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著者の土信田 雅之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
変化する「トランプ相場」のストーリー~米国市場は強気と弱気で揺れ動く?~

好調が続く米国株市場 ただし気になる点も

 11月最終週となる今週の国内株市場ですが、日経平均株価は引き続き、3万8,000円から4万円のレンジ相場が続いていますが、節目の3万8,000円台を下回る場面が散見されるなど、やや低調な印象となっています。

 それに対して、米国株市場に目を向けると、ダウ工業株30種平均とS&P500種指数が史上最高値を更新する場面があったほか、ナスダック総合指数も高値圏での推移となっています。さすがに感謝祭で休場前となる27日(水)の取引では利益確定売りが出て下落したものの、好調さは維持しています。

<図1>米主要株価指数の動き(2023年末を100)(2024年11月27日時点)

出所:MARKETSPEEDIIおよびBloombergデータを基に筆者作成

 上の図1は、昨年末を100とした、米主要株価指数のパフォーマンスを比較した指数チャートですが、ナスダックとS&P500を中心におおむね上昇基調が続いていることが分かります。

 また、図1で注目すべき点は、米国の中小型株で構成されているラッセル2000が強い動きを見せている一方で、半導体関連銘柄で構成されているSOX指数が低調なことです。夏場までのSOX指数は、ぶっちぎりのパフォーマンスだったのですが、現在では図1の主要株価指数の中で最下位に沈んでいます。

 つまり、足元の米国株上昇のけん引役は、これまでの半導体関連株ではないということになります。

米国株を支えた材料は?

 では、「こうした米国株上昇の背景にあるものは何なのか?」について考察すると、やはりトランプ次期政権が絡んでいると思われます。

 具体的には、米財務長官候補にベッセント氏が指名され、これが好感されたことが挙げられます。同氏は著名投資家のソロス氏のファンドで腕を磨いてきた経歴の持ち主で、「金融市場を熟知している」人物の選出が市場に安心感をもたらした格好です。

 米国の財務長官については、これまでにも米金融業界の出身者が就任した実績があり、必ずしも珍しいことではないのですが、過去の長官はいずれも「セルサイド(金融商品を売る側)」の人物でしたので、ベッセント氏がこのまま就任すれば、初めての「バイサイド(投資家側)」の長官になります。

 また、ベッセント氏が財務長官候補に指名されたと報じられたのは11月22日(金)なのですが、下の図2を見ても分かるように、米10年債利回りはこの日から上昇基調がいったんストップし、低下傾向になったことで、株式市場の追い風になった面があります。

<図2>米10年債利回りの推移

出所:楽天証券WEBサイトより筆者作成

 とりわけ、足元の米10年債利回りは、昨年10月と今年4月の高値を結んだ「上値ライン」を突破し、金利の上昇基調が本格化しそうな状況だっただけに、このタイミングでのベッセント氏の財務長官指名報道は、結果的に米国市場を救ったかたちになりました。

ベッセント財務長官候補の「3・3・3」政策とは?

 続いて、金融市場がベッセント氏を歓迎し、金利が低下した背景についても考えて行きます。

 その理由の一つに、トランプ氏に提言した「3・3・3」政策が挙げられます。かつての安倍政権の「3本の矢」になぞらえたもので、「2028年までに財政赤字をGDP(国内総生産)比で3%に削減」「規制緩和を軸にGDP成長率を3%台に伸ばす」「原油生産を日量300万バレル相当まで増やす」といった具合に、数字の3にちなんだ政策内容となっています。

 最近までの金融市場は、トランプ次期政権誕生への思惑によって、株式市場は減税や規制緩和による景気刺激のポジティブな面を反映して株価が上昇する一方、債券市場の方は、減税や関税強化による財政赤字拡大や、インフレ再燃警戒などのネガティブな面を反映して、先ほどの図2でも見てきたように、金利が上昇する動きとなっていて、株式市場と債券市場で「見ている景色」が異なっていました。

