中国経済、米中対立、台湾有事という三角関係

中国経済、米中対立、台湾有事

 昨今の中国を取り巻く情勢や政策を眺めつつ、10月下旬の中国での現地視察を経て、最近この3つの要素が三角形として複雑に絡み合っているのを強く感じます。要するに、日本を取り巻くマクロ、ミクロの情勢に対して深い次元で影響を及ぼすのが必至であるが故に、私たちがますます関心と懸念を持つようになっている「中国経済」「米中対立」「台湾有事」という3つの要素が、かつてないほど相互に連動、作用するようになっているということです。

「米中対立なき台湾有事はない」と私は考えています。米中関係が安定していて、首脳外交、ハイレベル・実務者会議、民間のあらゆる往来や交流が頻繁に行われていて、両国間に一定の相互信頼関係があり、互いに相手国が絶対にしてほしくないボトムラインを明確に認識し、危機管理をしている状況下であれば、台湾海峡で米中が軍事衝突する可能性は極めて低い。その逆もまたしかり、ということです。

 そして、米中が対立し、台湾有事が顕在化すれば、中国経済は深刻なダメージを受けるでしょう。例えば、7-9月期、中国では工場新設など新規投資分が撤退や事業縮小に伴う資本の回収分を初めて下回りました。要するに、外資による直接投資がマイナスになったということです。この背景には、先端技術などを巡る米中対立が構造的に影響しているといえます。

 本連載でも度々検証してきたように、中国経済に底打ち感は出てきたものの依然として迷走しています。例として、10月のPMI(製造業購買担当者景気指数)は市場予想に反し、前月の50.2から49.5に下落しています。また、不動産市場の低迷や不動産企業のデフォルト、あるいは破綻危機は依然中国経済を巡る構造的不安要素です。

 以下で検証するように、ここにきて、米中間の対話が増えてきた背景には、中国政府の「外部環境を整えることで景気回復を促したい」という本音が作用しているといえます。そして最大の外部環境が米中関係であり、米中関係にとっての最大の懸案が台湾問題である。よって、冒頭で示した三角関係は極めて現実的であり、近未来の世界政治経済情勢にも不可避的に影響していくと私は見ています。

ハイレベル協議を加速させてきた米中関係

 今年2月、中国の気球が米国の領空を侵犯し、それを米軍が撃ち落とすという事件が起きました。米中関係を巡る緊張度は増していきました。中国では3月に習近平政権の3期目が本格始動しましたが、5月以降、米国との関係を修正すべく動きだしました。以下に、2023年5月以降の主な米中ハイレベル協議を整理してみます。

5月 王毅政治局委員とサリバン国家安全保障担当補佐官がウィーンで会談
6月 ブリンケン国務長官が訪中
7月 イエレン財務長官、ケリー気候変動担当大使、キッシンジャー元国務長官が訪中
8月 レモンド商務長官が訪中
9月 王毅政治局委員兼外相とサリバン国家安全保障担当補佐官がマルタ島で会談
韓正国家副主席とブリンケン国務長官がニューヨークで会談
10月 潘功勝中国人民銀行総裁とイエレン財務長官がモロッコで会談
王毅政治局委員兼外相が訪米、ブリンケン国務長官、サリバン補佐官、バイデン大統領らと会談

 
 特に、10月26~28日の王毅政治局委員兼外相の訪米は、6月のブリンケン国務長官訪中と対をなすという位置づけで、外相の相互訪問の実現を意味します。王毅氏はワシントン滞在中で、ブリンケン氏と2回、計7時間、サリバン、バイデンとそれぞれ1時間ずつ会談しています。王毅氏はビジネス界、シンクタンクの関係者とも交流しました。

 その過程で、翌月に米サンフランシスコで開催されるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)サミットに際して米中首脳会談を実現させるために共に努力していくことで米国政府側と合意した点を強調していました。

 それだけではありません。王毅訪米を通じて、米中は近いうちに各分野のハイレベル協議を行うと発表。そして、実際に行われてきたハイレベル協議が以下です。

日時 場所 テーマ・内容
11月1日 ウィーン 米中外交政策企画局長による外交政策協議
11月3日 北京 ランバート米国務副次官補と洪亮中国外務省国境海洋事務局長による海洋問題協議
11月6日 ワシントン 軍備管理や核兵器を含む大量破壊兵器の不拡散を巡る高官級協議

 
 また、王毅訪米では、米中間の直行便の増便、人文交流の促進などもテーマとなりました。それから間もなく、米国運輸省が中国の航空会社に対し、米中定期直行旅客便を11月9日から毎週計35往復運航することを許可すると通知。また、中国民用航空局は2023年冬春新シーズン(2023年10月29日~2024年3月30日)のフライト計画で、中米直行定期旅客便をそれまでの週48往復から70往復に増便すると発表しました。

首脳外交の意義と限界

 このように、11月11~17日に米サンフランシスコで開催されるAPEC経済リーダーズウイーク、および一連の会議、サミットに際して、首脳会談を実現するための「地ならし」が着実に行われてきた経緯が見て取れます。そして、「中国経済、米中対立、台湾有事」のロジックに基づいていえば、これらのプロセスは、景気回復を目指す中国経済にとって「追い風」を、台湾海峡を巡る地政学にとっては「安定剤」を意味するのは疑いないでしょう。

 実際に私が掌握する限り、米中当局は首脳会談の実現を前提に各種調整を続けているのが現状です。来週中には、「結果」がお披露目されることになるでしょう。

 直近の訪米期間中、王毅外相は、今年米中関係が経験した紆余(うよ)曲折から教訓をくみ取るという観点から米中は、

  1. 両国首脳間の合意を順守する
  2. 両国関係を安定化する
  3. 円滑な意思疎通を保持する
  4. 矛盾や摩擦を管理する
  5. 互恵的協力を推進する

 という5つを成し遂げていかなければならないと主張。また、「サンフランシスコへの道のりは平坦なものではなく、自動運転で実現できるものではない」という中国政府の現状認識を示しています。中国政府としては米国との関係は改善したい、それが外部環境、国内経済を整えることにつながるからだ、という明確な認識を持っているのは間違いありません。

 一方でより根源的な国家戦略、世界戦略という意味でいえば、3期目入りした習近平政権は依然として、米国は中国の発展を封じ込めようとしている、中国の体制を転覆しようとしていると考えている。一方の米国も、中国は既存の国際秩序を変えようとしている、米国の覇権に挑戦しようとしていると考えている。 

 要するに、両国間の相互不信が根本的に解決する局面は考えづらく、それは、今回首脳会談が実現しようがしまいが末永く続いていくということです。人権、先端技術、地政学、台湾、経済、軍事、イデオロギー・価値観…といった各分野での攻防は常に米中関係の前に横たわり、状況次第でそれらは顕在化したり、鎮静化したりします。

 日本としても、そんな米中関係を辛抱強く見て、粘り強く付き合っていくことが求められるでしょう。

 ただ、何はともあれ、昨今、日本を挟む米中二大国が対話を重視し、ハイレベル協議を重ね、交流や往来を促し、首脳会談の実現に向けて尽力している現状は、日本としてもウエルカムと言えるでしょう。

 中国経済、米中対立、台湾有事。

 どれをとっても、日本の将来の生存と発展に死活的影響を与えるのは必至なのですから。