米利下げ慎重、日銀国債買い入れ減額先送り1ドル=161円突破

 米国で6月に発表された物価指標、5月のCPI(消費者物価指数)やPCEコアデフレーターはいずれもインフレ鈍化傾向を示しました。ただ、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長はFOMC(連邦公開市場委員会)後、「インフレはまだ高過ぎる」、「さらにデータを見る必要がある」と述べ、利下げ慎重姿勢を示していました。

 一方、日本銀行は6月の金融政策決定会合で事前報道されていた国債の買い入れの減額を見送ったことから金融引き締めの慎重姿勢が嫌気され、6月後半は円安が進行しました。1ドル=160円手前では日本政府による円買いの為替介入への警戒感も強まりました。

 しかし、実際の円買いを伴わない当局の口先介入のみにとどまり、1ドル=161円台前半まで円安が進み、160円台後半で6月を終えました。

 7月も日米の金融政策の方向を確認するまでは円売りが続きそうです。パウエル議長は2日、ECB(欧州中央銀行)主催のフォーラムで「最新の経済データはディスインフレの道に戻りつつある」としながらも、一段のデータを確認する必要があるとの見解を改めて示しました。

 7月の日米それぞれの金融政策を決める会合は30~31日と同日開催です。それまでに発表される米雇用統計や米物価指標に相場は左右されますが、月末に同時開催される金融会合への思惑、期待、失望感によって波乱相場になるかもしれません。

 日銀の7月会合では国債買い入れ減額と利上げの同時実施が注目されていますが、2024年1-3月期GDP(国内総生産)改定値の下方修正(年率換算で1.8%減→2.9%減)によって、利上げは難しくなり、失望感が強まるかもしれません。

為替介入はいつか、鈴木財務相や神田財務官ら発言を手掛かりに

 一方、1ドル=160円を超えても、為替介入は実施されませんでしたが、日本の為替介入はスタンバイ状態だと思われるため、ここからの警戒感は一層強まり、円安の進行スピードは鈍ることが予想されます。

 それでは、次の為替介入実施水準の目安として、市場はどのように見ているのでしょうか。いろいろな見方、考え方がありますが、政府当局者の過去の発言をヒントに、防衛ライン、過度な変動と認定される変化率、変化幅で目安を考えてみたいと思います。

(1)「具体的な防衛ラインはない」ー鈴木財務相

 4月末の1ドル=160円超での介入経験から、今回も160円が防衛ラインと市場はみていましたが、介入は実施されませんでした。政府の「新たな防衛ライン」を巡り思惑が飛び交っています。

 1ドル=160円を超えると、注目される重要なチャートポイントは1ドル=200円となりますので、心理的節目である5円刻みの水準が重要となります。つまり、1ドル=165円、170円、175円と200円までの5円刻みの水準となります。

 しかし、鈴木俊一財務相はかつて「具体的な防衛ラインはない」と述べています。4月に介入した水準であり、重要なポイントとされていた1ドル=160円での介入がなかったことから、防衛ラインというのは言葉通りないのかもしれません。

 鈴木財務相は「水準そのものが判断基準にならない。あくまでボラティリティ(変動率)の問題だ」と述べており、*G7合意の「過度な変動や無秩序な動き」にのっとって対応する姿勢を示しています。

*G7…日本、米国、ドイツ、英国、フランス、イタリア、カナダの先進7カ国

(2)「2週間で変化率4%」神田財務官

 神田真人財務官は3月、「2週間で4%は、なだらかなものとは到底言えない」と発言しています。その1カ月後に介入を実施したことから、この変化率を参考にして現在の状況をみてみます。

 7月2日に、1ドル=161円台後半まで円安が進みました。その2週間前の6月18日は終値で1ドル=157円80銭台でした。この2週間の円安への変化率は2%台しかなく、4%の半分強しか変化していませんので、まだ「過度な変動」とはいえない状態です。4%の変化率だと約1ドル=164円ということになります。

