立候補者数は過去最多、混迷極まる自民党総裁選

 岸田文雄総理が8月14日の記者会見で、9月の自民党総裁選に出馬しないことを表明しました。資源価格高騰や円安に伴うインフレの進行が家計にダメージを与える中、自民党の政治資金問題の広がりによる政権批判の強まりが猛烈な逆風となり、党のトップとして自ら政治責任をとる道を選ぶ形になりました。

 その結果、もともと9月末に実施される予定ではあった自民党総裁選ですが、より混迷を極める状況となってきています。派閥解消による派閥力学の低下によって立候補者の増加は想定されていましたが、現在の政権を支える立場の閣僚や党役員も、岸田総理の不出馬によって足かせがなくなり、立候補者が乱立する状況となっています。

 9月11日現在、石破茂元幹事長、小泉進次郎元環境相、河野太郎デジタル相、小林鷹之前経済安全保障担当相、茂木敏充幹事長、林芳正官房長官、高市早苗経済安保相、加藤勝信元官房長官、上川陽子外相の9名が立候補を表明しており、これまで最多であった立候補者5名を大きく上回る状況となっています。

 立候補に意欲を示していた野田聖子元総務相、齋藤健経済産業相は断念したことが伝わっています。

 自民党総裁選は9月27日に投開票が行われることが決定しています。自民党総裁選の仕組みですが、まず立候補には自民党所属の国会議員20人の推薦人が必要となります。そして、総裁選では、党員の投票(367票)と国会議員票の投票(367票)が行われ、合わせた票の過半数を獲得した候補者が新総裁に選出されることになります。

 この投票においては、立候補者数が多いと国会議員の浮動票が少なくなり(推薦人の20票が固定される)、世論を反映しやすい党員票が結果を大きく左右することになります。ここで過半数の票を獲得する候補者がいなかった場合は、上位2名による決選投票となります。

 決選投票は、国会議員が1人1票の367票と各都道府県連に1票ずつ割り振られた47票の計414票で争われることになり、国会議員票がカギを握ることになります。混戦模様となっている現状からは、上位2名による決選投票となる可能性が高いとみられます。

 総裁に選出されるポイントとしては、党内キーマンの支持を獲得すること、国民の支持の2点が挙げられます。ほとんどの派閥が解消している状況下、キーマンの影響力はこれまで以上に大きくなっていると考えられます。

 派閥を解体していない麻生太郎副総裁、無派閥議員からの信頼が厚い菅義偉前首相、岸田首相などが有力なキーマンと言えるでしょう。また、政治とカネの問題で自民党の支持率が大きく落ちている中、国民人気の重要性はこれまで以上に重要性が高まっているともいえます。これは世論調査の結果がストレートに影響するものと考えられます。

 ちなみに現在の世論調査では、石破氏、小泉氏がリードし、間があって高市氏が続き、以降は小林氏、河野氏などとなっているようです。

 現状で確かなコンセンサスは出来上がっておらず、今後も候補者の政策などを見極めて情勢は変化していく可能性も高いといえますが、現状では、石破氏は国会議員票の獲得に苦戦とみられていることから、菅氏の後ろ盾も指摘されている小泉氏が優勢であると判断されます。

 ただ、有力者の出馬辞退など候補者の連携次第では高市氏台頭の可能性も高まり、石破氏も麻生氏の支持取り付け次第では浮上の余地がありそうです。

金融市場で注目される政策、解雇規制緩和など焦点

 どの候補者が総理になったとしても、自民党政権が続く限り、経済政策の基本的な方向性に変化はないとみられます。政権交代は、低支持率からの脱却につながりやすいですが、現在想定されている有力候補は世論の支持も相対的に高く、総裁選に向けて、あるいはその後の解散総選挙に向けて、株式市場の期待材料となっていくものとみられます。

