米9月利下げに「一歩前進」、6月雇用統計で労働市場減速

 先週発表された日米の経済指標によって、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)の利下げに向けて「一歩前進」し、逆に日本銀行の金融引き締めからは「半歩後退」したと市場では受け止められたようです。こうした観測から、ドル安地合いが醸成されつつありますが、円安の動きも見られています。

 米国の6月雇用統計では、非農業部門雇用者数は前月比20.6万人の増加と市場予想を上回りましたが、4,5月の過去2カ月分について計11.1万人の下方修正がされました。雇用者数はこの下方修正などで、3カ月平均では17.7万人となり、昨年12月以来の20万人割れとなりました。また、6月の失業率は4.1%と前月(4.0%)も市場予想も下回り、2カ月連続の4%台となりました。

 そして、時間当たり賃金は前月比0.3%増と予想と同じでしたが、前月(0.4%増)から伸びが鈍化。これらの結果から、米労働市場の減速を示す内容となりました。

 先週は米労働市場だけでなく、景況指標も悪化を示しました。1日に発表された6月ISM(米サプライマネジメント協会)製造業景況指数は48.5と前月より低下し、予想も下回りました。景気の拡大・縮小の分岐点となる50を下回るのは3カ月連続です。さらに3日発表の米6月ISM非製造業景況指数も48.8と前月(53.8)より低下し、予想も下回りました。米経済の最大部分を占めるサービス業が好不況の分岐点となる50を下回り、4年ぶりの低水準となりました。

 米労働市場も景況感も6月に入ってブレーキがかかった感じです。これらの指標を受けて、先行きの米政策金利の織り込み度を示すCME(シカゴ先物取引所)のフェドウオッチ(Fed Watch)の9月利下げ確率は70%を超えました。9月の利下げに向けて一歩前進した指標結果でした。

 ところが、FRBは一歩前進から、半歩後退したかもしれません。パウエルFRB議長が7月9日に米議会上院銀行委員会で金融政策について説明する議会証言を行いましたが、「最近のインフレデータは2%目標への穏やかな進展を示唆」、「インフレが持続的に2%に向かうという確信が高まるまで利下げは適切ではない」と述べ、「経済のリスクはインフレだけではない。利下げが遅れれば景気や雇用が必要以上に悪化する可能性もある」と景気や労働市場も利下げの判断材料になるとの認識を示しました。

 しかし、これまでの発言との大きな違いや利下げ時期を示唆する発言もなかったことから、発言後一時的に下がった金利やドルはその後上昇しました。経済指標で一歩前進となりましたが、パウエル議長の証言後は半歩後退したようです。

 しかし、11日に公表される米国の7月CPI(消費者物価指数)の結果によっては、後退した半歩は戻るかもしれません。CPIコア予想は前年同月比で横ばい予想となっていますが、CPI上昇鈍化の傾向を示せば、9月利下げ期待が高まり、12月利下げ期待も高まることが予想されます。対ドルでの円安への動きは鈍くなると見込まれます。

日銀、7月は利上げなしか?GDP下方修正で「半歩後退」の情勢

 一方、政策変更に向けて一歩進んだFRBの環境に対して、日銀を取り巻く環境は一歩後退しました。先週1日に発表された、日本の2024年1-3月期の実質GDP(国内総生産)改定値が年率換算で1.8%減から2.9%減に大幅に下方修正されました。建設統計の改定が反映されたということですが、これを受けて2024年度のGDPの成長率見通しを0%とする予測も出始めており、日銀の政策変更も制約を受けるかもしれません。

 日銀の植田和男総裁は6月の金融政策決定会合後、7月の利上げと国債買い入れ減額の同時実施の可能性を否定しなかったことから、市場では7月の利上げと国債買い入れ減額によって政策変更の「一歩」前進との期待がありました。

 しかし、景気回復が鈍くなると7月利上げは難しくなるかもしれません。7月会合では、国債買い入れ減額の決定のみとなって、「半歩」後退となる可能性があります。

 ただ、利上げなしとの失望感からの円売りは限定的かもしれません。国債買い入れ減額と同時に利上げは難しいだろうとの見方もあったからです。一方、植田総裁が明言している「相応の規模」の国債買い入れの減額が期待外れに小さかったり、減額ペースが緩やかだったりする場合には失望感から半歩ではなく、「一歩」後退になる可能性があるかもしれません。

 また、7月会合後に公表される「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」も重要です。2024年度の実質GDPの成長率見通しが下方修正された場合、利上げ時期が後ろ倒しになるかもしれないとの見方が増え、円売りが強まるかもしれないため注意が必要です。

 日銀は4月の展望リポートで、2024年度の実質GDPの成長率見通しを0.8%増とし、1月見通しの1.2%増から下方修正しました。7月の展望リポートでさらに下方修正するのかどうか焦点です。

 以上のように、政策変更については日米の金融当局ともに今後のデータ次第との姿勢ですが、FRBは一歩前進、日銀は半歩後退した印象です。

FRB年内2回の利下げ見通しが鮮明になれば、ドル安円高も

 ただ、一歩前進、半歩後退だとなかなか円高地合いにはならないかもしれません。FRBの9月利下げ期待によって日米それぞれの企業の株式が上昇し、株価上昇が円売りを後押ししているとの見方があります。

 加えて日銀の政策変更の時期が後ずれするとの見方が円売りに安心感を与えているようです。投機家動向として注目される米国CFTCの7月2日時点の円のネット・ショートポジションは、18万4,223枚(1枚は1,250万円)となっており、4月の為替介入直前のポジションを超え、過去最大だった2007年6月の18万8,077枚に次ぐ過去2番目の大きさとなっています。

 半歩後退した日銀の一歩前進は、利上げまで待つしかなさそうです。賃金引き上げ効果が反映されて景気も回復すれば、9月利上げ期待が高まるかもしれません。円高地合いが持続するためには、さらに追加利上げを市場が期待する必要があります。

 ただ、8日に公表された5月の実質賃金は前年同月比1.4%減と26カ月連続のマイナスとなっています。減少幅は縮小してきていますが、秋口にかけ、プラスに転じるかどうか注目です。それまでに日本の景気が失速しなければよいのですが。

 このような日本の経済環境を考えると、ドル円に影響を与える要因はやはり、まだ日銀要因よりもFRB要因が大きいようです。FRBの利下げに向けて二歩、三歩の前進という環境が整えば、ドル安円高の動きが鮮明になるかもしれません。「二歩」とは、9月以降の利下げを示唆する時です。

 8月22~24日開催の米ジャクソンホールの経済シンポジウムでのパウエル議長の講演が特に注目されます。この講演でパウエル議長は9月以降の利下げを示唆するかもしれません。これをきっかけに金利は下がり、ドル安地合いが続くかもしれません。

 そして「三歩」前進とは、年内の追加利下げ期待が高まることです。場合によってはジャクソンホールの講演で年内複数回の利下げを示唆するかもしれません。11月のFOMC(米連邦公開市場委員会)は米大統領選挙直後のため、12月の追加利下げ期待が強まる可能性があります。このように8月に利下げ時期を示唆、9月のFOMCで利下げと同時に12月の利下げ示唆となれば、ドル安円高の動きが鮮明になってくるかもしれません。