ロシアで産出される鉱体にはベースメタルとその副産物であるPGMの両方が含まれており、2023年の世界の2E PGM(プラチナとゴールド)の生産の28%はロシアだ。今回新たにロシア産ベースメタルに対する制裁が発表されたが、2022年4月のロンドン・プラチナ・パラジウム市場による制裁同様に、その影響は限定的なもので、メタルの流れが止まることはないだろう。しかし、今回の制裁はその他の要因も含め、ロシアの供給が予測通りに増える可能性を消してしまい、バッテリー電気自動車(BEV)の普及にとって重要なclass1ニッケル市場にも影響が及ぶ。しかし、エンジン車のPGM需要にとっては朗報となるだろう。
米国財務省と英国政府は2024年4月13日以降にロシア産ベースメタルをロンドン金属取引所(LME)とシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)で受け入れることを禁止する措置を発表した。これを受けてLMEのアルミニウムとニッケルの先物価格は強く反発した(図3)が、その後下落。というのは、取引所で受け入れるメタルに制裁をかけたところで、ベースメタル取引のほとんどはLMEへデリバリーはされず、LME指定ブランドであることも少ないため、ファンダメンタルズには影響しないからだ。さらに西側諸国はこれまでに既に自主的にロシア産のclass1ニッケルの輸入を制限しており、制裁に参加していない中国やインドにメタルが流れているのが現状だ。ノリリスクニッケルは、制裁にあっても「信頼できる供給元」であり続けるとしているが、取引上の障害が増え、中国にもインドにも輸出しているインドネシアのニッケル供給が伸びていることから、ロシア産のベースメタルとPGMの生産は、2022年以前に示されていた生産高には達しないと考えられる。
図1:ロシアは重要なメタルの主要生産国
図2:パラジウム市場の供給不足は長期化する可能性
実際PGM供給が減るリスクは既に指摘されている通りだ。鉱山会社の収益悪化による再編成(図8)、さらに過去2年間PGMのリサイクル供給も減少しており、2028年までに31.1トンに達する予測は現実的とはいえない。
ロシア産以外のニッケルを調達しようにも、自動車メーカーは炭素排出量が非常に多いインドネシア産ニッケルを避ける傾向がある。したがってBEVに必要な重要鉱物の供給網は狭められ、既に勢いが弱りつつあるBEVの普及はさらに遅れるかもしれない(図5)。そうなれば2026年に始まるとされている代替の逆行(図6)に先駆けて、パラジウム市場の供給不足が強まる可能性がある(図2)。40.4トンもの供給不足(需要の13%)とされながらも、パラジウム価格は2023年に39%下落(今年に入ってからは8%下落)するなど、PGM、特にパラジウムに対するセンチメントは弱まっているが、最終的には供給リスクの高まりと自動車需要の長期化が需要の喚起を支えるはずだ。プラチナのファンダメンタルズは強く、パラジウムのそれも短期的には回復しつつあること、そして地政学的なリスクが高まる環境の中で、市場はBEVの普及を妨げる要因を見過ごしているといえよう。
ロシア産PGMは、制裁対象のベースメタル生産の副産物
取引所経由のメタルデリバリーを禁止する制裁はファンダメンタルズには影響しないが、ロシアの供給は増えず、制裁とともにBEVの普及の妨げになる可能性
投資資産としてのプラチナ
-WPICのリサーチによるとプラチナ市場は2023年から供給不足が続く
-プラチナ供給は南アの生産問題とリサイクル供給で問題多い
-自動車のプラチナ需要は主にガソリン車の代替需要で今後も成長期待できる
-水素関連のプラチナ需要は少ないが、将来のプラチナ需要の大部分を占める
-プラチナ価格はゴールドとパラジウムに比べて安い期間が続いている
図3:米英の新たなベースメタルに関する対ロ制裁にLME先物価格は上昇したがその後下落
図4:LPPMのロシア産PGMに対する制裁も2022年4月8日に一時的にPGM価格を押し上げたがその後は続かなかった
図5:普通乗用車BEVの普及率は鈍化、PGMを使うエンジン車とハイブリッド車需要は2030年代も続く
図6:プラチナの代替としてのパラジウムの需要が、2026年以降のパラジウム需要の成長を支える
図7:消費者の行動の変化、法的規制、業者の収益悪化でPGMのリサイクル供給は過去2年間減少
図8:PGMバスケットスポット価格で総コストカーブを見ると、大半の鉱山会社は赤字
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