日米欧金融政策の違いで円独歩安、円キャリー取引増え円安継続か

 先週から今週初めにかけて、外国為替市場ではじりじりとドル高円安が進みました。日本の通貨当局も円安へのけん制発言を繰り返しているものの、市場では口先だけで為替介入はやらないだろうと見透かされているような為替相場の動きです。円安が一段と進行したのは日米欧の金融政策への姿勢の違いが市場で改めて確認されたことが大きいようです。

 米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長は11月1日のFOMC(連邦公開市場委員会)後の記者会見で、「金融環境はここ数カ月、長期金利の上昇が主導する形で大幅に引き締まった」と利上げ見送りの背景を説明しました。米10年債利回りが5%台に乗せる上昇を見せたことから、タカ派姿勢を少し緩めました。

 しかし、その後、ISM(米サプライマネジメント協会)の景況指数や、米労働省の雇用統計の発表を受けて、米10年債利回りが5%から4.5%台に低下。この金融環境の引き締まりの後退したタイミングを見計らったように、パウエル議長は9日の講演会で、2%のインフレ目標達成に向けて「さらなる引き締めが適切になれば躊躇(ちゅうちょ)しない」とタカ派色を再び強めました。この発言をきっかけに金利は上昇し、ドル高となりました。

 また、10日にはECB(欧州中央銀行)のラガルド総裁が、インフレ沈静化のためには現在の政策金利を「十分に長い間維持する」と述べ、「『十分に長い間』とは十分に長い間であり、今後数四半期で変化が見られるようなものではない」と強調し、市場の利下げ観測をけん制しました。

 両氏の発言の前には、日本銀行の植田和男総裁が6日、名古屋市の講演会で、米欧の中銀とは対照的に金融緩和継続の基本姿勢を改めて強調しました。

 これら一連の発言によってドル買い、ユーロ買い、円売りとなり、円は対ドルで昨年10月に日本政府による介入が実施された1ドル=152円間際の水準までドル高円安が進みました。円は対ユーロで、1ユーロ=162円台と15年ぶりの円安ユーロ高水準となりました。

 金利の低い円を売って、金利の高い外貨で運用する円キャリー取引にとっては最高の環境となっているため、円売り地合いは多少の上下があっても続く可能性があります。

米インフレ鈍化で日本当局は為替介入せず静観?

 では、この環境が変わるとすればどのようなシナリオになるのでしょうか。

 米国サイドから見ると、物価上昇が鈍化し、利上げ停止がはっきりしてくると長期金利が下がり、ドル高が一服します。そして景気後退が明確になり、利下げが始まるとドル安地合いに変わっていくシナリオが想定されます。

 一方、日本サイドから見る環境の変化は、日銀による大規模金融緩和の柱であるYCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)が撤廃され、マイナス金利が解除されるシナリオが想定されます。植田総裁は6日の講演会でも、今後の見極めとして「来年の春季労使交渉は重要な点検ポイント」と発言しているため、来年3月ごろまでは政策変更がない可能性が高そうです。

 このように日米の金融政策の時間軸で考えると、日銀の金融緩和は少なくとも来春まで続きそうなため、それまでは日本の要因よりも米国の要因によって相場が動きそうです。

 今月14日に発表された米10月CPI(消費者物価指数)の上昇率は前月比(0.0%)も前年同月比(3.2%)も9月から低下し、市場予想を下回りました。生鮮食品およびエネルギーを除いたコアCPIも予想を下回りました。

 このCPIの発表を受けて、米長期金利は4.5%を割れ、為替相場は1ドル=151円台から150円台の円高に振れました。日本の通貨当局も一安心かもしれません。当面、為替介入はせず静観するのではないでしょうか。

 今月発表された米雇用統計とCPIによって、次回12月のFOMCでは利上げ見送り期待が高まりました。実際に見送りとなれば、昨年3月から始まった今回の利上げ局面で打ち止め観測が強まるかもしれません。利上げ打ち止めを匂わす政策姿勢や発言が繰り返され、そのことがドルの重しとなっていきそうです。

 その後は、実際の利下げが始まるまではしばらく小休止となることが予想されます。その間に日銀の政策変更があれば、円高要因として効いてくる可能性がありそうです。

「ドル高円安」から「ドル安円安」相場に移行

 今回の米CPI発表後、相場地合いは米CPI発表前の「ドル高円安」から「ドル安円安」という構図に変わった点に留意する必要があります。

 ユーロ相場は、ドル安ユーロ高の影響から1ユーロ=163円台に円安ユーロ高が進みました。ユーロの対円での上昇がドル安円高にブレーキをかけている構図です。円安ユーロ高で推移している限り、ドル安円高も抑制的な動きになる可能性があります。

 しかし、米国で見られているような物価の低下や景気後退は、早晩、欧州でも見られ(欧州では既にマイナス成長ですが)、金融引き締めから緩和に転じる可能性が高いため、対円でのユーロ上昇という円安要因はやがて剥落していくと思われます。

 一方で、15日に発表された日本の2023年7-9月期GDP(国内総生産)は2.1%減と、市場予想の0.6%減を大きく下回りました。このマイナス成長によって日銀の緩和は長引くとの見方が広がる可能性があり、そうなると円安地合いが長引く可能性もあります。

 今後、日米欧の景況感の変化や景気後退のスピードによってどの通貨が弱いか、あるいは弱くなるかという点にも留意していく必要があります。

米国債と米議会ガバナンスの動きが今後も波乱材料に?

 ドルの要因として金融政策以外にも注目する材料があります。

 米大手格付け会社のムーディーズは10日、米国債の見通しを「安定的」から「ネガティブ」に引き下げました。史上初の米連邦議会下院議長の解任や今年度予算の成立が遅れていることなどから、米議会の混乱が債務支払い能力の低下をもたらす可能性があると判断したようです。実際に格下げするかどうかが今後の焦点になります。

 下院のジョンソン議長が提示した新たなつなぎ予算案は14日に下院で可決されました。政府機関が18日から閉鎖に追い込まれるリスクが大幅に低下しましたが、米議会の動きは今後も波乱材料になりそうです。米議会のガバナンスと米国債の格下げが、今後ドルの上値の重しになるのかどうか注目です。