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著者の土信田 雅之が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
乱高下後の相場は「答え合わせ」の局面を迎える ~焦点の米国景気などをチェック~

 8月相場を迎えた株式市場ですが、日経平均株価(225種)は月初からのわずか3日間で下げ幅が7,600円を超える急落を演じるなど、波乱の幕開けとなりました。特に、今週頭の5日(月)には、1987年10月の「ブラックマンデー」をも超える史上最大の下げ幅を見せました。

 その後の経過についても、翌6日(火)は史上最大の上げ幅を見せて前日とは正反対の動きになったかと思えば、続く7日(水)の取引も取引時間中にマイナスから大きくプラスに切り返すなど、株価自体は戻してはいるものの、乱高下の激しい値動きが続き、まだ市場が落ち着いてきたとは言い切れない状況です。

結局、今回の株価急落は何だったのか?

 こうした株価急落の背景として、これまでの相場をけん引してきた「AI(人工知能)相場」に陰りが出始めたほか、日米の金融政策イベントを通過して円高が進行したこと、そして、米国で景気減速への警戒感が高まってきたことなどが挙げられています。

 ただし、これらはあくまでも売りの「きっかけ」であって、歴史的な株価の下げ幅を説明できるものではありません。実際に、景気減速が警戒されている当事者の米国株市場よりも、日本株市場の下落の方が大きくなっています。

 そこで、日本株がここまで下げ幅が大きくなった理由を考えてみると、主に以下が考えられます。

1.円高進行による悪影響

・高水準となっていた「円キャリー・トレード」の巻き戻しが加速
・円安効果の剥落により、国内輸出関連企業の業績期待が後退

2.需給的要因

・信用取引や株価指数先物取引などで目立っていた買い偏重の手じまい
・株式市場の先高感を前提としたポジションの修正

3.インデックス投資の存在感

・市場内でインデックス投資の存在感の高まりによる市場のゆがみの修正
※時価総額の大きい銘柄が買われて割高となる一方、時価総額の小さい銘柄は買われずに割安なままとなる「二極化」が進み、市場にゆがみや銘柄間の格差が生じていたことへの修正

4.値動きのスピード感

・「急ピッチな下落スピードを受けて売り急ぐ」動きのループ
・追証発生の手じまいやプログラミング売買、高速度取引なども値動きを増幅

 以上のように、今回の株価急落は「きっかけとなる売り材料を受けて、楽観傾向を強めていた市場のムードに冷や水を浴びせ、ポジション整理を巻き込んで加速度的に進んでいった」ものと考えられ、実はマーケット側の方に下げ幅が大きくなった要因があるといえます。

相場が落ち着いてからは、「答え合わせ」の局面を迎える

 このように、足元の株式市場はかなり「先走った」格好で下落しているため、今後の相場展開は、ひとまず株価の落ち着きどころを探っていくことになります。

 過去においても株価が想定以上に急落する場面がありましたが、ITバブル崩壊やリーマン・ショック、コロナ・ショックといった具合に、株価の下落にネーミングが付けられるあたりで相場が落ち着くという経験則があります。

 今回の急落についても、「令和のブラックマンデー」や「円キャリー・ショック」など、いくつかの候補が登場し始めていることもあり、そろそろ足元の荒い値動きが落ち着いてくると思われます。

 そして、その後は「次の相場シナリオ」を構築していくことになりますが、そこでキーワードになるのは「答え合わせ」です。

 例えば、生成AIをテーマに、米大手テック株と並んで相場のけん引役となっていた半導体関連株については、AIがもたらす「期待(生産性・技術革新の向上)」から、「巨額投資の収益化と時間軸」へと、視点が変化しつつある中で、このままAI相場が終わってしまうのか、それとも息を吹き返せるのかが注目されています。

 8月28日には米半導体大手のエヌビディアの決算が予定されているため、「答え合わせ」のヤマ場として意識されそうです。

 また、米国の景気減速懸念についても、確かに景気減速の兆候が表れ始めていますが、現在進行形で米景気がどんどん悪くなっているわけではなく、今回の株価の下げ幅が示すほどの景気減速になるのかは、これからの経済指標や企業業績を確認しながら「答え合わせ」をしていくことになります。

米国の景気減速懸念は深刻なレベルなのか?

