※この記事は2018年9月7日に掲載されたものです。
投資小説:もう投資なんてしない⇒
<最終話> もう投資なんてしないなんて言わない
いつものように隆一は金曜日の19時に先生のところに向かった。
今日が最後になると思うと、本当に自分は先生から教わったことをきちんと理解しているのだろうかと不安になった。
新橋の烏森神社の横の階段を降り、ドアをノックしたが先生は出てこない。ドアを押すと鍵はかかっておらず、スッと開いた。
中に入ると先生の姿はなく、ソファの前のテーブルに1通の手紙がおいてあり、表には「木村隆一様へ」と書かれていた。
隆一はソファに座り、手紙の封を切った。
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木村 隆一様
あなたと初めて会った時は雪がぱらつく2月でしたが、そこから早いもので半年が経ち、季節は春、夏を通り過ぎ、秋に差し掛かろうとしています。
あなたはかつて、見よう見まねで始めた株式投資で失敗し、損を出したことを後悔しつつも、投資を体系的に身に付けたいという思いで、毎週私を訪ねてきました。
私はあなたに伝えたように、もうすでに何十年も前のことですが、為替のトレーダーをしていました。
そこであなたと同じように<Mr.マーケット>に振り回され、自分をコントロールできなくなり大きな損を出した上に、大切な友人も失いました。
その後、マーケットからリサーチの仕事に変わり、企業分析などをしていました。
あれはもう15年前になるでしょうか。出張でニューヨークからボストンに行くために飛行機に乗ると、隣に60代の女性が座りました。
その女性に「あなたは何の仕事をしているの?」と聞かれたので、「ファイナンスの仕事をしています」と答えると、「それは本当に素晴らしい仕事をしているわね。私がこうして悠々自適な生活ができるのも、投資をずっと継続してきたお陰なの」と言うのです。
さらに「若い時から給与天引きで投資信託を購入してきて、リタイアする頃にはそれが、100万ドルなっていてもうびっくりしたわ。さらにそれがいまでも年率4%前後で回っているので、そのお金で旅行に行ったり、孫の教育を支援したり、教会に寄付をしたりできているの。本当に投資ってすごいわね」と興奮しながら話すのです。
その言葉を聞いて、私は脳天を撃ち抜かれたような感覚に襲われました。
そこから、私のライフワークは、いかにこの女性のように投資の力で幸せになる人を多く作ることができるかになりました。
日本ではまだ、投資へのアドバイスというとテクニックに関する話ばかりで、それは私からすると、パチンコで勝つ方法となんら変わりはありません。
それよりも、なぜ株式に分散投資をすれば7%で回るのか。それには、資本主義という私たちが現在豊かな生活を享受できている社会システムであったり、人間のアニマルスピリッツがリスクを取る起業家を生み出したりすることを、みんなが理解する必要があることに気がついたのです。
あなたが株式に投資をしたお金は、パチンコ代に消えるお金と違い、そのお金を使って新しい付加価値が社会に提供され、そこから利益が生み出されることによって、増えていきます。
東インド会社が稀少な胡椒をヨーロッパに持ち帰ることで利益を上げたように、現代の株式会社もアップルやアマゾン、ユニクロのように常に顧客に喜ばれるモノやサービスを作ることで利益をあげ、成長をしていきます。
NYダウは120年前に100ドルからスタートしましたが、それが120年後に25,000ドルになっています。NYダウに採用されている会社はどんどん入れ替わっていきますが、NYダウに投資をしていれば実質年利7%のリターンを得られているのです。
ただ、長期投資で成功するには2つの敵が立ちはだかります。1つ目は変動という敵です。株式市場は短期的には大きく変動することがあり、必ず何年かに一度はバブルが膨らみ、はじけます。1年で2倍になることもあれば、リーマンショックの時のように半年で半分になることもあり、その変動に多くの人が振り回されてしまいます。
そしてもう1つが、自分自身の欲望と恐怖という敵です。バブルが起こったときには、もっと儲けたいという気持ちが心を支配し、暴落したときには日々下落をしていく資産からくる痛みから早く解放されたいと願います。この2つの敵が頭の中にいるうちは、マーケットに飲まれてしまっています。
ただあなたがこの半年間で学んだことを血肉にすると、不思議なことにふっと体が軽くなり、2つの敵が姿を消し、日々のマーケット変動からくる苦悩から解放されるはずです。釈迦が菩提樹の下で悟りを開いたのと同じように。
あなたには投資のことを考えるより大切なものがあります。それはいい仕事をして自己を高めることや家族や娘さんとの時間などだと思います。
毎月の給与から天引きで投資を続け、雨の日も晴れの日も気にすることなく、投資を継続してください。そして、あなたが体力的に仕事を続けるのが困難になったときには、その積み重ねてきた投資が大きなリンゴの木のようになっていることでしょう。
この継続が、決して容易なものではないことも、すでにあなたは知っています。しかし、あなたはそこまで辿り着ける知識と資格があり、私は数十年後にあなたがそこに到達しているのをハッキリとイメージできます。
もうこれ以上、私があなたに伝えることはありません。あなたのこれからの人生がこの半年の学びで少しでも良い方向に進むことを願っています。
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手紙を読み終わった隆一は、
「先生、もう投資なんてしないなんて、言いません。絶対」と誓った。
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