世界銀行が「未知の領域」入りを言及

 10月30日、世界銀行はコモディティ価格の見通し(半期に一度)を示しました。この中で、中東での戦争による影響は今のところ限定的、同戦争が激化しなければ急騰は免れる、という趣旨の前置きをした上で、中東での戦争が激化した場合、エネルギーや農産物の価格が未知の領域(uncharted waters)に突入するシナリオを示しました。

図:近年のエネルギー・農産物価格の高止まりの原因と影響範囲

出所:筆者作成

 上図のとおり、エネルギーや農産物価格の高止まりは川上寄りに位置しています。このため、中東での戦争が激化して未知の領域まで価格が上昇すれば、川中や川下において、輸送コスト、電気代、食品価格などが高止まりして生活コストが大幅に増えたり、利上げによる景気後退懸念や食料供給への不安が今まで以上に大きくなったりする可能性があります。

 多くの国が物価高(インフレ)にあえぐ中、各国で中央銀行が利上げをしたり、政府が補助金を付与したりしていますが、これらは当座的であり、物価高を根治するための策ではありません。現在の物価高は価格高止まりの上流にある非西側資源国からの供給減少懸念(戦争含む)、そしてさらに上流にある西側・非西側の分断が原因だからです。

 足元のエネルギーや農産物価格の高止まりは、直接的には西側・非西側の分断起因の戦争(ウクライナと中東)がきっかけで起きていると考えられます(決して好景気・需要増ではない)。このため、分断起因の戦争が終わるまでは高止まりが続いたり、戦争激化の程度によっては世界銀行が示した「未知の領域」まで価格が上昇したりする可能性があります。

原油価格は史上最高値更新も

 世界銀行は同見通し内で、原油価格の動向について、戦争激化の程度別(小規模、中程度、大規模)の三つのシナリオを示しました。

図:原油(ブレント)価格の推移と世界銀行の戦争激化時のシナリオ 単位:ドル/バレル

出所:世界銀行のデータ・資料をもとに筆者作成

 戦争激化の程度が小規模の場合に想定される原油価格の水準は93ドルから102ドル、中程度は109ドルから121ドル、大規模は140ドルから157ドルです。規模の大小にかかわらず、戦争が激化すれば、原油価格が上昇することを想定しています。

 いずれのシナリオも、過去の産油国周辺での大規模なリスク発生時の原油生産量の減少分を考慮して作られています。小規模は2011年のリビア内戦(150万バレル減)程度、中規模は2003年のイラク戦争(230万バレル減)程度、大規模は1973年から1974年の第一次石油危機(430万バレル減)程度です。

図:産油国周辺での大規模リスク発生時の原油生産量減少分と原油価格の変動率

出所:世界銀行の資料をもとに筆者作成

 戦争激化の程度が大規模だった場合、原油価格は2008年7月につけた史上最高値(WTI[ウエスト・テキサス・インターミディエート]、ブレントともに147ドル台)を更新する可能性があることが示唆されています。これが冒頭で述べた「未知の領域」への突入です。

「二重ショック」で食料価格高も

 世界銀行のエコノミストは戦争激化時の見通しについて、「中東での紛争がエスカレートすれば、世界経済は二重ショック(a dual energy shock)に直面するだろう」と述べています。

 同見通しは、中東情勢が悪化した場合、原油だけでなく天然ガスや石炭、さらには化学肥料の価格が上昇する可能性があるとしています。

 中東における紛争がさらに激化すれば、紛争に直接悩まされている地域だけでなく、その周辺国、ひいては世界レベルでも、食料不安が目立つ可能性があるとしています。以下が、想定される経路(原油価格上昇→食料価格上昇・供給減懸念増)です。

図:原油高が食料供給者(関連企業・農家など)にもたらす影響

出所:筆者作成

 食料の供給者(関連企業や農家など)は、絶えず原油価格の動向がもたらす影響を受けています(原油価格の動向は川上寄り、食料の供給者は川中付近)。原油価格が上昇すると、ガソリンや軽油などの輸送や機器の運転を支える燃料のコストが増えます。また、ビニールやプラスチックなどの原油由来の原材料コストが増えます。

 その他、原油価格が上昇すると、連動する傾向があるLNG(液化天然ガス)価格が上昇して火力発電の燃料コストが上昇し、食品の供給に欠かせない電気代が上昇したり、化学肥料を製造するために欠かせない燃料のコストが上昇したりすることも、食料価格を押し上げる要因になり得ます。

 原油価格が上昇して食料価格が上昇すれば、国や地域によっては食料の供給量が減少する場合があります。仮に原油相場が「未知の領域」に達するほど大暴騰する事態になれば、食品価格の大幅上昇や供給量の大幅減少などは避けられないかもしれません。