 ちなみに、メインシナリオとはされていない若手議員による組閣になったとしても、「世代交代」「改革」が意識されることで、市場はポジティブな反応をみせるでしょう。

 なお、それぞれの候補者によって、財政・金融政策、エネルギー政策などにスタンスの違いはあるとみられ、この部分は株式市場に対する短期的な強弱材料とされる可能性があるほか、物色対象の変化につながっていく公算もあります。

 金融政策に関しては、河野氏、茂木氏らが7月に日本銀行に利上げを求める発言を行っています。ただ、当時は急速な円高が進んでいた時期であり、その後に円安は相当程度修正されていること、その後の円高進行で株価が不安定な動きとなった経緯があることなどから、各候補者とも今後は為替や金融政策に関するコメントには配慮がなされる可能性が高そうです。

 マーケットが重視する日銀の独立性は尊重されていくものとみられます。

 一方、石破氏は金融所得課税の強化について「実行したい」と意欲を示しました。現状では、他に課税強化を掲げる候補者はみられませんが、今後政策論議が活発化していく過程では、過去に高市氏も言及していた経緯はあり、強化に賛成とする候補者が増加する可能性も残ります。

 一方、情勢次第では石破氏のトーンが短期的に低下していく余地もあるなど、この政策の行方には不透明感が強いといえます。なお、新NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)拡充などの取り組みに逆行するとして、小林氏は明確に否定的な立場をとっている印象です。

 財政政策に関しては、石破氏(アベノミクスに批判的であった)、河野氏、茂木氏、加藤氏などが相対的に健全化重視のスタンスであると捉えられます。一方、小林氏(財務省出身ではあるが)、高市氏などはアベノミクスの積極財政を継承するスタンスを示しています。

 高市氏は過去に金融緩和も主張しており、より積極的とも位置付けられるでしょう。いずれにせよ、この部分では小林氏と高市氏の票が分散されることにつながります。なお、小泉氏は現時点では中立の立場であると判断されます。

 エネルギー政策に関しては、元環境相である小泉氏は脱炭素政策に積極的で、経済成長のためにも環境への取り組みを促進すべきとの立場をとっています。住宅やビルへの太陽光パネル設置義務化などを再度推進していく可能性もあるでしょう。ただ、父の純一郎元首相は原発反対派でありましたが、小泉氏は原子力発電所の再稼働や新増設も容認する考えを示しています。

 河野氏も、再エネを現在の2倍のペースで増やしても電力が足りなくなる可能性があるとし、原発も含めてメリットベースで電力供給源を考えるとしています。高市氏は電力安定供給のためには原子力発電所が必要としており、相対的に原発積極派と捉えられます。

 一方、石破氏は原発をできるだけゼロにして地熱など再エネを推進すると発言しており、相対的な原発否定派といえるでしょう。

 足元で急速に注目度が高まっている政策として、労働市場改革が挙げられます。現時点で最有力候補ともみなされている小泉氏が解雇規制の緩和に取り組む方針を示しています。解雇規制の緩和は河野氏も掲げる政策となっています。大企業が過剰人員の整理を進めやすくすることで、コスト削減や実質賃金の上昇に寄与することを意図しているようです。

 整理した人員は中小企業や成長企業の人手不足を補うことを前提にしているとみられますが、支援制度の拡充などセーフティネットの構築も必要となってくるでしょう。また、茂木氏はハローワークによる転職あっせんの強化を主張しています。

有力候補5人の政策、市場で期待高いのは高市氏と小林氏

 以下では、現状での有力候補とみられる5人の政策をまとめています。ちなみに現状では、世論調査では小泉氏や石破氏がリードしているとみられますが、株式市場での期待感が高い候補者は高市氏、小林氏となっているようです。

 高市経済安保相は9月9日に立候補を表明しました。総合的な国力強化を訴え、戦略的な財政出動などによって強い経済を実現すると主張しています。経済成長をどこまでも追い求め、危機管理投資と成長分野への投資で、税率を上げずに税収を増やせると強調しています。国と地方の基礎的財政収支に関しては、「目標は自然に達成される」との見通しを示しています。

