の「金(ゴールド)相場の核心部を照らす超良問」で書いたとおり、同時進行した急激なドル高によって発生しました。

 金(ゴールド)市場を分析するためには、時間軸ごとに、注目するテーマを分ける必要があります。短中期であれば、「有事ムード(有事発生時の資金の逃避先需要)」「代替資産(株の代わり)」「代替通貨(ドルの代わり)」の三つです。

 中長期であれば、「中国・インドなどの宝飾需要」「鉱山会社の動向」「中央銀行の動向」の三つ、超長期であれば、西側と非西側の分断などで生じる「見えないリスク」です。三つの時間軸にわたる合計七つのテーマが金(ゴールド)市場を分析する際の大きなヒントになります。円建て金(ゴールド)の場合は、「ドル/円の変動」を追加します。

 2022年という短中期的な時間軸における様子を示した図が、以下です。図の左側に示したとおり、有事ムードと代替資産起因の上昇圧力が発生していたものの、代替通貨起因の下落圧力に押され、その結果、小幅なマイナスとなりました。

図:ウクライナ戦争が勃発した2022年の金(ゴールド)市場の環境(図の左側)

出所:筆者作成

 当時、円建て金(ゴールド)は、急激なドル高の反対側の急激な円安がきっかけで、大幅に上昇しました。国際相場安、円安という環境にあったことから、円建て金(ゴールド)相場の大幅上昇はあくまで、円安をきっかけとした上昇であり、有事や株価乱高下による上昇ではなかったと言えます。

 有事や株価乱高下という「共通認識」が浮上する中、金(ゴールド)の国際価格が下落したことは、金(ゴールド)相場を分析する際に、偏向(共通認識)がいかにご法度であるかを教えてくれています。

原油はトランプ氏大統領選勝利でも高騰中

 原油における偏向とは、情報の発信者と受信者が、日本を苦しめているインフレ(物価高)の主因である原油価格高止まりという共通の敵が勢力を失ってほしいという、共通の願いで一致している状態です。こうした多くの人が異論を唱えない状態にも、偏向は存在します。

 以下は、原油相場の値動きです。トランプ氏が2024年の米大統領選挙で勝利した後も、およそ80ドルを挟んだ上下15ドル程度のレンジの中で高止まりしたままです。「「掘りまくれ!」で原油価格は下がらない?」で述べたとおり、勝利をきっかけに原油相場が暴落するという思惑が広がりました。なぜ、原油相場はトランプ氏勝利でも、暴落していないのでしょうか。

図:NY原油先物(月足 終値)と米CPIのエネルギー(実数値)の推移

出所:世界銀行および米セントルイス連銀のデータより筆者作成

 原油相場が高止まりしている要因の一つに、OPECプラス(石油輸出国機構12カ国と非加盟の産油国10カ国で構成)の原油の減産が挙げられます。OPECプラスは閣僚級会合を原則として年に二回(6月初旬と12月初旬前後)実施しています(状況に応じて臨時に実施する場合あり)。これとは別にJMMC(共同閣僚監視委員会)を二カ月に一回、行っています。

 OPECプラスの閣僚級会合は、主に2017年1月に始まった「協調減産」という、減産のベースとなる大きなプロジェクトの方針を変更したりする場です。「自主減産」についてはJMMCや随時実施する会合で方針を決定しています。

 閣僚級会合とJMMCが重なった12月5日は、協調減産の期間延長(2026年12月まで1年間延長)と、自主減産の縮小実施(2025年4月から段階的に縮小させ、2026年後半に自主減産をほぼ終了)を決定しました。

図:OPECプラスの減産(イメージ) 単位:万バレル/日量

出所:ライスタッド・エナジー、JODIのデータおよびOPECの資料を基に筆者作成

 上の図のとおり、自主減産は縮小しても、協調減産は継続します。自主減産の縮小は、余分に実施していた減産を、OPECプラスの管理下で段階的に縮小するものであり、OPECプラスの原油生産量を急増させるものではありません。

 一部の報道では、自主減産の縮小を、「増産」と捉えていますが、OPECプラスの管理下で自主減産の縮小が行われるため、世界全体の需給バランスを大幅に緩ませる可能性は低いと考えるのが妥当だと筆者は考えています。このため、この言葉で自主減産の縮小を表現することは適切ではないと、筆者はみています。

 米国に埋まっている化石燃料を「掘って、掘って、掘りまくれ!」と号令をかけたトランプ氏が米大統領選挙で勝利したことを受け、原油の需給が大きく緩み、価格が急落すると感じた市場関係者は少なくありませんでした。

 ですが、OPECプラスの減産が一因となって上昇圧力がかかり、原油相場は高止まりしたままです。インフレ状態から脱却することを「願う」多くの人の思いが強まる中で、原油相場が高止まりしていることは、原油相場を分析する際に、偏向(願い)がいかにご法度であるかを教えてくれています。