 続いて、米国の景気減速懸念がどこまで深刻なのかについても考えていきます。

 米国市場では、先週発表された7月分のISM(米サプライマネジメント協会)製造業景況指数と米雇用統計の結果が芳しくなかったことが景気減速への不安をあおる格好となり、米国株が下落していきました。

 ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均も8月頭からの3日間で2,100ドルの下げ幅となっていましたが、今週になって発表された米7月ISM非製造業景況指数が比較的堅調だったことで、持ち直す動きを見せています。

 これら経済指標の結果自体も、サプライズ(驚き)と呼べるほどの悪い内容ではなく、本来であれば、景気減速に対してそこまで深刻に受け止めなくても良さそうなのですが、景気減速を示唆するサインがいくつか点灯したことが注目され、市場のムードを悪化させました。

<図1>米失業率におけるサーム・ルール

出所:FRED(セントルイス連邦準備銀行の経済データベース)

 そのサインの一つとなっているのが、「サーム・ルール」の発動です。

 サーム・ルールとは、元FRB(米連邦準備制度理事会)エコノミストのクラウディア・サーム氏が提唱した、景気後退を判断する方法です。具体的には、「失業率の3カ月平均」と「直近1年間の失業率の最低値」との差が0.5p以上開くと、景気後退と判断します。

 先週発表された7月の失業率が4.3%へと上昇したことで、サーム・ルールに基づく値(0.53p)が0.5pを超えてきました。上の図1を見ても分かるように、過去においてもサインが点灯したタイミングで、もれなく景気後退入りしていることが分かります。

<図2>米10年債と2年債の利回り差(イールド・スプレッド)の推移

出所:FRED(セントルイス連銀の経済データベース)

 そして、もう一つ、景気後退入りを予感させるサインとして、「逆イールドの解消」が挙げられます。

 上の図2は、米国の10年債と2年債の利回りの差(スプレッド)の推移を描いたものですが、一般的に金利は期間の長いものほど高くなっていきます。ただし、2022年の夏場あたりから、2年債の利回りが10年債よりも高くなる「逆イールド」の状況となり、2年近くもこの状況が続いています。

 逆イールドは、過度な金融不安や政策変更などによって、短期金利が急騰したことで生じることが多く、逆イールドが発生した後は景気後退が訪れやすいとされています。上の図でも、逆イールドが解消されてからほどなくして景気後退局面を迎えるケースが多いことがうかがえます。

 このほか、次回のFOMC(米連邦公開市場委員会、9月17~18日)までの期間が長いことや、2022年のインフレが進行していた時に、FRBが「一時的な現象」と判断が遅れたために、その後の急ピッチな利上げに迫られた記憶が新しく、「今回もFRBの判断が遅れるのでは」という思惑も、景気減速懸念につながった面があります。

 また、今後の米景気をウオッチしていく上で気を付けておきたい点としては、米国の消費動向が挙げられます。

 直近で発表された一部の米企業決算では、低所得者層の購買力の低下傾向が目立ち始めているほか、クレジットカードの延滞率(30日以上)が13年ぶりの水準まで上昇していること、そして、近年急拡大している、「BNPL(バイ・ナウ・ペイ・レイター)」と呼ばれる後払い決済サービスについては、事業者が貸付け額や与信状況を信用機関に報告していないこともあって実体が見えず、隠れ債務問題の火種となることも考えられます。

 当然ながら、今後発表される経済データで、米景気が思ったほど悪くないことが確認できれば、株価水準は切り上がって行き、反対に景気の悪化を示すものが相次げば株価は低空飛行を続けて行くことになります。

 もっとも、米国で確実視されている9月の利下げ開始が、これまでの「経済データをチェックしながら予定調和的に利下げを実施し、景気のソフトランディング(軟着陸)を実現」という見方から、「思った以上に景気の減速が早く、半ば迫られる格好で利下げを実施する」という見方へと変化しつつあることや、先ほども述べたように、AI相場に対する視点も変化しています。

 つまり、従来の株高材料に対する捉え方がポジティブからネガティブな方へ向かっていることを考慮すると、株式市場がこれまでのようなパターンで積極的に上値を追っていくのは難しくなり、経済データの動向に一喜一憂しながら、値動きが一定の範囲内で限定されるレンジ相場を形成していく可能性が高そうです。