米国が日本を為替監視リスト追加も介入問題視せず、1ドル=160円近辺で介入警戒強まる        

 ドル/円は再び1ドル=160円トライの動きとなっています。21日発表の米6月製造業、サービス業PMI(購買担当者指数)がともに市場予想を上回ったため、ドルは159円台に上昇し、24日には159円90銭台へとドル高円安が進みました。

 1ドル=160円に向かう動きを後押しした要因の一つは、米財務省が20日に公表した為替報告書です。その中で日本を「監視リスト」に加えたため、市場では日本は為替介入をしにくくなるのではないかとの思惑が働いたこともあるようです。

 しかし、そのような見方に対して、日本の通貨当局に当たる財務省高官からは介入を問題視しないとの発言があり、鈴木俊一財務相も21日の閣議後の会見で「米国が日本の為替政策を問題視していることを意味するものではない」と発言しています。強がりではなく、本音ではないかと思わせる、自信たっぷりの発言でした。

 こういう発言があったためか、やはり1ドル=160円手前からは、日本政府による円買いの介入警戒感が強まり、25日には159円台前半の円高となり、その後は159円台後半で推移しています。

 ここからは、米財務省の為替報告書に触れたいと思います。米財務省は主な貿易相手国が米国への輸出を増やすために、自国の通貨を安く誘導していないかどうか点検しており、半年ごとに為替報告書を公表しています。

 大幅な対米貿易黒字、多額の経常黒字(GDP(国内総生産)比3%以上)、継続的で一方的な為替介入(年間でGDP2%超の規模の為替介入を8カ月以上継続的に実施)の3要件のうち、二つが該当すると、監視リストに加えられます。

 日本は為替介入を除く二つが基準を上回ったため、監視リストの対象に指定されました。2016年以降対象となっていたものの、2022年の原油急騰で経常収支が縮小したことで昨年6月に除外されましたが、今回再び指定された形となりました。

 政府・日本銀行が4~5月に行った為替介入については、為替報告書の公表日と同じ20日に米財務省高官が記者団に「日本の最近の介入は政府によって公表されており、我々が懸念する通貨安の誘導とも反対方向だ」と問題視しない考えを示しました。

 鈴木財務相はこの米財務省高官発言に呼応するかのように、21日の閣議後の会見で、「一定の基準値に照らして機械的に評価をした結果だ。日本の為替政策を問題視しているのではない」と述べ、「引き続き米国をはじめとする各国通貨当局との間で緊密に意思疎通を図る」と語っています。また、為替政策の実務を取り仕切る神田真人財務官もこの日、「問題があるとは捉えていない」と述べています。

 米国のイエレン財務長官は、先進国は為替市場を人為的に操作すべきではないとの立場から、「介入はまれであるべきだ」と繰り返し発言していますが、イエレン長官は一般論を述べているのであって、今回の米財務省の為替報告書と高官の発言によって日本の介入は米国からのお墨付きを得たということなのでしょうか。

 鈴木財務相と神田財務官の強気の介入継続発言は米国が介入を容認していることを示唆したかったのかもしれません。また、市場は一連の発言によってこのことを察知し、1ドル=160円近辺での介入警戒感を一層強めた可能性があります。

トランプ氏復帰なら輸出促進でドル安?財政拡張でドル高?

 日本が米国の監視リストに加えられたことで注意したいのは、もしトランプ氏が再び米大統領になれば、自国の輸出を促進させるためにドル安政策を掲げる可能性があることです。その場合、トランプ氏は対米黒字を拡大させている日本を狙い撃ちにする可能性があるため、注意が必要です。

 また、トランプ氏は同時に財政拡張、関税強化を採るといわれており、そうなればインフレ懸念から米金利上昇、ドル買い継続となる可能性があります。

 ゴールドマン・サックスの試算によると、トランプ氏(共和党)が勝利した場合、彼が採る政策はドル高につながる可能性が高いとして、米議会上下両院の多数派を共和党が握った場合(トリプルレッド)、円は対ドルで5.1%下落すると予想しています。現在の水準である1ドル=160円を基準にすると168円になる計算です。

