今そこにある「世界大分断」

 日本では2024年度がスタートしました。この4月から社会に出たり、学校に入ったりして、生活環境が変わった方も多いと思います。この節目に、気持ちを新たにして仕事や勉学に励もうと考えている方も多いと思います。

 本レポートでは、節目という環境が変化するタイミングにある今、視点を世界に拡大し、世界全体の環境を確認することとします。以下は「自由民主主義指数(2023年)」です。

図:自由民主主義指数(2023年)

出所:V-Dem研究所および国連のデータより筆者作成

 V-Dem研究所(スウェーデン)は、世界各国の民主主義の状況を数値化して多数指数を公表しています。自由民主主義指数もその一つです。青が濃ければ濃いほど自由で民主的な度合いが高く、オレンジが濃ければ濃いほど民主的な度合いが低いことを意味します。

 率直に言って今、世界は民主主義が行き詰まり、分断状態にあります。民主主義をよしとする欧米が中心の西側と(日本を含む)そうでない非西側の間に明確な溝が生じています。人口シェアで言えば、前者が17%、後者が77%と、圧倒的に民主的な度合いが低い国が優位です。

 以下は、民主的な度合いが高い国の数と、民主的な度合いが低い国の数の推移です。この推移を見ると、この分断が2010年ごろから始まったことが分かります。

図:自由民主主義指数0.4以下および0.6以上の国の数(1945年~2023年)

出所:V-Dem研究所のデータを基に筆者作成

 比較的平和とされる日本で暮らしていると世界が分断状態にあり、分断が深化しつつあることなど想像ができないかもしれません。ですが、この分断深化が足元の物価高の一因であると認識できると、分断を自分事として捉えられるようになると思います。分断は物価動向に大きな影響を与える原油相場の高止まりの一因でもあるのです。(後述)

分断は豊かさや正しさを求めた結果

 以下は、なぜ2010年ごろから分断深化がはじまったのかについて、筆者の考えをまとめた資料です。民主主義の行き詰まりは、世界分断がそこにあることを示す証であるのと同時に、逆に世界分断が民主主義の行き詰まりを加速させている一面もあります。

図:2010年以降の世界的なリスク拡大と金・原油・株高の背景(筆者イメージ)

出所:筆者作成

 また、スマートフォンの世界的普及も、民主主義の行き詰まりの一因になったと考えらえられます。スマートフォンは人々の生活を豊かにしましたが、負の面ももたらしました。その一例が「大衆の渦(うず)」の肥大化です。

 以下のとおり、2010年が世界のスマートフォン販売台数の本格拡大の起点になったわけですが、この年以降、スマートフォンを用いたSNS(交流サイト)で同じ思想を持った人たちが結束を強め、その膨れ上がった思いをリアルの場で実現する(発散する)ことが散見されるようになりました。

 2011年前後に目立った北アフリカ・中東地域での「アラブの春」では、民主化という側面はあったものの、武力を伴った前例がない規模の大衆の運動によって政権転覆が相次ぎました。後に、このアラブの春にSNSが深く関わったと報じられました。2016年の英国のEU(欧州連合)離脱を問う国民投票で離脱が勝利したことや、同年のトランプ氏が大統領選挙に勝利したことにも、SNSが大衆の渦を増幅させたことが一因であったとの指摘があります。

図:世界のスマートフォン販売台数 単位:百万台

出所:Gartnerなどのデータを基に筆者作成

 もともと、大衆から人気を得ることを第一とする政治思想や活動を意味する「ポピュリズム」が、大衆を扇動して自身の政治思想を実現しようとすることを指すようになったのもこのころです。特定のグループを強く批判する攻撃的なポピュリズムがSNSで膨れ上がりやすい性質を持っていたことに多くの人が気付いたのは、スマートフォンが世界全体にほぼ行き渡った後でした。

 多くの人がスマートフォンを手にSNSを使うようになったことは、豊かさが拡大していることを象徴する出来事であるものの、その半面、悪い意味のポピュリズムを膨張させて民主主義を行き詰まらせ、分断を深める一因になったと考えられます。われわれが普段から使用しているスマートフォンは、使い方によっては大変な武器にもなってしまうのです。

世界分断は物価高の一因でもある

 また、世界の分断を深化させたのは、スマートフォンの世界的普及のほか、債務危機や移民問題などが噴出して西側をリードしてきた欧州で大きな混乱が発生したこと、そして2008年のリーマンショック後の経済回復・株価上昇のために西側が強力に推し進めた環境問題と人権問題への対応が、非西側の産油国や権威主義を主張する国々と決定的な軋轢(あつれき)を生んだことが挙げられます。

 環境問題と人権問題への対応によって、一部の金融商品に資金が流入して空前の株高が起きました。しかし同時に、西側と非西側の分断はさらに深まり、非西側の産油国は西側に対して原油の出し渋り(原油の減産)を強化するようになったり、西側に人権侵害を訴えられた非西側の一部の国は内政干渉だと猛然と反発したりするようになりました。

