サッカーアジアカップで日本惜敗

 中東のカタールでサッカーのアジアカップが行われています(2月10日まで)。日本代表はグループステージを2勝1敗で通過し決勝トーナメントに進出しましたが、2月3日に行われた同トーナメント2回戦で敗れました。

図:サッカーアジアカップ決勝トーナメント(2月5日時点)

出所:各種報道をもとに筆者作成

 上図のとおり、日本代表のベスト4進出をはばんだのは「イラン」でした。日本代表は後半に入って間もなく同点に追いつかれました。その後は何度も好機をつくるも、強豪イランの猛攻を受けて試合終了間際にペナルティーキックを与えました。そしてこのペナルティーキックによる1点が決定打となりました。

 現地で観戦していた旅系YouTuberは自身の動画の中で、開催国が中東であるだけに、イランだけでなくカタール、バーレーン、サウジアラビアなどの試合は観客が多い傾向があると伝えています。確かに動画を見る限りその傾向があります。

 一口に中東といっても国の情勢は異なります。アラブ人が多いイメージを抱く人は多いと思いますが、例えば開催国であるカタール、日本代表が決勝トーナメント1回戦で下したバーレーン、そして同トーナメント1回戦で韓国代表と善戦したサウジアラビアの主な民族はアラブ人です。ですがイランは違います。イランの主な民族はペルシャ人です。

 OPEC(石油輸出国機構)の会合で各国の代表が集まった際、アラブ諸国の代表はアラブ人特有のいでたちですが、イラン代表はジャケット姿です。

 サッカーの国際大会が盛り上がりを見せている一方で、ベスト16に進出したパレスチナのガザ地区では戦闘が続いています。ベスト8をかけたカタールとの試合でもガザ地区の出身の選手が活躍したといいます。

 同じくベスト16に進出したイラクとシリアでは2月初め、それぞれの国で活動する新イラン組織に対して米軍が報復攻撃をしました。報復のきっかけとなった兵士が死亡した事件は1月終わりにヨルダンで発生しました。ヨルダンもまた、ベスト16に進出した国の一つです。

 本レポートではベスト4に進出した「イラン」に注目します。過去アジアカップで三度優勝している同国は今、国際情勢上、極めて重要な位置にあります。サッカーと国際情勢が切り離されて伝えられるケースが少なくありません。国際情勢上のイランとは、一体どのような国なのでしょうか。

イランが支援するイスラム武装組織

 以下は、イランが支援しているとされるイスラム武装組織です。シリア東部・イラク北部などで活動するイラン革命防衛隊や民兵組織、パレスチナ自治区のガザ地区を実行支配するハマス、紅海付近で船舶への妨害行為を行うイエメンに拠点を置くフーシ派、イスラエルの北・シリアの西に隣接するレバノンで展開するヒズボラです。

図:イランが支援しているとされるイスラム武装組織

出所:各種資料およびmap chartを用いて筆者作成

 イランが攻撃や妨害行為を直接的に指示しているとは限らず、資金や軍事物資・技術の支援にとどまるケースもあるといわれています。

 昨年10月のイスラエル・ハマスの戦争勃発以降、ヒズボラとイスラエルの交戦やフーシ派による船舶への妨害行為が激化したり、ヨルダンで米兵の死亡事件が発生しています。こうした動きへの報復として主に米国が、イラン革命防衛隊やフーシ派の拠点を攻撃しています。

 アジアカップが始まった1月12日以降も、米軍による各所への報復、フーシ派による船舶への妨害行為が続いています。地図上では、アジアカップが戦禍の中で行われているように見えます。

イランの輸出主要品目と相手国の変化

 映画「海賊と呼ばれた男」では、英国に自国の石油資源を搾取されているイランに、米英の包囲網をかいくぐって日本の石油会社がタンカーを仕向ける様子が描かれています。1950年代の実話をもとに作られた映画です。

 タンカーが無事イランの港に到着した時、イランの市民がイラン経済に希望を与えたと賞賛し、そして川崎港に帰港した時、日本の市民が日本経済を支えたと歓喜するシーンがあります。このタンカーの航行は、欧米の圧政にあえぐ国が多かった時代に、世界中に驚きを振りまいたと言われています。

 歴史的に産油量が多いイランはOPECの発足メンバーです。現在もOPECプラス(OPEC12カ国、非OPEC11カ国の合計23カ国)の一員です。原油などの「鉱物」を含んだ、近年のイランの輸出額は以下のとおりです。

図:イランの輸出額増減上位5分類 単位:百万ドル

出所:OEC(The Observatory of Economic Complexity)のデータより筆者作成

 実は、イランの輸出額の総額は2000年から2021年にかけて半分以下になっています。急減の主因は「鉱物」輸出の大幅減少(10分の1以下)です。先述の通り、イランは主要な産油国の一つですが、その石油関連品目の輸出が急減しています。以下は、このことに関連するイランの輸出相手国です。

図:イランの輸出相手国増減上位5カ国 単位:百万ドル

出所:OEC(The Observatory of Economic Complexity)のデータより筆者作成

 西側諸国向けの輸出が急減しています。このほとんどが「鉱物」、つまりイランの主な輸出品目である石油関連です。イランの西側向けの石油輸出が激減したのは、西側の石油需要が激減したためではありません。西側がイランから意図して輸入しないようにしているのです。