金(ゴールド)と原油市場の実態に迫る

 では、どのようにすれば、金(ゴールド)と原油の実態に迫ることができるのでしょうか。「偏向」の特徴である「共通認識」と「願い」という、分かりやすさが際立った状態だけが分析に必要な要素ではないと認識することが、その一歩目になります。(決して、共通認識と願いが不要と言っているのではありません)

 複数の関連する事象を、同時に感じることが、実態に迫るコツです。たしかにそこには、事象を点で見ることが許された時代に存在した分かりやすさはないかもしれません。ですがこのコツは、今どきの金(ゴールド)と原油市場の分析には、欠かせない考え方です。

 有事が発生して不安が強まったり、株価が乱高下したりしても金(ゴールド)価格が下落する場合があったり、トランプ氏が米大統領選挙で勝利して需給が緩むとの思惑が広がっても原油価格が高止まりしたりしている以上、個人投資家を含む市場関係者は、共通認識と願いは複数のテーマの一つに過ぎないと認識する必要があります。

図:足元の金(ゴールド)市場を取り巻く環境(2024年12月時点)

出所:筆者作成

 上の図は、筆者が考える足元の金(ゴールド)市場を取り巻く環境です。2022年の金(ゴールド)相場の値動きの箇所で述べたとおり、短中期の時間軸に、「有事ムード」「代替資産」「代替通貨」の三つがあります。中長期・超長期の時間軸で金(ゴールド)相場を展望したい場合は、「中央銀行」と「見えないジレンマ」に注目する必要があります。

 下の図は、筆者が考える足元の原油市場を取り巻く環境です。

図:足元の原油市場を取り巻く環境(2024年12月時点)

出所:筆者作成

 トランプ氏が米大統領選挙で勝利したにもかかわらず、原油相場が高止まりしている要因に、先述のOPECプラスの減産のほか、産油国に関わる国々での戦争、トランプ政権下で想定される米国内の原油需要増加などが上昇圧力をもたらしていることが挙げられます。

 あくまでも高止まりであり、目立った上昇は発生していません。このことは、上昇圧力と下落圧力の両方が、原油相場にかかっていることを意味します。下落圧力をかけている要因は、中国における悲観論やトランプ政権下で想定される米国内の原油供給増加などです。

情報の発信・受信者が居るべき「ゾーン」

 今どきの金(ゴールド)も原油も、「分かりやすいから」という理由で、過去にできた「共通認識」や「願い」だけを頼りに分析をすることができません。多少煩雑でも、本レポートで示した複数のテーマを同時に確認しなければなりません。その際に役立つ考え方が、「二つのゾーン」です。

図:人の「二つのゾーン」

出所:各種資料より筆者作成

 コンフォートゾーンとは、安全・安心を重んじ、低リスク・リターンで少し退屈、安全と制御への誤解をはらむ安心・退屈な状態と、他人に気を取られ、言い訳・弁解をし、自尊心が低く、間違いを気にする依存・低信頼の状態です。

 ラーニングゾーンとは、挑戦して問題を解決し、過ちを認め、新しいスキルを獲得し、高い自尊心を持つ自立・高信頼の状態、さらには、夢を謳歌(おうか)して高揚感に浸り、目的と意義を発見し、新しいゴールの設定する誰・何にも制限されない状態です。

 本レポートのタイトル「有事の金(ゴールド)を偏向報道にしない方法」とは、情報の発信者、受信者が、共にラーニング(学習)ゾーンに移行することです。こうすることで、双方が全体観を優先する環境ができ、共通認識や願いに頼る機会が減り、やがて実態に則した情報が流通するようになると、考えられます。

 もしかしたら、情報の発信者、受信者の中には、分かりやすさを優先できるこれまでの状態がよい、と考える方もおられると思います。

 しかし、有事や株価乱高下でも金(ゴールド)相場が下がるケースがあること、トランプ氏が米大統領選挙で勝利しても原油相場が高止まりしたままであることを考えれば、これまでの状態はすでに限界に達していると考えるべきではないでしょうか。

 コンフォートゾーンからラーニングゾーンに移行するための手段については、世界中でさまざまな研究がなされていますが、筆者が最も効果があると考える手段は、読書と料理をすること、スマートフォンではなくパソコンを重用すること、パソコンデスクの横に世界地図を置くこと、そして静かな環境で一人になる時間を設けることです。

 投資や資産形成のためだけでなく、生きる術(すべ)を拡張する意味でも、ぜひ継続的に、上記の手段を試してみてはいかがでしょうか。

[参考]積立ができる貴金属関連投資商品例

純金積立(当社ではクレジットカード決済で購入可能)

純金積立・スポット購入

投資信託(当社ではクレジットカード決済、楽天ポイントで購入可能。以下はNISA成長投資枠対応)

ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
三菱UFJ 純金ファンド
ゴールド・ファンド(為替ヘッジなし)