※この記事は2022年8月10日に掲載されたものです。
2022年4月から学校の授業に金融教育が導入された一方、全国の自治体でも新たな動きが起こっています。市民を対象にお金の講座を開いたり、児童養護施設の子どもたちにお金の教育を実施するケースが増えています。
そこで今回は千葉県松戸市と福岡県北九州市の取り組みを紹介します。
松戸市:親子で学ぶ「お金」のルールと心得
子どもたちを対象にオンライン講座を開催
「お金ってどうやって手に入れるの?」
「人が生活するにはどれくらいお金がかかるんだろう?」
2022年2月23日(祝)、千葉県松戸市で小学生低学年の子どもたちを対象とするオンライン講座が開催された。タイトルは「親子で学ぶ『お金』のルールと心得」。マネーの専門家である講師が、お金の役割や稼ぎ方、使い方などをストーリー仕立てでわかりやすく解説。自宅から保護者とともに参加した子どもたちは、興味深そうに耳を傾けていた。
この日は小学生低学年向けだったが、それ以降も小学生高学年、中学生、さらには高校生向けの講座を数回実施。それぞれ年齢に適したプログラムになっていて、例えば高校生向けの講座では「社会人になる前に知っておきたいお金のこと」というテーマで開催された。
昨今、金融関連の企業やNPO法人などがこうした講座を開催することが増えているが、この講座はそれらとは少し違う。主催は松戸市。市が市民サービスの一環として企画し、子ども向けのマネー教育を行う専門機関にプログラムの作成や運営を委託して開催したのだ。
しかし、なぜ行政がお金に関する講座を開くのか。松戸市では、子どもの貧困対策を総合的に推進するため、2017年に「子どもの未来応援担当室」を設置して、さまざまな取り組みを行ってきた。今回の試みはその一環だという。
同担当室の遠田敏生氏はこう話す。
「経済的に困窮した家庭の子どもたちは、生きる力を育む体験の機会に乏しいため、自己肯定感が低く、自立的生活習慣や行動習慣が確立しづらい傾向にあることが指摘されています。こうした中で私たちは、自然や科学、文化芸術、職業など、子どもの体験活動を支援する取り組みを行っていますが、成人年齢の引き下げなどをきっかけに、お金のことについて学ぶことも大切ではないかと考えました。お金は生きる上でも不可欠なツールなので、お金の価値や使い方が分からないと、社会に出ても、貧困の連鎖から抜け出すのは難しいし、消費者トラブルや詐欺被害などに遭って貧困に陥る恐れもあります」
今は学校でもお金の教育を行うようになっているが、子どもの貧困対策にどれだけ効果があるかは未知数なので、市としても試行的にやってみようと考えたそうだ。
お金に関心を持つキッカケになってほしい
今年初め、市のホームページなどで参加者を募集。当初はどれだけ希望者が集まるか不安もあったが、予想を上回る反響があったという。
「とくに小学生を対象とする講座は人気で、小学生低学年向けのものはすぐに定員25名が埋まりました。本人が参加を希望したわけではなく、親御さんが小さいうちからお金のことを学ばせたいと考えたのだと思いますが」(遠田氏)
実施日は各回とも土曜、日曜、祝日の昼間。参加料は無料。加えて新型コロナ対策でオンライン開催にしたので、気軽に参加できるというよさもあったのだろう。
講習時間は1時間半。子どもたちにとってお金のことを学ぶのは決して楽しいことではないだろうが、冒頭でも触れたようにほとんどの子どもたちは興味津々の様子で、目を輝かせながら聞き入っていた。
「まずは関心を持ってもらうのが大事ですから、講座の運営を委託した教育機関には、何より楽しみながら学べるプログラムにしてほしいと伝えました。そこで、講師が一方的に話すのでなく、質問を投げかけて、自分の考えを発表してもらったり、チャットやスタンプ、投票など、オンラインならではの機能を使って子どもたちが参加できるような内容になりました。それがよかったのだと思います」(遠田氏)
実際、終了後にアンケートを取ったところ、子どもたちからは「楽しかった」という声が寄せられた。ちなみに保護者からは「お金のことをどう教えればいいか悩んでいたので参考になった」「学校では教えてもらえないことを学べてよかった」「思ったよりも自由に使えるお金は少ないとわかってくれてよかった」といった反応が多かったそうだ。
遠田氏は今回の成果についてこう話す。
