米CPI発表直後の「為替介入」 でドル上値重く

 先週11日に発表された米国の6月CPI(消費者物価指数)の上昇率は、総合・コア(変動の大きい食料品とエネルギーを除いた)の前月比・前年同月比の全てで市場予想を下回りました。このようにインフレの鈍化傾向がみられたため、FRB(連邦準備制度理事会)が9月に利下げするとの期待が強まり、市場はドル売りで反応しました。

 加えて、この米CPI発表直後に日本の通貨当局による為替介入らしき動きによって、一時1ドル=157円40銭近辺まで円高になりました。その後いったんは158円台に戻しました。

 12日には日本銀行がユーロ円で市場参加者に相場水準の聞き取りをするレートチェックを実施したとの報道やその後も介入らしきドル売り・円買いがみられ、再び157円台の円高に動きました。相場の値動きが荒く、1ドル=159円台に戻す場面もありましたが、「介入警戒」と9月利下げ期待からドルの上値は重たい展開となっています。

9月米利下げはほぼ織り込み済みに、追加利下げが焦点に 

 FRBのパウエル議長は15日、エコノミック・クラブの会合で「過去3回のインフレ指標で、インフレ率2%に向けた持続的な低下への自信は深まった」とインフレで進展があったとの認識を示したため、米金利が低下し、1ドル=157円20銭近辺まで円が急騰しました。

 しかし、その後は具体的な利下げ時期を示さなかったことや、「政策は抑制的なようだが厳しく抑制的ではない」などとの発言を受け、158円台に戻していますが、FRBの利下げがいよいよ始まるとの期待が強く、それ以上の上値を追う勢いはないようです。

 先行きの米政策金利の織り込み度を示す米CME(シカゴ・マーカンタイル取引所)のフェドウオッチ(FedWatch)によると、9月利下げ確率はCPI前の70%程度から、パウエル議長の発言後、さらに予想を上回った米6月小売売上高を受けて93%まで高まっています。

 また、11月の追加利下げもCPI前の30%台から58%に、12月の追加利下げも25%から54%にと11月、12月も50%を超えており、年内3回の利下げ期待が増えている状況となっています。このように市場では9月の利下げはほぼ織り込み済みで、その後の追加利下げに焦点が移ってきています。

 7月30~31日の米国の金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)では、政策金利は据え置きの見方が大勢ですが、9月の利下げを明確に示唆するのかどうか、さらにその後の追加利下げ方針に関心が集まります。

ドル押し下げ介入を米国が容認?対ユーロの介入も現実味

 今回の「為替介入」が事実であるとすれば、やや違和感がある「介入」でした。予想を下回った米CPI発表後、米長期金利は下がり、ドル安になったタイミングで仕掛けた「為替介入」はこれまでの「逆張り介入」(相場の動きと反対の売買を行う介入)ではなく、いわゆるドルの「押し下げ介入」、「順張り介入」(相場の動きと同じ方向で売買する介入)だったからです。

 ドル売り介入は、米国にとってはインフレを後押しする介入であるため、イエレン財務長官がこれまで遠回しに何度も日本の介入をけん制する発言をしています。それなのにドル下落の背中を押すような今回の「押し下げ介入」では同氏を逆なでするものとなります。

 それらのことを承知して本邦当局がドル売り・円買いの介入をしたなら、米国が本邦当局の介入を容認したということかもしれません。米長期金利が安定もしくは低下しつつある環境に加え、CPIの上昇が鈍化傾向を示し、金利が低下したことも「為替介入」を問題視しない理由となったのかもしれません。

 これらのことは、事前にシナリオが描かれていたと想定されます。そうでないと、CPI発表直後に「介入」実行の判断はできないと思われます。

 また、為替政策の実務を統括する財務省の神田真人財務官の発言にも注目です。12日の介入らしき動きの後、記者団に、「円相場はファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に照らして合理的な動きではない」とのこれまでと同じ表現に加えて、絶対的水準を意識し始めたような発言がみられます。

 神田財務官は介入の有無はノーコメントとしながらも、「投機によって円安になり輸入物価が上がってしまい、普通に生きてる人たち、国民の生活が脅かされるとしたら由々しきこと、問題である」との認識を示し、足元の水準をかなり意識した発言となっています。