 ちなみに6月の終値は1ドル=160円台ですので、160円だと4%の変動は166円台半ば、161円だと167円台半ばということになります。2週間の値動きとしてひとつの目安になるかもしれません。

(3)「半年強で25%程度」神田財務官

 神田財務官は2022年9月、「中期的にみても3月以降の半年強で25%程度も変化し、1973年の変動相場制以降の年間最大値を上回る大きさ」と述べ、その後介入を実施しました。

 半年前に当たる昨年末の終値は1ドル=141円、半年後の6月終値は1ドル=160円80銭台です。その変化率は14%台で、25%には及ばないため「急激な変動」とは認定されません。25%だと1ドル=176円ということになり、まだかなり先の円安水準です。

 また、25%というのは過去に米財務省の為替報告書でも円安批判の目安として指摘されている点には留意しておく必要があります。

 米国は、2018年4月の米国財務省の為替報告書で、日本の対米黒字額の大きさを批判し、日本を「監視リスト」に指定しています。そして円の実質実効為替レートが過去20年の平均を25%近く下回る円安水準にあるとして、その行き過ぎ感を指摘しています。

 実質実効為替レートとは他通貨との為替レートを貿易額などで加重平均して算出し、さらに物価変動の影響を考慮して調整した為替レートのことです。この報告書では実質実効為替レートの円安批判と同時に、名目レートで見た円相場についても「過去10年と比較すると、2013年上期から歴史的な平均値に比べて割安である」と初めて指摘しています。

 現在、為替報告書では円安(誘導)批判されていませんが、米財務省は過去に批判していたというのは知っておく必要があります。もし、トランプ氏が次期大統領になった場合は、対米黒字国をやり玉に挙げ、25%に到達していなくても円安(誘導)批判をしてくる可能性を想定しておいた方がよさそうです。

(4)「年初来から20円以上の値幅」ー神田財務官

 神田財務官は2023年10月、「年初来からだとドル/円は20円以上の値幅がある。そういったことも(過度な変動の)一つの要素だ」と述べています。この定義に当てはめると、今年は昨年末1ドル=141円から20円を超えているため、「急激な変動」ということになります。

 ただ、円安のスピード感がないこと、つまり、円安の動きが緩やかなため、急激な変動ではないのではないかとの見方もありますが、神田財務官は「一方向に一方的な動きが積み重なって一定期間に非常に大きな動きがあった場合は過度な変動に当たり得る」と述べ、「急激な変動」について新たな解釈を示しました。

 要するに、現在のような緩やかな円安でも、累計で大きな値幅になれば為替介入はあり得るということになります。

 ちなみに2022年9月の介入時点では、年初来の値幅は、30円の円安でした。

(5)「一日に2円も3円も動くのは急激な変化」黒田前日銀総裁

 2022年には9月6、7日の2日間で5円の円安となり、8日には国際金融資本市場に関する情報交換会合(財務省、金融庁、日銀の三者)が開かれました。円安のスピードが速く、短期的に過熱感もあったためと考えられます。

 神田財務官は協議後、記者団に対して「最近の円安進行は明らかに過度な変動であり、政府・日銀は極めて憂慮している。あらゆる措置を排除せず、為替市場において必要な対応を取る準備がある」と円安をけん制しました。

 また、黒田東彦日銀総裁(当時)は、「一日に為替が2円も3円も動くというのは急激な変化だ」とけん制しました。この神田財務官の発言や黒田総裁の発言を受けて、1ドル=145円台から141円台半ばまで円高となりました。その後再び1ドル=145円台に戻し、9月22日に介入が実施されました。

 一日に2、3円の値動きが連日見られるときには急激な変化と認定されることになり、ひとつの目安となります。

 上述した介入水準の目安は、あくまで目安ということを念頭において参考にしてください。バイデン大統領にとって致命的となった27日のテレビ討論会で、トランプ氏はバイデン政権の高インフレを非難しました。

 そのため、ドル売り・円買い介入を行えば、インフレをさらに高める可能性があるので、実行しづらいのではないかとの見方もあるようです。むしろ、それまでの間に介入を実施した方が得策だと思われますが…。