 セオリー的には株高と金利高が併存する状況は長続きしにくいため、今後は、公表される経済指標や企業業績、政権運営の動向などを確認しつつ、ポジティブとネガティブのあいだで揺れ動く展開が想定されます。

 そんな中で出てきたのが今回のベッセント氏の財務長官指名報道です。同氏の提言する「3・3・3」政策が実現すれば、「財政赤字の縮小やインフレ抑制によって米10年債利回りなどの米金利が低下し、株式市場にとってもプラスになる」ため、その期待と思惑が現在の米国市場をポジティブ寄りに傾かせたと言えそうです。

政策の実現性は?課題の克服がカギ

 もちろん、現段階の「3・3・3」政策は期待先行のため、今後はこの実現性を確認していくことになります。

 まず、現時点で数字が明確になっている、米会計年度(2022年10月〜2023年9月)の財政赤字額を見ると、約1兆7,000億ドルで、GDP比で6.3%の規模となっています。目標(GDP比で3%)の達成は「かなり高いハードル」であると言えます。

 となると、分母であるGDP額を増やすための成長と、分子に当たる歳出削減の二つを同時に進める必要があります。特に、後者については、「どの支出を削減するか?」が注目され、関連する業種などの株価に影響を与えていくことになりそうです。

 考えられるのは、バイデン政権時に増えた支出の削減で、例えば、IRA(インフレ抑制法)やCHIPSプラス法関連の支出が挙げられます。例えば、EV購入者への税額控除や、半導体企業への巨額の補助金などが対象になりそうです。図1では、半導体関連のSOX指数が低調であることを確認しましたが、こうした思惑が関係しているのかもしれません。

 また、歳出削減と言えば、マスク氏が共同トップに指名されている、DOGE(政府効率化省)との連携も重要になってきます。マスク氏は年間5,000億ドル規模の「無駄な」予算削減を計画しているとの発言もありました。

 しかしながら、市場の一部では、ベッセント氏とマスク氏の人間関係を不安視する見方もあります。

 今回の米財務長官の選考過程においては、ベッセント氏への指名がすんなり決まったわけではなく、ラトニック氏との争いがありました。結果的に、ベッセント氏が勝利し、敗れたラトニック氏は商務長官に指名されたのですが、両氏の折り合いが良いとは言えないほか、ラトニック氏を支持してきたのがマスク氏でした。

 そのため、今回の財務長官をめぐる人事で生じた不協和音が政権内部で対立を生むなど、尾を引いてしまう可能性もあり、政権発足後の動向は気掛かりです。

関税政策は「ディール」が焦点に

 このほか、トランプ氏は今週、来年1月20日の大統領就任後に中国からのほぼ全ての輸入品に10%の追加関税をかけると表明したほか、メキシコとカナダにも就任初日に25%を課す命令を出すとの発言があり、株式市場を不安にさせる材料となりました。

 この表明通りに関税が強化されれば、輸入物価の高騰や相手国の報復関税措置などを招き、インフレ再燃リスクが高まります。下の図3をみても、中国、カナダ、メキシコは米国輸入全体の46%を占めていることもあり、米国経済への影響は多大なものとなります。

<図3>米国の貿易相手国(2022年)

出所:CIA The World Factbook

 ただし、先ほども見てきたように、ポジティブ材料(ベッセント氏の財務長官指名)が打ち消す格好となったほか、28日(木)には、トランプ氏がSNSで「メキシコ大統領と移民阻止に合意した」との投稿があったことで、「このまま25%の関税が課されることはないのでは?」との見方も浮上しています。

 実際に、どうなるのかはまだ不透明ですが、このように、トランプ氏の関税強化政策は、相手国に圧力をかけて、譲歩などの相手国の対応を求める「ディール(取引)」の側面があるのが厄介です。

 いずれにしても、トランプ相場は同氏の発言一つで市場が大きく振れやすい状況になりますが、今週見せた動きのように、その「ストーリー」が頻繁に変化して行くことを念頭に置いて、取引に臨んでいく必要がありそうです。