GDP実質成長率は「5.0%前後」で現状維持。CPI3.0%は現実離れ?

 中国で毎年一回行われる最重要政治会議である全国人民代表大会(全人代)が3月5日に開幕しました。日本の国会に相当します。「政治の祭典」と言える全人代で最も重要なイベントの一つが、初日に行われる「政府活動報告」で、日本の首相施政演説に相当するものです。昨年3月の全人代を経て首相に就任した李強(リー・チャン)氏が初めて報告を読み上げました。李強氏のパフォーマンスが私の目から見てどう映ったかに関しては後述するとして、ここでは報告が提起した、2024年の経済目標を紹介、検証していきたいと思います。

 最も注目されたGDP(国内総生産)実質成長率は、私が1月25日に配信したレポートで予測した通り、昨年同様「5.0%前後」に設定されました。おととしは「5.5%前後」という目標に対して結果は3.0%増、昨年は「5.0%前後」という目標に対して結果は5.2%増という流れの中で打ち出された成長率目標です。端的に言えば、今年の目標は昨年と同レベルですが、達成の難易度は昨年よりも高いといえます。

 実際、李強首相は報告の中で、この目標設定は、雇用促進、リスク防止といった要素を総合的に考慮した結果であり、「実現は容易ではない。政策を集中的に発動し、我々の仕事も2倍努力しなければならない」と危機感をあらわにしていました。

 昨年の中国経済で物議を醸したのが、8月、それまで20%以上で高止まりしていた若年層の失業率の発表が突然中止されたことです。その後、今年1月に調査方法が変更されて再発表されましたが、依然として14.9%と高め。しかも、この数値は(1)調査ベース(2)農村部除くという条件付きですから、実際はもっと高いでしょう。報告でも、雇用優先という方向性、若者の就業支援が謳(うた)われました。昨年の調査失業率(農村部除く)が5.2%だったのに対して、今年は5.5%前後を目標に掲げました。中国政府として、雇用を楽観視していない認識と展望を表していると私は理解しました。

 私が最もサプライズをもって受け止めたのが、CPI(消費者物価指数)の上昇率目標です。おととし、昨年と3.0%上昇という目標が掲げられたにもかかわらず、結果は、2.0%、0.2%と低迷し、目標と実態の乖離(かいり)は広がっています。しかも、CPIは直近4カ月連続のマイナスであり、2024年1月は0.8%下落、その下落幅は2009年9月以来14年4カ月ぶりの大きさとなりました。そんな中、私自身は、報告がCPI上昇率をどこまで下方修正するかに注目していました。3.0%目標を掲げ続けることは非現実的ですから。

 にもかかわらず、結果は3.0%。中国政府として、「中国経済はデフレではない」と証明したいのでしょうが、ちょっと理解できません。実際、中国経済がデフレ基調に突入しているのは数字が物語っており、企業収益、国民所得、雇用などにネガティブに作用している現状に変わりはありません。

 デフレは不動産同様、2024年の中国経済にとって注目すべき動向だと思います。

拡張的な財政出動で景気下支え?注目は「超長期特別国債」の発行

 5.0%の成長率目標を掲げたものの、その達成は昨年よりも困難になることを李強首相も実質認めた。そんな中、その目標をどう達成するのか。私は不動産不況がどこまで回復に向かうか、そのために、中央政府としてどれだけ明白かつ大胆な緩和策&刺激策を打てるかが鍵を握っていると思っていますが、ここでは報告で提起されたマクロ政策について見ていきましょう。

 報告は「積極的な財政政策を適度に強化し、質と効率を向上させる」、「穏健な金融政策は柔軟かつ適度に保ち、照準性と有効性を向上させる」としています。景気回復が遅れる中、財政政策、金融政策いずれも重要になっており、しかも経済がデフレ基調で推移している現状下では尚更これらの政策を積極的に打ち出すべきです。市場全体が萎縮し、自信を喪失し、方向性や期待値が見いだせない中、効果的なのは金融政策よりも財政政策、というのが、私が議論している中国政府内の経済学者や政策ブレーンたちの考えだと思います。

 報告で提起された財政政策を見てみると、相当程度踏み込んだ政策が打ち出されています。

  • 財政赤字GDP比3%、金額は4.06兆元、昨年から1,800億元増加
  • 地方特別債3.9兆元、昨年から1,000億元増加
  • 今年から数年間、「超長期特別国債」を毎年発行、今年はまず1兆元

 昨年同様3.0%に設定された財政赤字率の中で、新たに増える赤字は全て中央政府による負担となり、中央政府による赤字率は82.3%に達し、近年においては最高水準となりました。赤字金額、地方特別債、超長期特別国債の総和は8.96兆元(約187兆円)となり、中国政府なりには思い切った政策に踏み切ったということでしょう。

 しかも、昨年来、市場関係者から期待され、10月に1兆元の特別国債を発行していますが、それを受けて、今回は、「超長期」という前提で、少なくとも向こう数年を見据えた財政政策となる見込みです。

 この「拡張的な財政政策」が2024年の中国経済にどこまで寄与するか。注目していきたいと思います。

全人代と李強首相

 私が今回の全人代で注目したのが、前述したように、初めて「政府活動報告」を読み上げるミッションを担った李強首相の表情や仕草です。開会の宣言をした全国人民代表大会常務委員会の趙楽際委員長から報告発表の指名を受けると、微笑を浮かべながら登壇地へと歩を進め、会場、および習近平(シー・ジンピン)総書記に対して2回お辞儀をした。以前も感じたが、日本人の感性から見ると、お辞儀の仕方が何ともぎごちなく、長年地方で勤務してきた高級官僚という印象を改めて持った。

 ただ、李強氏の報告は力強かった。時に手元にあるお茶を啜りながら、たまに原稿を読み間違えるも、それを隠すそぶりもない、直ちに修正して、何事もなかったかのように次に進む。顔色や仕草から見ても、体調はすこぶる良さそうで、李氏は初めての任務として臨んだ52分間の報告(昨年の李克強(リー・カーチャン)氏は58分)をさらりと全うしたように見受けられた。

 私の印象としては、浙江省で長年勤務し、その後江蘇省、上海市でトップを務め、中央政治局常務委員、首相に昇任した李強氏は、報告に書かれている、多岐にわたる政策をよく理解した上で読み上げていた。過大評価をしている可能性も大いにあるが、いずれにせよ、首相として2年目に入る李氏の今後の政策実行力に注目したい。

 一つ残念なのは、毎年全人代閉幕後に行われた首相による記者会見が中止されてしまい、今後もしばらく行う予定はないという党指導部の決定である。毎年の全人代で私が最も注目していたイベントが、首相が国内外の記者の質問に(かなりの予定調和はあるものの)対して、可能な限り自分の言葉で語るこの記者会見であった。ベールに包まれて外界が近づけない中国政治の温度感や距離感を感じられる数少ない場だっただけに残念でならない。

 中国政府を巡る透明性という意味では、また一歩後退したと言わざるを得ない。海外の企業家や投資家はこうした細部を巡る一挙手一投足にも敏感に反応するだけに、習近平氏率いる共産党指導部も、もう少し空気を読んでほしいと願う今日この頃である。