1965(昭和40)年11月19日
戦後初の赤字国債発行を決定
1965(昭和40)年11月19日、戦後初の赤字国債発行が閣議決定されました。佐藤栄作内閣の時代です。
政府が財政赤字を埋めるために発行するのが赤字国債です。財政法は政府の歳出について、「公債または借入金以外の歳入」の裏付けを求めています。戦時中の国債乱発が経済の混乱に拍車を掛けた反省が土台にあります。しかし、国会の議決の範囲内で国債を発行できることになっています。
1965年当時は前年の東京五輪にかけての好景気の反動で需要が大幅に減少し、景気は急速に冷え込みました。そこで佐藤内閣は補正予算による景気テコ入れに乗り出し、その財源として赤字国債の発行を決めました。満期7年、利率は6.75%で総額2,000億円でした。
その後、赤字国債は恒常的に発行が繰り返され、1994年度以降は毎年度発行されています。国債の発行で不況による一時的な歳入不足を補い、増税を回避できるメリットがあります。しかし、歳入を国債に依存すると財政規律が乱れ、後世の負担増や通貨の信認低下を招くとされています。
1965年11月19日の日経平均株価終値は
1,329円28銭
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