イエレン米財務長官が2年連続で訪中
4月10日午前(日本時間)時点で本稿を執筆していますが、日本を取り巻くマクロ情勢が劇的に動いています。岸田文雄首相はすでに米国入りしていて、現地時間の10日、バイデン大統領との日米首脳会談に臨みます。中国では本日午後、昨年同様、清明節(先祖を墓参りする祝日)に合わせて訪中している馬英九台湾元総統が北京で習近平(シー・ジンピン)国家主席と会談する方向で調整しています。また、昨日、2日間の日程で中国を公式訪問していたロシアのラブロフ外相が、習近平主席と会談し、強固で戦略的な中露関係の維持と強化を確認しました。来月には、プーチン大統領の訪中も予定されています。
そして、本稿が焦点を当てる米中関係でいえば、4月4~9日、5日間の日程でイエレン米財務長官が訪中しました。昨年7月以来、2年連続の訪中です。イエレン氏は4日、中国で、35年連続でGDP(国内総生産)首位を走り、中国経済の10分の1(ロシアと同規模)を占める広東省から訪中を開始。省都・広州で、カウンターパートである国務院副総理、米中経済貿易関係中国側統括者(劉鶴氏の後任)である何立峰政治局委員と共に、5日と6日、2日間にわたって数ラウンドの会談を行いました。
北京に移動した7日と8日、イエレン氏は藍仏安財政部長、潘功勝中国人民銀行総裁、そして李強(リー・チャン)首相と立て続けに会談。それ以外にも、北京大学を訪問し、同大の学者や学生と議論するなど知識人との交流も行っています。北京大関係者によれば、イエレン氏は「1998年時にも同大を訪問し、記憶が鮮明に残っているまた訪問できてうれしい」と語り、終始笑顔で振る舞っていたとのことです。
イエレン氏訪中の成果と課題
イエレン氏訪中の成果に関して、両国は経済、金融分野での意思疎通と政策協調を強化し、米中経済関係を健全に、安定的に発展させることを確認し合っています。中国財政部のブリーフィングによれば、その上で二つの新たな合意に至ったと言います。
一つ目が、両国財務省がけん引し、米中経済ワーキンググループを設立し枠、米中、および世界経済のバランスある成長を巡って議論をしていくこと。
二つ目が、中国人民銀行と米国財務省がけん引し、金融政策ワーキンググループを設立し、持続可能な金融、マネーロンダリング対策などを巡って議論をしていくこと。
要するに、経済、金融の分野における米中両国の核心的政府部門を中心に、ワーキンググループというメカニズムを構築した上で、双方に関心のあるテーマを定期的かつ頻繁に議論、協議していく、そのための枠組みを、今回のイエレン氏訪中を機に作ったということです。
また、グローバルな課題への対応として、途上国の債務処理問題、世界銀行、国際通貨基金のガバナンス改革、テロリズム集団への融資反対などについても議論しています。イエレン氏は、バイデン政権内において、米中デカップリング(経済切り離し)に対する「反対論者」として知られ、今回も、米国政府として中国とのデカップリングは考えていないという立場を相手側の土俵で表明しています。
ただ、この主張がどの程度米国政府、財界、社会の実態や意図を反映しているのか、そして今年11月に行われる大統領選の前後でどう推移していくのかは慎重に見極めていく必要があると思います。
一方、前向きな議論だけが行われていたわけではありません。
中国側はイエレン氏に対し、中国企業への制裁、追加課税、投資規制などに対して懸念を示しましたし、イエレン氏も中国経済における過剰生産能力の問題を指摘し、かつEV(電気自動車)や太陽光発電設備を念頭に、中国政府が特定の産業を過剰に支援していることが「世界の労働者や企業にとってリスク」になるとけん制しました。
特筆に値するのは、同時期にラブロフ外相が訪中していたロシアとの関係についてです。広州での何副首相との会見において、イエレン氏はウクライナ戦争における中国のロシア支援を提起、問題視しました。中国企業によるロシアへの物質的支援は重大な結果をもたらすとけん制しました。中国における全日程を終え、北京にある米国大使公邸で記者会見に臨んだイエレン氏は、「ロシアの国防産業基盤に軍事品やデュアルユース(軍民両用)品を流すような重大取引を促進する銀行は、米国の制裁リスクにさらされることになる」として、状況次第では、米国は中国に金融制裁を科す可能性もあることを示唆しました。
このように、経済関係、地政学を含め、米中は問題解決に焦点を当てた対話や協議をメカニズム化しつつも、それらが既存の課題を解決し得るには至っておらず、対立面やリスクが顕在化する局面も解消されていない現状が改めて浮き彫りとなりました。
頻繁に行われる米中ハイレベル協議、「米中対立×中国経済×台湾有事」という最大のマクロ
とはいうものの、米中間で首脳、閣僚レベルの協議や対話が頻繁かつ定期的に行われている現状と経緯は、世界経済や国際関係にとっては朗報だといえます。
昨年11月、習近平国家主席とバイデン大統領が米サンフランシスコで首脳会談を行いました。今年に入って、1月下旬、王毅(ワン・イー)外相兼政治局委員とサリバン国家安全保障担当大統領補佐官がタイのバンコクで戦略対話を行い、2月には王毅氏とブリンケン国務長官がドイツのミュンヘンで外相会談を行っています。同じく2月、王小洪国務委員・公安部長とマヨルカス国土安全保障(FBI)長官がウィーンで会談。
4月2日には、習近平主席とバイデン大統領が電話会談をし、同日~5日には、王受文商務部国際貿易交渉代表兼副部長が訪米し、マリサ・ラーゴ商務次官(国際通商担当)と次官級協議を行っています。そして今回のイエレン氏訪中です。今後は、ブリンケン国務長官による、これまた2年連続となる訪中も企画されていると言います。
このように、米中の首相、閣僚、次官級による経済、金融、外交、公安といった各分野のハイレベル対話・協議は頻繁に行われているのです。
私自身は、日本の経済、安全保障環境を取り巻く、そこに実質的な影響を与え得る「最大のマクロ」を、米中対立×中国経済×台湾有事と理解しています。
米中が対立すれば、中国経済は下振れ圧力に見舞われる。米中が対立すれば、台湾有事のリスクも上昇する。台湾有事が顕在化すれば、中国は経済・金融制裁に見舞われるリスクが上昇し、経済はさらに低迷し得る。中国がますます孤立し、強硬的になる中で、日本を取り巻くマクロリスクは上昇する。
こういう構図です。
そのような悪夢を回避する意味でも、課題やリスクを抱えているとはいえ、米中間の首脳、閣僚、次官級対話・協議が頻繁かつ定期的に行われている現状は擁護すべきです。
「最大のマクロ」を巡る構図に質的な変化を与え得るイベントとして、次に注目すべきは、5月20日に開催予定の、台湾新総統による就任演説、といったところでしょうか。
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