「二重ショック」は、燃料や発電コストが急増することでもたらされる直接的なショックと、食品価格が大幅に上昇したり供給量が大幅に減少したりしてもたらされる間接的なショックの同時発生(どちらも原油価格暴騰起因)を指しているといえるでしょう。

中東地域の食料不安が顕在化

 FAO(国際連合食糧農業機関)の報告では、ガザ地区の人口の53%にあたる120万人および、同地区周辺のレバノン、イエメン、シリアなどの合計約3,350万人が、今回の紛争以前から深刻な食料不足に陥っていました(2022年)。

 現在、ガザ地区の全人口(約230万人)が緊急の人道支援を必要としていますが、戦争が激化した場合、食料不足はガザ地区周辺、激化の程度(規模大・期間長)によっては周辺地区や世界全体に波及する可能性があります。

図:中東地域で食料不安に陥っている人の数とシェア(2022年)

出所:世界銀行の資料をもとに筆者作成

 以下は、世界全体で食料不安と栄養不足に陥っている人の数です。2022年の世界人口は79億6,900万人程度でした(国連人口基金のデータより)。2022年時点で世界の人口の10分の1強(およそ9億人)が食料不安に、10分の1弱(およそ7億3,500万人)が栄養不足に陥っています。

図:世界全体で食料不安・栄養不足に陥っている人の数 単位:百万人

出所:FAO(国連食糧農業機関)データをもとに筆者作成

 こうした状況の中で「二重ショック」が起きれば、世界全体で食料不安が拡大する可能性があります。

 世界銀行の別のエコノミストは、「深刻なエネルギー・ショックが起きれば、すでに多くの途上国で発生している食料価格のインフレを加速させるだろう。今回の中東での紛争がエスカレートすれば、この地域内だけでなく、世界全体の食料不安が拡大するだろう」という趣旨のコメントをしています。

戦争短期終結がショック回避に効くが…

 第三次中東戦争は「六日戦争」と呼ばれています。1967年6月5日に勃発し、国連決議によって戦闘が停止する同10日までの6日間がその期間だったため、そう呼ばれています。

 陸と空でエジプト、ヨルダン、シリアといったアラブ側を圧倒したイスラエルは、ガザ地区、ヨルダン川西岸、シナイ半島、ゴラン高原を含んだパレスチナ全土だけでなく、エジプトやヨルダンの一部を占領しました。

 短期間で戦争が終了した理由に、国連安全保障理事会(安保理)が迅速に停戦を呼び掛けたことのほか、イスラエルの軍事力がアラブ側をはるかに上回っていたことが挙げられます。これらは、戦争を短期で終わらせるために欠かせない要素です。

 足元、国連は機能不全に陥っています。10月7日の戦争勃発以降、安保理で四回採決が行われましたが(10月16日のロシア案、18日のブラジル案、25日の米国案、25日のロシア案)、全て否決されました。

 いずれも一時休戦・早期の人道支援などが盛り込まれた案でしたが、ハマスを否定していない、イスラエルの自衛権が明記されていない、など、さまざまな理由により、常任理事国の考えが一致しませんでした。

図:国連安全保障理事会決議結果(2023年10月)

出所:国際連合の資料をもとに筆者作成

 10月27日に行われた国連総会で、ガザ地区を実効支配するハマスを否定する文言を加えたカナダの案が反対55となり否決されましたが、このことでハマスを否定しない国が多いこと(全体の四分の一強)が浮き彫りになりました(同文言を外した案(ヨルダンなど40カ国が提案)は賛成120で採択されたものの、法的効力はありません)。

 短期終結を主導するはずの国連が機能不全に陥っているため、この戦争が長期化する可能性が高くなりつつあります。本レポートで述べたとおり、この戦争はエネルギーだけでなく、食料の価格動向をも左右し得る点に留意が必要です。「二重ショック」に気を付けつつ、状況を見守らなければなりません。

 エネルギーと食料価格の高止まりにより物価高が継続する可能性がある現在のような期間においては、エネルギーや農産物を含む、コモディティ(国際商品)全般を指数化した商品(以下は一例)に注目するのも一計かと考えます。

[参考]コモディティ全般の投資商品例

投資信託

iシェアーズ コモディティ インデックス・ファンド
ダイワ/「RICI(R)」コモディティ・ファンド
DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Aコース(為替ヘッジあり)
DWSコモディティ戦略ファンド(年1回決算型)Bコース(為替ヘッジなし)
eMAXISプラス コモディティ インデックス
SMTAMコモディティ・オープン

ETF

インベスコDB コモディティ・インデックス・トラッキング・ファンド (DBC)
iPathブルームバーグ・コモディティ指数トータルリターンETN (DJP)
iシェアーズ S&P GSCI コモディティ・インデックス・トラスト (GSG)