イラン経済を疲弊させた欧米の制裁

 イランに対する制裁(簡単に言えばお仕置き)が続いています。2000年代半ばから断続的に国連、米国などがイランに制裁を科しています。これにより、イラン産原油を輸入する国が減りました(日本もしかり)。核開発を進めるイランをけん制するために国際社会がイランの活動を抑制しているのです。

 以下の図のとおり、制裁をきっかけにイランの原油輸出量は目に見えて減少しています。制裁を科す側の思惑通りです。このことが主因となり、先述のとおりイランの輸出総額は2000年から2021年にかけて半分以下になりました。

 制裁がイランに与える影響は原油輸出量の減少やそれによる輸入総額の減少だけではありません。図中のオレンジの点線のとおり、IMF(国際通貨基金)が公表しているイランの財政収支均衡に必要な原油価格は、制裁時に上昇、制裁解除時に下落しています。

 イランの財政事情が急激に悪化する制裁時は、財政を安定させるために一定水準の原油価格が必要になります。原油輸出量が減少して失われる収入を、原油価格という単価を引き上げることで補う、という考え方です。

図:イランの原油生産量と輸出量 単位:百万バレル/日量

出所:各種資料およびOPECのデータより筆者作成

 制裁が科される前、わが国日本もイランから多くの原油を輸入していた2000年代前半の同価格は30ドル程度でした(2000年から2005年の平均)。しかし制裁が始まり、原油輸出量が急減しはじめたことを機に、同価格は上昇しはじめ100ドル超が常態化しました。

 制裁解除期間は一時的に40ドル程度まで低下したものの、米国による制裁再開を機に急騰し、足元では300ドル前後で推移しています。

 原油相場が300ドル程度でないと財政収支が均衡しない状態は、産油国として異常な状態だと言えます。IMFのデータによれば、イランと同じ湾岸産油国であるサウジラビアの2023年の同価格は80.9ドル、イラクが75.8ドル、オマーンが72.2ドル、クウェートが70.7ドル、UAEが55.6ドル、カタールが44.8ドルです。生産量の規模を考慮すれば、これらの平均は70ドル台前半だと考えられます。

 イランの300ドルが異常なまでに高いことが改めてわかります。異常な高さは国内情勢が大変に疲弊していることを示唆しています。制裁はイラン経済に大きすぎる打撃を与えていると言えます。

イランリスクは金(ゴールド)高要因

 イランが西側諸国に原油を輸出できない状態にあることは、先述の「海賊と呼ばれた男」の時代をほうふつとさせます。自分たちの資源を自分たちのために使うことができない、という意味においてです。以下の通り、イランの原油埋蔵量は世界第三位です(オイルサンド除く)。

図:原油埋蔵量上位国(オイルサンド除く) 単位:十億バレル

出所:OPECのデータより筆者作成

 豊富な資源を持っているものの思うように輸出できない環境を強いられている状態はイランにとって本意ではないはずです。もちろん、イラン自身も原油輸出量の減少や財政収支均衡に必要な原油価格の異常な高騰が、国際社会に受け入れられない核兵器開発の代償であることを認識しているでしょう。

 ですがイランは今まさに、核兵器開発をちらつかせたり、イスラエル・ハマスの戦争勃発を機に活動を活発化させているイスラム武装組織に支援をしたりして、世界を混乱の渦に引き込み、短中期的な「有事ムード」をかき立てています。

 また、イランはOPECプラスの一員として産油国としての影響力を誇示したり、2024年1月よりBRICSに加わったりして、「非西側の急先鋒」としてめきめきと頭角を現しています。つまりイランは既に、近年目立つ、西側と非西側の分断の行方を左右し得る重要な立ち位置にあると言えます。

 国際社会はすでに、イランによる「これまで受けてきた制裁への反動」が顕在化するリスクを認識しなければならない時期に入っていると、筆者は考えています。イスラム武装組織への支援は、その一環として行われているとの認識も必要でしょう。

図:金(ゴールド)に関わる七つのテーマ(2024年 筆者イメージ)

出所:筆者作成

 西側・非西側の分断が長期化の様相を呈している中で、イランが積年の想いをぶつけるように、これまで以上に分断を深めてしまう可能性があるため、西側は長い時間軸でイラン起因のリスクに対応していく必要があります。

 イラン起因のリスクは、短中期的にも、超長期的にも、資金の逃避先需要を強める金(ゴールド)相場の上昇要因になり得ると、筆者は考えています。アジアカップ終了後も、長期視点でイランに注目していく必要があります。

[参考]貴金属関連の投資商品例

長期:

純金積立(当社ではクレジットカード決済で購入可能)
純金積立・スポット購入
投資信託(当社ではクレジットカード決済、楽天ポイントで購入可能。新NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)に対応)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
三菱UFJ 純金ファンド
ゴールド・ファンド(為替ヘッジなし)

中期:

関連ETF(新NISAに対応)
SPDRゴールド・シェア(1326)
NF金価格連動型上場投資信託(1328)
純金上場信託(金の果実)(1540)
NN金先物ダブルブルETN(2036)
NN金先物ベアETN(2037)
SPDR ゴールド・ミニシェアーズ・トラスト(GLDM)
iシェアーズ ゴールド・トラスト(IAU)
ヴァンエック・金鉱株ETF(GDX)

短期:

商品先物
国内商品先物
海外商品先物
CFD
金(ゴールド)、プラチナ、銀、パラジウム