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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「日本への「警戒」と「重視」が共存する中国。対日スタンスの緩和はあるか」
中国・中国人を巡る「多様性」と「統一性」
私は約12年前、「脱・中国論 日本人が中国とうまく付き合うための56のテーゼ」(日経BP社)という本を出版したことがあります。一言で言うと、中国という国家、中国人という人種は多種多様だから、「中国は~」「中国人は~」という安易で乱暴な主張や議論には慎重になりましょう、という中国・中国人とうまく付き合うための姿勢や手法を、私自身の実体験を元に模索した作品です。
高校卒業後、単身中国に渡った私は当時、中央集権&社会主義国家で生きる中国人は皆同じ髪型をしていて、同じ服を着て、自転車に乗って、一つのイデオロギーの下、同じ考え方で同じ主張をする、そんな人々が10億人以上いる巨大国家だ、という認識を持っていました。
実際に中国で生活し、生身の中国人と付き合ってみると、己の考えがいかに偏見に満ちたものであったかが分かりました。北京大学で共に学んだ同世代の若者たちも、出身地によって、背丈、性格、味覚の好み、政治意識、ファッションセンス、価値観などがだいぶ異なりました。
私は当初、日本語学部と経済学部で学ぶ浙江省温州市出身の女子学生と一緒に中国語を学んでいたのですが、いまだに私の中国語には浙江周辺のなまりがあると、中国の知人や友人から言われることがあります。確かではありませんが、彼女の影響が残っているのかもしれません。仮に最初に一緒に学んだ方が広東省出身だったら、広東なまりが強くなっていた可能性もあるのでしょう。ちなみに、北京語、上海語、広東語は全く別の言語と言っても過言ではないほどに違います。中国の多様性を象徴する一つが言語であるというのが、私の経験則です。
一方、紀元前221年に史上初めて天下統一を果たした秦の始皇帝以来、多様性と対をなす統一性は、私たちが中国を理解する上で一つの座標軸であったのは間違いないでしょう。
統一と分裂を繰り返してきたのが中国。1949年に毛沢東が天安門で中華人民共和国の建国を宣言してから今年で75年がたちますが、習近平(シー・ジンピン)総書記が率いる、党員が約1億人いる共産党を中心に、ほとんどの中国人民は祖国が統一した状態にあるとは考えていないでしょう。
まさに台湾問題です。
台湾を統一してこそ、「祖国の完全統一」が実現し、「中華民族の偉大なる復興」という中国の夢が達成される、というのが3期目入りしている習近平政権の政治スローガンです。
私は習近平政権が発足した2012年以降、この政権の動向や習近平氏の権力基盤などを密に観察してきましたが、その政権運営において、「多様性」に比べて「統一性」が重視、強調される場面が、鄧小平、江沢民(ジャン・ザーミン)、胡錦涛といった前任者に比べて格段に増えたとみています。特に、政治、イデオロギー、国益、尊厳、主権、領土といった分野ではそれが顕著になり、その意味で、日本に対する見方も例外ではありません。
もちろん、旅行先としてどの地域が好きか、どんな日本料理を好むか、自動車やアパレルはどこのブランドが好きか、といったテーマに関しては十人十色でしょうが、「日本」という国家、日本人という「国民」をどう見るかという観点からすると、習近平氏率いる中国共産党の政治スタンス、外交方針次第によって、14億人いる「中国人」の考え方、動き方は変わっていきます。その連動性には、比較的明白な「統一性」が導き出せるのです。
「警戒」と「重視」が共存する中国共産党の対日認識
統一性を奏でる習近平政権の対日認識には、「警戒」と「重視」が共存しているというのが現状だと私は考えています。
警戒という観点からすると、自由や民主主義、法の支配といった価値観を掲げ、インド太平洋という戦略的文脈の中で米国との同盟関係を強化し、かつこの地域において豪州、インド、韓国、台湾などとのパートナーシップを連鎖的に構築しようとする日本の動きを、中国共産党は「中国の台頭を念頭に置いた、中国をけん制し、封じ込めるための包囲網」だと捉える傾向が強いです。
例えば、5月20日に台湾で頼清徳新総統が就任演説をしましたが、日本から過去最多、30人以上の国会議員が訪台し、就任式に出席しました。以前もこの連載で扱ったように、中国に厳しい姿勢を見せる頼氏の演説に中国側は猛反発し、23日から台湾海峡を取り囲む形で大規模な軍事演習を行いました。言うまでもなく、日本を含めた関連諸国に安全保障的観点から懸念を生じさせる動向です。
頼演説から1週間後の5月27日、韓国のソウルで日中韓首脳会談が約4年半ぶりに行われました。それに先立ち、22日、北京で中国外交部の劉勁松(リュウ・ジンソン)アジア司長が日韓双方の駐中公使と会い、間近に迫った首脳会談に関する打ち合わせをすると同時に、台湾問題に関して中国側の「厳正な立場」を伝え、ソウルでこの問題を故意に取り上げ、中国側をけん制、批判しないように釘を刺しています。
ソウルで行われた日中首脳会談において、岸田文雄総理は台湾問題を巡り、李強(リー・チャン)首相に対して「最近の軍事情勢を含む動向を注視している」という旨を伝えつつ、「台湾海峡の平和と安定は我が国を含む国際社会にとって極めて重要である」という旨を改めて強調しました。中国による軍事演習を「挑発行為」と見なし、「深い懸念」を示し、「自制を強く求める」という米国政府のスタンスに比べると「自制的」だとみることができます。日本政府として、台湾問題を絶対に譲れない核心的利益と定める中国側に一定程度配慮したのだと思われます。
中国政府による対日スタンスの緩和はあるか?