 特徴的なところでは、能動的サイバー防御に関する責任や権限を担う機関を立ち上げると表明しています。外交面では、権限を持てば中国が沖縄県・尖閣諸島付近に設置したブイは撤去する、非核三原則の「持ち込ませず」についてはしっかり議論すべきなどとしています。なお、解雇規制については規制緩和に反対の立場をとっています。

 小泉元環境相は9月6日に立候補を表明しました。規制改革への意欲を語り、解雇規制の緩和を労働市場改革の本丸と主張しました。解雇規制緩和では、再就職や学び直しの支援を条件に大企業の人員整理の要件を緩和する案を示し、2025年に関連法案を提出すると説明しています。そのほか、規制緩和ではライドシェアの全面解禁も挙げています。

 岸田政権の経済政策は「貯蓄から投資」などをはじめ「基本的に引き継ぎたい」としているようです。エネルギー政策では、原子力発電所の再稼働や新増設も容認する考えとしています。外交政策は日米同盟を強化、同四国と経済安保で連携していく方針のようです。

 河野デジタル相は8月26日に立候補を正式表明しました。データセンターの整備などに必要な電力需要を満たすため、あらゆる技術を活用する姿勢を強調しています。水素やアンモニア、核融合などのほか、原子力発電所のリプレース(建て替え)も選択肢としています。

 また、財政規律はしっかりと取り戻さなければならないとしているほか、台湾有事などに備えて自衛隊の防衛力整備、人的投資強化の必要性も訴えています。その他、解雇の金銭解決制度に前向きな姿勢をみせるなど解雇規制の緩和検討にも意欲を示しています。

 税や社会保険料など所得に関するデータを国が一元的に管理し、必要な人に対象を絞って物資や補助金などを支給する「デジタルセーフティーネット」をつくる意向も示しています。

 石破元幹事長は8月24日に立候補を表明しています。政治資金問題で生じた政治不信を払拭する姿勢を強調しています。エネルギー政策については、原発をゼロに近づけていく努力は最大限行うと言及し、再生可能エネルギーを活用して原発の比重を下げていきたい意向のようです。

 47都道府県が持っている可能性を最大限に引き出すことによって、もう一度、地方に雇用と所得を高めさせるような地方創生にも注力していきたい意向です。また、安全保障・防災においては、防災省の設立や武力攻撃を受けた際の避難用シェルターの整備にも努めるとしています。なお、金融所得課税強化については、現状では他の候補者と一線を画す状態にはなっています。

 小林前経済安保相は8月19日にいち早く立候補を表明しています。経済政策に関しては、財政の健全化は必要としながら、経済が財政に優先するとし、今はアクセルを踏むときだと強調しています。2024年中に物価高対策の政策パッケージを打ち出し、2050年を見据えた「国家戦略2050」を策定するとしています。

 社会保障政策では、イノベーションを通じて医療・介護の持続可能性を高めるとし、若い人に負担がかかる現行の社会保障の概念を打ち破ると主張しています。また、あらゆる政策を総動員して若者の手取りを大幅に増やすとしています。金融政策は日銀の専管事項であるという立ち位置です。

 エネルギー政策では現実性を重視する考えであり、安全性を担保した上での原発のリプレースや新増設の促進を提唱しています。また、半導体産業の再生へ「地方への大胆な投資」を目指すとも語っています。

 その他の候補者でみられる特徴としては、茂木氏はライドシェアの全面解禁や自然災害対策の強化、上川氏は災害に強い地域づくりや子供の出産に向けた環境整備などが挙げられそうです。

 そのほか、林氏は「親中派」と呼ばれているとの指摘に対して「知中派」であるとコメントしています。加藤氏は医療DXの推進が期待されやすそうです。

自民総裁選で注目される政策関連株5選(リクルート、三菱重工、チェンジHD、日本製鋼所、グローバルセキュリティ)

