台湾総統選まで残り1カ月

 台湾総統選が2024年1月13日に行われます。日本の国会に相当する立法委員選挙も同時に行われます。日本の平和や繁栄にも直結する台湾海峡の将来を左右し得る「運命の日」まで残り1カ月ということです。

 台湾では1996年に初の直接選挙が実施され、日本でも有名な中国国民党(国民党)の李登輝氏が総統に選出されました。その後、民主進歩党(民進党)の陳水扁氏、国民党の馬英九氏、そして現総統である民進党の蔡英文氏が、2期8年ずつ政権運営を担ってきました。要するに、民主主義下における台湾政治において、政権交代が慣例化してきたということです。

 その慣例に基づけば、今回の選挙では国民党が勝利し、政権与党に返り咲くはずです。台湾の有権者は、一つの政党が長く権力の座に居座ると、権力は暴走し、政権は腐敗し、結果的に国民生活に悪影響が及ぶという考えを集団的に持っているように見受けられます。

 一方で、総統が頻繁にころころ変わるようでは安定感に欠け、長期的視野に立った政策を実行できない。故に、2期8年で政権交代するくらいが適当という認識を持ち、それが台湾民主政治の歴史に相当程度反映されてきたというのが私の見方です。

 選挙まで残り1カ月となった現時点における各政党立候補者の支持率を見ておきましょう。各政党は、当選した際に副総統に指名する候補を伴う形で、11月24日までに立候補者を届け出ました。

 現与党で、中国から「独立志向がある」と警戒される民進党からの立候補者が頼清徳氏(副総統、蕭美琴氏)、前総統の馬英九氏がシンガポールで初めて中国の習近平(シー・ジンピン)氏と会談したように、中国側から「対話ができる」と重視される国民党からの立候補者が侯友宜氏(副総統、趙少康氏)、そして第三の党として近年台頭してきた民衆党からの立候補者が柯文哲氏(副総統、呉欣盈氏)です。

 今年夏ごろまでは、民進党が支持率で独走し、従来の慣例に反して、民進党が続投するのではないかという流れが大方の見立てになっていました。そこで、それを防ぐべく、馬英九氏が仲介する形で、国民党、民衆党が立候補者を一本化すべく話が進められてきましたが結果は決裂。3党、3者がそれぞれ立候補を届け出ることになったという経緯があります。

 野党候補一本化には失敗したものの、その動きは台湾世論で大いに注目を集め、その裏で、民進党の支持率に陰りが見られるようになってきました。台湾メディア「美麗島」が12月12日に発表した最新の世論調査によれば、総統選に向けた支持率は、民進党の「頼清徳・蕭美琴組」が35.1%、国民党の「侯友宜・趙少康組」が32.5%、民衆党の「柯文哲・呉欣盈組」が17.0%という結果でした。民進党と国民党の差は2.6%しかなく、選挙当日まで拮抗(きっこう)し、もつれる可能性が高いと思われます。

 どちらかの政党、候補者にスキャンダルが発生すれば、いとも簡単にひっくり返ってしまう程度の差だということです。

台湾政治の中道化と台湾有事の固定化

 日本にとっての影響を考える時、重要なのは、今回の総統選の結果そのものではなく、それが台湾海峡の今後、特に、日本でも枕詞となって久しい「台湾有事」にどのような影響を与えるかでしょう。

 この点に関して、留意しておくべきと私が考えるのが、(1)台湾政治の中道化、(2)台湾有事の固定化という近況です。

 近年の台湾政治を俯瞰(ふかん)すると、中国と距離を置く民進党は「独立派」、中国との関係を重視する国民党は「統一派」というような単純構造ではないことが分かります。私の認識では、台湾の有権者の8割以上は「現状維持派」です。要するに、独立もしない(できない)、統一もしない(したくない)ということです。

 民主政治の主人公である有権者が独立も統一も望まない状況下で、独立や統一を公約に掲げる候補者や政党が政権を獲れるわけがないでしょう。陳水扁政権時代に公然と独立を掲げていた民進党は独立を主張せず、台湾の主権国家としての地位、すなわち中国との差別化を強調しつつも、中国との関係を平和的に構築していくと主張。馬英九政権時代に中国側の最高指導者と会談し、あらゆる民間交流を推し進めてきた国民党は統一も掲げず、中国が主張する「一国二制度」も受け入れず、台湾の主権国家としての地位を強調するようになっています。

 台湾政治の中道化とはこういうことです。

 一方、台湾統一を「中華民族の偉大なる復興」にとっての不可欠なピースと捉える中国側は、「現状維持の永続化」に強く反対し、どこかのタイミングで台湾を併合すべく虎視眈々(こしたんたん)とその機会を狙っています。台湾の政党が民進党のままだろうが、国民党に変わろうが、軍事、経済、政治、外交などあらゆる手段を駆使しつつ、統一を達成しようとするでしょう。

 日本人が言うところの「台湾有事」です。そして重要なのは、台湾有事は起こるか起こらないではなく、いつどのように起こるかが肝心だということです。換言すれば、台湾有事そのものは既に起きているのです。

 中国は特に民進党の蔡英文氏が総統になった2016年以降、台湾海峡における軍事行動を活発化させ、台湾への経済制裁を発動し、台湾と国交を樹立している国に圧力をかけ、断交させてきました(蔡英文政権下で台湾と断交し、中国と国交樹立した国は9つに上る。台湾と国交を持つ国は残り13カ国しかない)。

 昨年8月に米国のナンシー・ペロシ下院議長(当時)が台湾を訪問した際、中国は台湾周辺で前代未聞の軍事演習を行い、人民解放軍が発射したミサイルは台湾の東側、すなわち日本の排他的経済水域(EEZ)に落としました。日本の安全保障に実質的な影響を既に与えているということです。

 また、中国や台湾で事業を行ってきた日本企業も、台湾有事を念頭にBCP(事業継続計画)の見直しなどを急ピッチで進めています。日本の経済にも実質的な影響を既に与えているということです。

 私が台湾海峡における「有事」が固定化していると考える理由がここにあります。

中国による「台湾併合」で終わりではない

 ここからが重要です。中国が台湾を併合し、国家を統一したとして、その先に何が待っているのか。統一して終わりではないんです。その先の「統治」のほうがより難しく、長期戦になるのが必至です。

 武力的か平和的か、あるいはその中間的手段かはともかく、中国が台湾を併合した後、台湾をどう統治していくのか。法律やルールはどうするのか。「明日から中国と同じものを適用する」というのか。それとも、それらは従来のままで、外資を含めて、これまで通りの枠組みで、台湾で事業を行えばいいとするのか。通貨はどうなるのか。台湾の民主政治はいずこへ向かうのか。「明日から台湾で社会主義を導入する」と強要し、台湾人にマルクス主義や毛沢東思想の教育を徹底させ、言論・報道規制が敷かれるのか…

 経済関係、安全保障を含め、台湾有事がもたらす日本への影響の大きさを鑑みるとき、私たちは、統一後、すなわち「ポスト台湾有事」を念頭に情勢を観察し、準備をしていかなければならないということです。

 なぜなら、中国が台湾を併合するプロセスにおける影響よりも、併合の結果、もたらされる影響の方がはるかに巨大で、実質的で、長期的なものになる可能性が高いからです。

 1カ月後に迫った台湾総統選を、日本が位置するこの地域の平和と繁栄を願う全ての日本人が、「ポスト台湾有事」を真剣に考察する一つの契機と見なすことを願ってやみません。