「1時間半の講座でどれだけお金のことが理解できるかといったら限界があると思います。しかし、講座を通してお金に関心を持ってもらえたのは間違いないでしょう。ですから、これを機にお金への接し方が変わるかもしれない。親からお小遣いをもらったらありがたみを感じるでしょうし、買い物するときもお金の価値を真剣に考えるでしょう。また、高校生以外は親子で参加してもらったので、家庭内でお金について話し合う機会が増えるかもしれない。そういう意味で一定の成果があったと思います」
ただし、2回目を実施するかどうかはまだ決まっていない。
「予想以上の反響があったので、子どもたちがお金について学べる機会については今後も検討したいとは考えています。ただ、今回のように市が主催するというやり方がベストかというと、難しいところです。例えば最近は、民間企業やNPO法人でもお金の教育をはじめとして、多様性に富んだ子どもの体験活動を企画・実施しているところが多いので、こうした活動を支援・活性化して、子どもの体験活動の機会を確保・創出していくことも行政の役割としては重要ではないかと考えています」(遠田氏)
どのような方法を取るのがベストか、模索していきたいとのことだ。
図:松戸市 子どもの未来応援講座 案内チラシ ※2022年2月に開催された講座です
北九州市:子ども・若者応援センター「YELL」
社会的養護自立支援生活相談事業「HANAS“YELL”(ハナセール)」
児童養護施設でもお金の教育が必要
最近は児童養護施設で生活する子どもたちに対して、お金の教育を行う動きも出てきている。その取り組みを行っている機関の一つが、北九州市子ども家庭局が委託して、北九州市福祉事業団が運営する「北九州市 子ども・若者応援センター YELL(エール)」だ。
同センターは、悩みや困難を抱える15歳から39歳の若者への相談事業をメインに手掛けるが、一方で「HANAS“YELL”(ハナセール)」という愛称で、市内の児童養護施設や里親、ファミリーホーム(数人程度の児童が暮らす小規模な養護施設)で暮らす子どもたちへの支援活動も行っている。その一環としてお金の教育を始めたのだ。
HANAS“YELL”相談員の竹内美佳氏はいう。
「児童養護施設や里親、ファミリーホームで暮らす子どもたちは、原則、高校卒業と同時に退所しなければなりません。就職するにせよ、奨学金を利用して大学などに進学するにせよ、一人暮らしを始めることになります。一人暮らしを始めると、お金について困ることが多くありますが、社会的養護下の子たちも変わりません。加えて親に頼ることができない子供が多く、お金に困ったときに金銭的にも、お金の使い方を学ぶ機会も少ない子が多いのが現状です。そこで、入所中からお金のことを教える必要があると考えました」
現在、北九州市には計七つの児童養護施設や里親、ファミリーホームがあり、400人ほどが入所している。そこで、2年ほど前、その子どもたちを対象にお金に関する講座をスタート。実際の運営やプログラムの作成は、松戸市同様、マネー教育の専門機関に委託した。
「今は幼児から小学生くらいの子どもたちと、中学3年生以上の子どもたちに分けて実施しています。前者はお金に関する基本的なことをゲーム形式で学ぶというもの、後者は就職したらどのくらい収入を得られるのか、正社員やアルバイトなど雇用形態によってどう違うのか、日々の生活費はどのくらいかかるのかなど、退所後すぐに生かせるような実践的な内容になっています」(竹内氏)
まだ始めて2年程度なので、どんな成果が出ているかは一概には言えないのだが、少し前にこんな出来事があった。
「退所を間近に控えた子に、『1人暮らしするとどのくらいお金がかかるか知っている?』と聞いてみたんです。そうしたら『前に講習を受けたからわかっています』という答えが返ってきました。その子が受講したのはずいぶん前でしたが、きちんと覚えていた。それを聞き、始めたかいがあったと思いました」(竹内氏)
新型コロナの影響もあって、今は思うように開催できていないが、世の中が落ち着いたら各施設で定期的に開催する方針だ。
北九州市社会的養護自立支援生活相談事業「HANAS“YELL”(ハナセール)」
以上、二つのケースを紹介したが、今のところ、こうした取り組みを行っている自治体は決して多いとはいえない。児童養護施設で暮らす子どもたちにお金の教育を行うという動きは広まりつつあるが、松戸市のように市民向けに講座を開くケースは珍しい。
しかし、今後、全国の自治体に広がる可能性は大いにありそうだ。
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