そんな日本政府の振る舞いを前に、中国側は引き続き日本の対中スタンスを懸念しつつ、日本との外交関係を重視し、安定的に管理していこうという政治的立場を再確認したに違いありません。
昨年11月、米サンフランシスコで開催された岸田総理と習近平国家主席との首脳会談で、日中は「戦略的互恵関係の包括的推進」を再確認しています。この「戦略的互恵関係」というのは2006年に安倍晋三元総理が提起し、その後、日中関係の冷え込みなどもあり一定期間使われませんでしたが、昨秋の首脳会談で再提起され、今年4月に発表された「外交青書」でもこの文言が5年ぶりに明記されました。ソウルでの日中首脳会談はこの流れを受けてのものだったと理解できます。
日中韓首脳が発表した共同宣言は第24条で次のようにうたっています。
「我々は、日中韓自由貿易協定(FTA)の基礎となる地域的な包括的経済連携(RCEP)協定の透明性のある、円滑な、および効果的な履行を確保することの重要性を確認し、独自の価値を有する、自由で、公正で、包括的で、質の高い、および互恵的なFTAの実現に向け、交渉を加速していくための議論を続ける」
私の理解では、中国のアジア太平洋地域における「国益」にとって、日本と韓国との協力や連携を制度レベルで強化することは極めて重要です。両国ともに米国の同盟国であり、米軍が駐在している、かつロシア、北朝鮮という「伝統的友好国」との関係も順風満帆ではなく、複雑性と敏感性に満ちている中、日韓との関係を政治的難易度が比較的低いFTAの締結を通じて推進するというのは、中国外交にとっての長年の悲願です。
そんな中国の思惑を前に、日本は価値観を一定程度共有する韓国と協調しながらどう振舞っていくのか。重要な局面を迎えています。何はともあれ、日中韓のGDP(国内総生産)の総和は世界GDPの2割超を占めますから、この3カ国の経済連携が地域経済、世界経済に与えるインパクトは小さくありません。
日中韓首脳会談の翌日、28日、中国外交のキーマンの一人である劉建超・中国共産党対外連絡部長が訪日し、29日には岸田総理を表敬訪問し、上川陽子外務大臣ら要人とも会談を行いました。習近平氏率いる中国共産党指導部が日本との関係を重視し、あらゆるレベルで対話や協議を進めていくという政治的意思の表れだとみるべきでしょう。岸田総理、上川大臣は劉氏との会談の中で「戦略的互恵関係の包括的推進」を改めて確認し、「建設的かつ安定的な日中関係」の構築という大きな方向性に沿って、両国間の課題や懸案について対話を重ね、進展を図るとともに、協力分野では互恵的協力を加速していくという立場で一致しました。
一方、企業を含めた民間の立場からすれば、そういった政治、外交レベルにおける合意を受けて、日本産水産物の対中輸出禁止、日本国民の対中短期渡航ビザ免除再開、中国における邦人拘束といった諸懸案が、どのタイミングで、どの程度緩和、解消されるのかが重要でしょう。民間人が安心して渡航できる、相手国で事業ができる、相手国民と話ができる。そんな枠組みや雰囲気を構築することこそが両国政府の役割であることは論を待ちません。
引っ越しのできない日本と中国。今後の動向に注目していきたいと思います。
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