日銀副総裁「デフレとの闘い終焉視野」と踏み込むも為替動かず
先週後半からドル円はほとんど1ドル=156円台で推移しており、大きな動きが見られません。このような動きの中で、日本銀行の内田真一副総裁による5月27日の講演が関心を集めました。
というのは、内田副総裁は2月8日の奈良県での金融経済懇談会での講演で、3月の政策変更(マイナス金利解除)に先んじてその方向性を示したからです。
ただ、2月の講演では、「仮にマイナス金利を解除しても、その後にどんどん利上げをしていくようなパス(道筋)は考えにくく、緩和的な金融環境を維持していく」と語り、追加利上げを急がない姿勢が示されたことから国内長期金利は低下し、株価は大幅高、為替相場はドル高円安に動きました。
内田副総裁は5月27日、日銀本店で開催された「国際コンファランス」の講演で、3月に短期政策金利の操作を通じて2%の物価安定目標を目指す伝統的な金融政策の枠組みに戻ったことは「ゼロ金利制約を克服したことを意味する」と説明。「インフレ予想を2%にアンカーしていく(定着させる)という大きな課題は残っているが、デフレとゼロ金利制約との闘いの終焉(しゅうえん)は視野に入った」との見解を示しました。
また、労働市場についても「労働市場の環境が構造的かつ不可逆的に変わった。この先も賃金は上昇していくとみている」と語りました。これらの金融政策や労働市場についての踏み込んだ発言を受けて、長期金利の指標である10年債利回りは2012年4月以来12年ぶりの高水準である1.025%台まで上昇しました。
しかし、為替相場はほとんど反応しませんでした。デフレは脱却し、ゼロ金利制約を克服し、賃金は上昇していくとみていても、その後の追加利上げの道筋には言及しなかったことから、追加利上げにはまだまだ時間がかかりそうだと市場は受け止めたようです。
市場では、次回6月13~14日の金融政策決定会合で、0.25%の追加利上げや長期国債買い入れ額を毎月6兆円程度から減額することなどの期待が高まっています。
しかし、その先の追加利上げへの道筋の提示や、長期国債の買い入れも減額ではなく撤廃など、かなり思い切った政策が示されないと市場の反応は限定的になるかもしれません。
米利下げ遠ざかる?堅調な経済やインフレ懸念再燃でドル高に
やはり、ドル安円高に転じるとすれば、米国の金融政策の変更によるところが大きいようです。
5月15日の米4月CPI(消費者物価指数)発表後も、堅調な米経済指標がドル高を支えました。23日に発表された米5月総合PMI(購買担当者景気指数)は好不況の分かれ目となる50を超える54.4で、2022年4月以来2年1カ月ぶりの高水準となりました。総合PMIも製造業PMI(50.9)やサービス業PMI(54.8)もともに予想を上回ったため、米国経済の堅調さを示しました。この結果、一段とドル買いが強まり、1ドル=157円台に円安が進みました。
米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が5月22日に公開したFOMC(連邦公開市場委員会、4月30日、5月1日開催)議事要旨では、参加者からは利下げに「予想よりも時間がかかる」、「より長期に高水準での政策金利維持が望ましい」などの指摘があったことが分かりました。何人かの参加者は、インフレ再燃リスクが高まった場合には、追加利上げも選択肢の一つになるとの考えを示すなどタカ派寄りの内容が示されました。
CPIやPMIはFOMC後に発表された経済指標ですので、次回6月11~12日のFOMCでは、これらの指標を受けてタカ派姿勢が強まるのかどうか注目です。
また、6月のFOMCでは金利見通しも公表され、前回3月時点からどの程度上方修正されるのかも注目です。3月時点の見通しでは、現在の政策金利5.25~5.50%に対して2024年末に4.6%というものでした。その後の利下げ慎重姿勢からこの見通しが0.50%引き上げられ、5.1%に上方修正されれば、年内あと1回の利下げという見通しになります。上方修正があれば、ドル高につながりますので、どの程度修正されるのか注目です。
米GDP改定値とPCE週内に発表、「年内利下げなし」観測台頭も
年内に米国の利下げなしという見方も一部にはあるようです。今週30日には米2024年1-3月期GDP(国内総生産)改定値(速報値は前期比年率1.6%増)や1-3月期コアPCE(速報値、3.7%上昇)、31日には4月PCEコア・デフレーター(3月は前年同月比2.8%上昇)が発表されます。予想を上回れば、6月のFOMCに影響を与え、年内利下げなしの見方が増えてくるかもしれません。逆に下回れば、タカ派色が弱まる可能性もあるため注目です。
GDP改定値は1.3%増の予想となっており、速報値の1.6%増を下回る予想となっているのは気になるところです。米長期金利の上昇は景気がいいから上がっているというよりも、インフレを警戒して金利が上がっているという側面が強いとの見方が増えてきています。インフレ上昇、金利上昇は将来の景気を悪化させることにつながるため、足元の景気は堅調でも今後の景気見通しには注意が必要かもしれません。
28日に発表された米5月コンファレンスボード消費者信頼感指数は予想を上回りましたが、先行きを示す期待指数は景気後退リスクを示唆する水準の80を4カ月連続で下回っています。
インフレ懸念を抱きながら、高金利が長引けば長引くほど、米中小企業や中小銀行、家計の低所得者層などにじわじわと影響を与えてくることが予想されます。現在は堅調な米国経済も夏を過ぎると様子が変わり、FRBの政策にも影響を与えてくるかもしれません。GDP改定値は過去の数字ですが、そういう観点から重要な意味がありそうです。
投機家動向として注目される米国CFTCの5月21日時点の円のネット・ショートポジションは、14万4,367枚と前週から1万8,185枚増え、4週間ぶりに拡大しています。4月下旬に17万9,919枚まで膨らんだ後、急速に縮小していましたが、ここにきてFRB幹部から早期利下げに慎重な発言が相次いだことで、日米金利差が開いた状態が続くとみて、再び円キャリー取引を増やしてきているような動きです。
欧州利下げペース鈍くなるとの観測で、対ユーロ・ポンドも円安
円安を後押ししている要因は米国の利下げ慎重姿勢だけではありません。5月に入って、対ユーロや対ポンドでも円安が進んでいることが円売りを支えているようです。対ユーロでは1ユーロ=170円を超え、対ポンドでは1ポンド=200円を超えてきており、16年ぶりの円安水準となっています。
背景には、23日に発表されたユーロ圏のPMIが52.3と、好不況の分かれ目である50を3カ月連続で上回り1年ぶりの高水準となるなど、欧州経済の景気底入れ期待が高まっていることがあります。
ECB(欧州中央銀行)の利下げは6月との見方が大勢ですが、その後の利下げペースが鈍くなる可能性があるとの見方も出てきています。
英国も、突然決まった7月4日の総選挙の影響により、利下げペースが鈍くなるとの見解が示されています。米国、欧州、英国ともに利下げペースが鈍くなり、日本の利上げは続くのかどうか不透明な状況では、円売りを止める判断は後倒しになることが予想されます。
日本の10年債利回りは29日に1.065%を付け、2011年12月以来の水準まで上昇しましたが、ドル円は反応していません。マーケットは指標や金利、政策というよりも日米欧の当局に対する信頼性の違いに影響を受けている印象です。
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