リクルートHD(6098・東証プライム)解雇規制緩和なら追い風

 人材サービスの国内最大手企業です。オンライン求人プラットフォームの運営、人材紹介、人材派遣など幅広く関連サービスを手掛けています。解雇規制の緩和が実現すれば、雇用の流動化が一気に広がるとみられ、人材サービス業界各社にはビジネスチャンスの拡大が想定されます。

 解雇規制緩和はこれまでも度々議論に上がる政策テーマですが、有力候補の小泉氏や河野氏が相次いで言及しているほか、株式市場が企業のROE(自己資本利益率)向上を強く求め始めている状況から考えて、実現の可能性も高まる方向にあるとみられます。

 解雇規制緩和に向けたセーフティネットの一環としてのリスキリング研究なども行っています。なお、高市氏は解雇規制緩和に慎重な姿勢のようではあります。

三菱重工業(7011・東証プライム)自民総裁選・米大統領選で防衛銘柄として脚光

 国内重機の最大手企業で、防衛関連の圧倒的な中心銘柄と位置付けられます。防衛装備庁によると、2023年の防衛装備品契約金額は1兆6,800億円で、第2位の川崎重工業の4倍強の水準となっています。安全保障政策に関しては、各候補者で大きな違いはないとみられますが、とりわけ、高市氏、石破氏、河野氏などは防衛力強化に対して前向きな印象があります。

「防衛」に関しては、自民党総裁選のみならず、11月に予定されている米大統領選に向けても関心が高まるテーマでしょう。とりわけ、共和党候補のトランプ前大統領の復権が実現した場合は、日本への防衛予算拡充プレッシャーが高まる可能性もあり、ほとんどの候補者がそれに対応する状況となりそうです。なお、茂木氏は防衛増税の停止を総裁選出馬に向けて掲げています。

チェンジHD(3962・東証プライム)ふるさとチョイス運営、地方創生で注目

 ふるさと納税プラットフォーム「ふるさとチョイス」の運営や、自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)支援などを展開しており、地方創生関連の中心銘柄として位置付けられています。石破氏は地方創生を政策の一つの目玉としており、東京都以外の地域を中心にデジタルの恩恵を広める事業を行っている同社には活躍余地が広がっていくものと考えられます。

「ふるさと納税」の在り方は今後変化していく可能性もありますが、同社では利用者へのポイント付与を軸とした寄付募集のプロモーションは行っておらず、影響は限定的と考えられます。また、小泉氏の大きな後ろ盾となっている菅氏も地方創生に注力していたことから、小泉氏も同様の展開が期待されるものとみられます。

日本製鋼所(5631・東証プライム)原子炉圧力容器で世界的シェア

 射出成形機などの産業機械が利益柱となっていますが、原発の原子炉に用いられる圧力容器では世界8割程度のシェアを占めているとみられています。

 高市氏はもともと原発推進派とみられていましたが、慎重派と見られた小泉氏や河野氏も原発政策に対する理解を示しており、石破氏以外の候補者であれば、原発関連銘柄にとっては買い安心感が一段と高まっていく可能性があるでしょう。

 また、国内火砲システムのリーディングカンパニー的な存在であるほか、防衛機器を複数手掛けており、防衛事業の受注額が2024年3月期には大幅に拡大しています。防衛関連銘柄としての切り口が大きいことも妙味と考えられます。

グローバルセキュリティエキスパート(4417・東証グロース)サイバー対策関連

 国内中堅・中小企業向けにサイバーセキュリティに関する多面的なサービスを展開しています。官公庁も主要顧客となっているようです。訓練サービスや教育講座を主力サービスとする教育事業が軸で、コンサルティングや導入・運用サービスも行っています。

 高市氏は能動的サイバー防御に関する責任や権限を担う機関を立ち上げると言明、サイバーなど新たな戦争に対応できる国防体制にするとしています。高市氏が首相になり、その可能性が高まった場合、同社などサイバー対策関連に幅広く物色が向かう可能性は高いでしょう。

 関連銘柄の中でも、官公庁に向けた教育サービスでの実績があることは、より需要が向かいやすいとの見方にもつながっていきそうです。