 しかし、次のようなシナリオにも留意したいと思います。トランプ氏の円安批判によってドル高の中でも円高に動く可能性があると同時に、ドル高によるユーロ安やポンド安によってクロス円が下落(円高)し、ダブルで円高になるシナリオも想定されます。

 特に、欧州通貨は7月のフランスや英国の総選挙で政局が不安定になる可能性があるため、注意する必要がありそうです。まずは、27日のバイデン大統領とトランプ候補との候補討論会で貿易問題に触れるかどうかに注目したいと思います。

日銀、国債買い入れ減額と追加利上げ同時なら円高?引き締め不足なら円の失望売りも

 4月終わりに1ドル=160円台を付けた時の米10年債利回りは4.6%台で、現在は4.2%台となっているにもかかわらず、1ドル=160円に迫ろうとしています。米金利との連動性が希薄になってきている動きをしていることから、今回の円安は日銀政策への催促相場ともいわれています。

 日銀の植田和男総裁が4月に円安容認と取れる発言をしたことで円売りが加速しました。マイナス金利解除後の利上げの道筋が不透明であり、さらに長期国債の買い入れ減額については事前報道されていたにもかかわらず方針決定が先送りされたため、日銀の政策変更に対する慎重姿勢が消極姿勢と捉えられ、市場に円売りの安心感を与えているようです。

 24日に公表された6月の日銀会合の「主な意見」では、物価や賃上げの広がり次第で、早期の追加利上げに前向きな意見が相次いだことが分かります。また、7月利上げも排除しない意見も出たようです。

 次回の7月30~31日の日銀会合では、国債買い入れについて、今後1~2年程度の具体的な計画が決定され、その減額は「相応の規模」であることを植田総裁は示唆しています。また、7月の利上げについて、植田総裁は18日の国会答弁で「場合によっては十分あり得る」と発言しています。

 市場では、国債買い入れ減額と追加利上げの同時実施は考えにくいとの見方が多いようですが、植田総裁は「国債の買い入れ減額と政策金利の引き上げは別のもの」と強調しています。

 これらの発言通り、7月の会合で「相応の規模」の国債買い入れ減額が決定され、利上げが同時に実施されれば円高に動く可能性は十分あると思われます。

 ただし、追加利上げの道筋が示されなければ円高は一時的な動きになるかもしれません。また、利上げ見送りとなったり、市場が期待するほどの減額規模でなかったりした場合は、失望感から円売りの勢いがつくかもしれないため注意する必要があります。

 7月の日銀会合前には、1日に日銀の短観(企業短期経済観測調査)が公表され、8日には支店長会議があります。短観では企業の物価見通しがどのように変化しているか注目です。支店長会議では、地方の景況、賃上げの浸透、物価上昇の影響などを確認することができます。

 そして物価指標では、6月28日に全国CPI(消費者物価指数)の先行指標となる東京都区部6月CPIが発表されます。7月19日には6月全国CPI、26日には東京都区部7月CPIが発表されます。これらのデータを踏まえて、日銀がどのような決定をするのか注目です。7月は日銀の正念場の会合となりそうです。

7月米利下げ期待、物価指標次第で再浮上も

 しかし、円高の転換を探るとすれば、現時点では日銀要因よりもFRB(米連邦準備制度理事会)要因の方が大きいと思われます。7月のFOMC(連邦公開市場委員会)は30~31日と、日銀会合と同日開催となりますが、時差の関係で日銀の方が早い決定発表となり、それまでは米国の雇用、物価、景気動向の指標で相場が左右されそうです。

 また、28日にFRBが注目する物価指標、変動の激しい食品とエネルギーを除いた5月コアPCE(個人消費支出)価格指数が発表されます。前月からの低下予想となっていますが、CPIに続き予想通りの低下となれば、後退していた7月利下げ期待が浮上してくるかもしれません。金利はさらに低下し、ドル高は小休止となる可能性があります。しかし、逆の場合は、1ドル=160円突破のきっかけになるため注意する必要があります。