 わたしたちが今直面している物価高(非西側産油国の減産が主因)の一部は、世界分断によるものだといえます。その分断の一因を作ったのが実は西側であるわれわれでもあると筆者は考えています。分断が深まり、矛盾に満ちた世界に放り出された若い方たち、そして図らずもそうした環境を作ってしまった大人たちは、今後、何をどのように考えて生きていけばよいのでしょうか。

「コモディティ市場分析」は強力な武器

 分断と矛盾の世界を生き抜くために必要なスキルについて考えます。

図:分断と矛盾の世界を生き抜くために必要なスキルとコモディティ市場分析

出所:筆者作成

 筆者が考える分断と矛盾の世界を生き抜くために必要なスキルは、分断を認める、矛盾を意識する、俯瞰(ふかん)する、疑うことを習慣化する、自律・自立する、の五つです。これらがあれば、たとえ難しい環境に置かれていても、自分らしく生きていくことを強力にサポートしてくれます。当然、分断と矛盾の世界でも生きていけるでしょう。

 それぞれの対極の関係にある「やってはいけない」ことが、自分だけの正義を貫く、過去や常識に固執する、ゼロかイチで考える、見たいものだけ見る、徒党を組む、です。これらの「やってはいけない」ことをしないようにするだけで、おのずと分断と矛盾に満ちた世界を生き抜くヒントがうっすらと見えてくるでしょう。

 必要であるとしたスキルの中で特に重要なのは、「俯瞰する」です。なぜ分断が起きているのか、何が矛盾を生んでいるのか、などを考える際に欠かせない考え方だからです。ゼロかイチの発想(完全な正義か完全な悪かのどちらかなど)では到底思いつかない考え方に出会うことができます。俯瞰は本当に重要で楽しい作業です。

図:コモディティ市場が俯瞰的であることのイメージ

出所:筆者作成

 例えば、コモディティ市場は上記のように位置付けることができます。この位置関係を頭の中に置いておくだけで、さまざまな市場動向の解説を格段にしやすくなります。(コモディティに限らず)世の中で起きているさまざまなことを、上記の図に分類していくと、情報の整理がしやすくなるでしょう。少なくとも因果関係が逆になって混乱することは減ると思います。

 筆者は、「コモディティ市場分析」は、必要な五つのスキルを磨くために最適な教材であると考えています。日々の業務の中でそのように感じることが多々あります。「やってはいけない」ことは、筆者が日々の業務の中でやらないように意識していることの一部でもあります。

金(ゴールド)市場は素晴らしい教材

 コモディティ市場の一歩目になり得るのが、金(ゴールド)です。分断も、矛盾も、俯瞰も、疑うも、自律・自立も、いずれの要素も含んでいるためです。以下の資料は、現代の金(ゴールド)市場をと取り巻く環境を示しています。

図:金(ゴールド)に関わる七つのテーマ(2024年 筆者イメージ)

出所:筆者作成

 例えば、短中期視点で金(ゴールド)価格が高値水準で推移していることについては、株価が高騰しているため代替資産起因の下落圧力がかかっているものの、複数の戦争が長引いているため有事ムード起因の上昇圧力と、FRB(米連邦準備制度理事会)が金利引き下げの議論をしているため代替通貨起因の上昇圧力がかかっているため、と説明できます。

 過去の常識(株価高い時は金は安いものだ)や分かりやすさにとらわれず、俯瞰的であることが、株高でも金(ゴールド)高が起きることの説明をスムーズにしてくれます。ここに何も矛盾はありません。

 中長期視点では主に「中央銀行」の動向に注目することになります。世界分断が深化し始めた2010年ごろから、新興国を中心とした中央銀行は保有量を増やしてきています。分断を嫌気して、伝統的な資産であることなどを理由にこうした動きが目立っています。

図:中央銀行による金(ゴールド)買い越し量の推移 単位:トン

出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料を基に筆者推計

 分断が解消しない限り、こうした中央銀行による保有量増加は続く可能性があります。中長期視点の価格下支え要因があると、言えそうです。

図:MSCIオールカントリーワールドインデックスと金(ゴールド)の価格推移

出所:LBMAおよびQUICKのデータを基に筆者作成

 足元、金(ゴールド)相場は歴史的な高値圏で推移していますが、中長期視点でみれば、中央銀行による買いに支えられると筆者はみています。短中期の材料に惑わされず、そして過去の常識にとらわれず、材料を俯瞰しながら価格動向を追ってみるのも面白いと思います。

 筆者の身近ではこの4月から、上の娘が大学に入ったり、姪(めい)と甥(おい)がともに社会人になったりするなど、大きな変化がありました。分断と矛盾の世界に放り出されたこうした若い人たちにこそ(投資をするかは本人たちの判断ですが)、コモディティ市場分析の考え方を伝えていきたいと改めて思いました。

[参考]貴金属関連の投資商品例

長期:

純金積立(当社ではクレジットカード決済で購入可能)
純金積立・スポット購入
投資信託(当社ではクレジットカード決済、楽天ポイントで購入可能。以下はNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)対応)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
三菱UFJ 純金ファンド
ゴールド・ファンド(為替ヘッジなし)