7月雇用統計プレビュー

 BLS(米労働省労働統計局)が8月2日に発表する7月の雇用統計では、失業率は4.1%の予想となっています。失業率はわずか半年の間に3.7%から4.1%まで急上昇しました。これは米経済のリセッション(景気後退)の明らかなサインだという指摘もあります。

 インフレ上昇との連鎖が指摘される平均労働賃金の予想は、前月比0.3%増(前月0.3%増)、前年比3.7%増(前月+3.9%増)となっています。

 NFP(非農業部門雇用者数)は、前月より3.1万人少ない17.5万人増の予想。FRB(米連邦準備制度理事会)は、雇用者増加数は月20万人前後が妥当だと考えていますが、その水準を今月下回るならば、3カ月ぶりということになります。

 もっとも前回6月のNFPも、予想の18.8万人増に対して結果は20.6万人増と、20万人を超えました。今後さらに修正があることは確実です。本当に正確な数字が分かるのは1年先かもしれません。これは、コロナ禍後に起きている冬と夏の季節変動の振幅の減少、いわゆる季節性の喪失という構造変化にBLSの季節調整モデルが十分に対応していないことが原因のようです。

 FOMC(米連邦公開市場委員会)議事録は、BLSによる雇用者数は「実勢よりも多めに計上されている」という重要な指摘をしています。

 つまり、雇用者数が予想よりも多くても割り引いて考えた方が良いということであり、逆に少ない場合には、雇用市場が数字以上に悪化している可能性があるということです。FRBが政策決定において経済データを重視しているだけに、最近の雇用統計の精度がリスクとなっています。

パウエルFRB議長の発言と米国雇用市場の現状

 パウエルFRB議長は、インフレを抑制するためには、雇用市場の需給バランスが「月20万人」以下程度まで調整される必要があると述べています。今年になって就業者は月平均23万人以上のペースで増え続けています。

 しかしパウエルFRB議長は就業者の増加数が問題だと言っているのではありません。FRBが積極的に金融を引き締める中でも、企業の採用意欲が旺盛であることは米経済の強さの証明であり、むしろ歓迎すべきことです。

FRBの真の懸念は「賃金上昇率」

 FRBが本当に懸念しているのは雇用者数ではなく、賃金上昇率です。米国では、ベビーブーマー世代を中心としたグレート・レジグネーション(大量離職)が発生した結果、構造的な働き手不足となっています。企業は労働力を確保するために給料を高くする必要があります。

 ところがその労働コストは価格に転嫁されるのでインフレ率も上昇します。インフレで生活コストが上がると、より高い給料を求めて転職する人が増えるので、企業はさらに賃上げし、そのコスト分を値上げするという、「賃金・物価スパイラル」が止まらないことをFRBは問題視しているのです。

イエレン財務長官の理論

 FRB前議長で経済学者でもあるイエレン財務長官は、30数年前に発表した労働市場に関する学術論文の中で、「不況の後、多くの人々は労働市場から完全に離れるが、時間の経過と共に、景気回復と賃金の上昇を期待して、再び労働力として戻ってくる」と論じました。

 2020年に発生した新型コロナ禍で、仕事をやめて引退する働き手が急増しました。労働市場のひっ迫で労働コストが上がり、インフレ率は急上昇しました。しかし、時間がたつにつれ、高賃金に惹かれたりインフレで生活が苦しくなったりすることで、再び労働市場に戻ってくる労働者が増えてきます。

 労働力参加率が上昇する中で失業率と賃金は次第に安定に向かい、賃金の伸びは低下していく。これがイエレン氏の考えです。今後の雇用市場は、イエレン理論の正しさを証明することになるかもしれません。