台湾総統選挙で民進党の頼清徳氏が「辛勝」
1月13日、台湾で4年に1度の総統&立法委員(日本の国会議員に相当)ダブル選挙が行われました。これまで蔡英文総統が率いる民進党が2期8年にわたる政権運営を担ってきましたが、従来の慣例のように、今回政権交代が起こるのか、同時に行われる国会選挙でいずれかの政党が過半数を獲るのか、行政府と立法府の間に「ねじれ」が生じるのか、などに注目して私は見ていました。
まずは、最大の注目点である総統選を見ていきましょう。結果は次の通りです。
政党・候補者 | 得票数 | 得票率 |
---|---|---|
民進党・頼清徳氏 | 558万 | 40% |
国民党・侯友宜氏 | 467万 | 33% |
民衆党・柯文哲氏 | 369万 | 26% |
事前の世論調査通り、現与党・民進党の頼清徳氏が勝利しました。台湾で1996年に直接選挙が導入されて以来、特定の政党が3期連続で政権運営を担うのは初めてとなり、その意味で、台湾の歴史に深く刻まれる総統選だったと振り返ることができます。
また、「第三の党」として民衆党が26%の票を獲得した事実も歴史的だったと私は振り返ってます。過去の総統選で、国民党、民進党以外に、第三の党から総統選に立候補したのは親民党の宋楚瑜氏のみで、2012年、2016年、2020年の3回出馬していますが、その得票率は2.8%、12.9%、4.3%ということで、戦局、具体的には、二大政党である民進党と国民党の攻防に割って入る形で影響力を行使するような状況ではありませんでした。その意味で、民衆党の台頭は、台湾政治を巡る「新現象」であり、かつ台湾の有権者、特に若者の意見や渇望を反映する構造的事象であるといえます。私自身は、柯文哲氏は2028年の総統選で本気で「てっぺん」を狙っていると考えています。
今回、頼氏が勝利した理由としては3点挙げられると思います。
- 年金改革、同性婚合法化、対米関係強化など蔡英文政権の政策が評価されたこと
- 国民党、民衆党の候補者による野党候補一本化が失敗したこと
- 野党側が与党との政策レベルにおける差別化を発信できなかったこと
一方、勝った民進党陣営も喜んでばかりはいられません。注目すべきは40%という低い得票率です。以下、1996年以降による勝者の得票率を一覧にしてみました。
年次 | 得票率 |
---|---|
1996年 | 54% |
2000年 | 39% |
2004年 | 50% |
2008年 | 58% |
2012年 | 52% |
2016年 | 56% |
2020年 | 57% |
2024年 | 40% |
過去2番目に低いのが分かります。蔡英文氏が勝った前回、前々回に比べると、その差は歴然といえるでしょう。総統選直後、中国政府が発表した「民進党は台湾における主流の民意を代表しているわけではない」というコメントもあながち的を外れているわけではないということです。6割の有権者は民進党・頼清徳氏に「ノー」をたたきつけたわけですから。
注目された立法委員選挙では国民党に敗北
そして、民進党が敗北したのが、同時に行われた立法委員を巡る選挙です。定数は113ですが、各政党が獲得した議席数を現在との比較で整理すると次のようになります。
政党 | 議席数(現在) | 議席数(選挙後) |
---|---|---|
国民党 | 37 | 52 |
民進党 | 62 | 51 |
民衆党 | 5 | 8 |
無所属 | 5 | 2 |
民進党は現在議会で過半数を占めていますが、今回の選挙を通じて議席を11減らし、逆に国民党は現状の37から52議席へジャンプアップ。民衆党も議席を3つ伸ばすという結果になりました。今後の立法院を巡る特徴は次の3点に集約できると思います。
- 民進党が最大政党ではない=行政府と立法府で「ねじれ」が生じること
- 「ねじれ」ているとはいえ、どの政党も過半数を占めていないこと
-
8議席を持つ民衆党がキャスティングボードを握っていること
台湾内政、米中関係、台湾有事の3点から今後を見通す
同時に開催された総統、立法委員ダブル選挙の結果をそれぞれ検証してきましたが、それらの結果が、今後の展開に与える示唆を(1)台湾の内政、(2)米中関係、(3)台湾有事という3つの視点から考えていきたいと思います。
(1)台湾の内政—「弱い政権」としてスタート
総統選では辛勝、立法委員選では敗北という結果を受けて、これまでの蔡英文政権と比べて、頼清徳氏は「弱い総統」、民進党は「弱い政権」としてスタートせざるを得ないでしょう。今後のスケジュールを見ると、2月1日に立法院で第一回会議が召集され委員による選挙で立法院長が選出される見込みですが、国民党所属の委員が就任する可能性が大です。
頼清徳氏は5月20日に新総統に就任し、就任演説を発表しますが、そこで特に中国との関係に関してどんな政策を発表するかが注目です。
(2)米中関係
次に米中関係ですが、中国政府は頼氏を「台湾独立分子」と認定し、副大統領に就任する蕭美琴元駐米代表を制裁対象としています。この二人による民進党指導部に対して、蔡英文政権以上に厳しいスタンスで臨む見込みです。
一方、頼氏が「大勝」しなかったこと、国会では国民党が第一党である結果を鑑みて、民進党が対中政策でそこまで強硬に出られないのではという認識の下、少なくとも5月20日くらいまでは様子を見ていくのではないでしょうか。
一方の米国は、国務省が頼清徳氏当選、民進党勝利を受けて祝賀の声明を発表し、それに対して中国政府は反発しました。バイデン大統領は「台湾独立は支持しない」と公言しましたが、これくらいは中国側にとっても想定内です。特筆されるのは、台湾総統選直前に、劉建超中央対外連絡部長が異例の訪米、ブリンケン国務長官と会談するなど、台湾総統選が米中関係悪化の引き金にならないよう協議をしました。
(3)台湾有事—「米中対立なき台湾有事なし」
台湾有事に関して、私は以前から「米中対立なき台湾有事なし」と指摘してきました。要するに、米中二大国間で台湾問題を巡る認識や目標がある程度一致しており、両国首脳、政府の間で頻繁な協議、一定の信頼が成されている状況下においては、台湾有事は緊迫化、顕在化しにくいということです。その逆もまたしかり。もちろん、何はともあれ、中国と距離を置き、対中強硬になびく傾向にあり、「独立志向」のある民進党政権が続くことで、台湾海峡は引き続き緊張する見込みです。
中国も引き続き台湾に対して軍事的、外交的(総統選直後にナウルが台湾と断交)、経済的圧力をかけていくでしょう。一方、米中は少なくとも現時点では台湾海峡で軍事衝突するのを望んでいない。弱い立場からスタートせざるを得ない頼清徳氏もまずは対中政策でも慎重な滑り出しをするのではないかというのが私の見立てです。その意味で、台湾問題を巡る最大の見どころは、11月の米国大統領選だといえるでしょう。
仮にそこでトランプ氏が当選した場合、「何か」が起こると思っています。
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