 足元の水準では、「日銀のユーロ円のレートチェック」という報道も留意する必要がありそうです。ユーロは対円で7月に史上最高値を付けたことから、日本政府が為替介入を実施する可能性は想定されます。米国に気兼ねせず、EU(欧州連合)に対しても最上最高値を付けた円安の是正という大義名分が立ちやすい状況です。

 財務省の公表データによると、1991年以降の円買い介入はドル以外に見られないとのことですから、ユーロ売り・円買い介入があれば、かなり効くかもしれません。

 これらのことを考えますと、本邦当局の為替介入への警戒感は一層強まるかもしれません。

日銀の7月の利上げ観測は後退、利上げタイミングは難題に

 今回の「為替介入」が日銀に与える影響については、二つの相反する見方が考えられます。

 一つ目は「為替介入」によって円安が修正されるため、日銀が利上げを急ぐ必要性が低下するとの見方です。

 二つ目は政府の「為替介入」に日銀も歩調を合わせて、早急に利上げを進めなければならなくなるとの見方で、政府は日銀に早期の利上げを催促したとも受け取れます。そのように思わせるドルの「押し下げ介入」ということです。

 日銀は7月30~31日の金融政策決定会合では、国債買い入れの今後1~2年程度の具体的な減額計画を決定する予定ですが、相応の規模になるのかどうか注目です。また、7月の利上げ観測は後退した感じですが、政府の「介入」と歩調を合わせるのかどうか、また今回利上げがなくても、次回の利上げへの期待を高めるような状況説明をするのかどうかが焦点です。

 IMF(国際通貨基金)の7月の経済見通しで日本の2024年の成長率は0.7%と、前回4月から0.2%の下方修正となりました。1-3月期のマイナス成長が影響しているとのことですが、経済回復が遅れた場合、早期の利上げは可能なのかどうか注目です。

 政府の「介入」は日銀の利上げを催促する意味合いもあるのではないかと先述しましたが、逆に利上げ時期が遅れるのではないかとの判断が働き、積極的なドルの「押し下げ介入」を実行したとの解釈もできるかもしれません。いずれにしろ、日銀の利上げタイミングの判断はFRBの利下げタイミングよりもかなり難しい局面になってきたようです。

 日銀会合での注目点がことごとく期待外れの場合は失望感からの円売りが予想されますが、31日の深夜にはFOMCの決定を控えているため、円売りも限定的な動きになりそうです。

トランプ氏復権での財政拡大期待がドル高要因になるも、1ドル=160円の円安ドル高遠のく

 一方で、トランプ前米大統領の狙撃事件によって、大統領選でトランプ氏勝利との見方が高まり、市場では財政拡大期待のトランプ・トレード(金利高[米国債売り]、ドル高、株高)が動き始めています。

 このドル高と日本の介入警戒・米利下げ期待によるドル売りとの綱引きのような動きとなっていますが、「為替介入」・米利下げ期待を背景としたドル売り・円高の方が勝りそうな気配です。

 また、トランプ氏の通商政策で関税引き上げと同時に留意しなければいけないのは、対米貿易黒字国の通貨政策を批判してくる可能性があるということです。日本は、米財務省の6月の為替報告書で、大幅な対米貿易黒字と多額の経常黒字であることから監視リストに加えられました。トランプ氏は対米黒字国の日本の円安を批判してくることが予想されます。

 トランプ・トレードでドル高になっても、その後は日米貿易不均衡に焦点が移り、日本円は別の動きをするかもしれないため、注意する必要がありそうです。トランプ氏は16日、「トランプノミクスは低金利と関税」と発言しています。この発言を受けて米長期金利は低下していますが、市場は今後も素直に反応するのかどうか注目です。

 ドル/円の水準は米CPI公表と「介入」によって、1ドル=161円台半ばから158円前後まで切り下がった状況となっています。介入警戒と連続利下げへの期待の高まりから160円以上の円安に挑むのは難しくなってきたかもしれません。

 しかし、介入が続かなければ、7月30~31日の日銀会合まで円高にも大きく動かないかもしれません。大きく動かないのであれば、円売りポジションを積み上げやすくなるかもしれませんが、介入を警戒しながらの円売りは迫力がないかもしれません。