日銀会合でYCC再修正、1%超える金利上昇を一定程度容認

 日本銀行は10月30~31日の金融政策決定会合で、短期金利についてはマイナス0.1%を維持しましたが、長期金利については長短金利操作(YCC、イールドカーブ・コントロール)の再修正を決定しました。

 これまでの長期金利の操作目標は0%程度を維持しつつも、従来の変動幅「プラスマイナス0.5%」を撤廃し、上限について「1.0%をめど」としました。日銀は、事実上1.0%を超える長期金利の上昇を一定程度認める方針を決定しました。

 植田和男総裁は7月の会合後の記者会見で「1.0%まで上昇することは想定していない」と説明しましたが、日本の10年債利回りは米10年債の金利上昇に引っ張られ、10月の政策決定直前の時点で0.95%台まで上昇しました。

 この金利上昇を抑えるために日銀が大量の国債を無制限に買い続けて過度に押さえ込もうとすれば、日米金利差が拡大し、一段と円安ドル高が進んだり、国債の市場機能をゆがめる悪影響を及ぼしたりする恐れがあったため、日銀は金利上昇を一定程度容認した方が経済活動への負担が少ないと判断したようです。

 また、日銀が会合後に公表した「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」では、2023年度の物価見通しは前回7月時点の2.5%から2.8%に、2024年度は1.9%から2.8%にそれぞれ引き上げました。

YCC再修正決定後は1ドル=151円台の円安に

 市場の反応は、前日30日の海外市場で「日銀が金利操作を再修正へ、長期金利1%超え柔軟性を検討」との報道が流れ、円高に動いたことから、「再修正」は事前に織り込まれた反動で、政策決定後は円安に動きました。

 ドル相場の値動きを追ってみますと、10月30日の観測報道によって、1ドル=149円台半ばから148円台後半の円高ドル安となりました。そして149円台前半で31日の政策決定待ちとなりました。

 31日の会合での「再修正」決定後は観測報道で織り込まれていたことへの反動や現状とあまり変わらないとの見方から円安に動き、再び1ドル=150円を突破していきました。

 その後の植田総裁の記者会見で「長期金利が1.0%を大幅に上回るとはみていない」といった発言を受け、円は対ユーロでも円売りが進み、2008年以来の1ユーロ=160円台の安値水準を付けました。

 さらに、通貨当局の財務省が31日午後7時に発表した10月の為替介入実績(期間9月28日~10月27日)がゼロと発表されると、介入警戒感が後退し、ニューヨーク外国為替市場では1ドル=151円台後半まで円安が一段と進みました。

 翌11月1日には米国の金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)が控えていることや、後退したとはいえ介入への警戒感が残ることから、1ドル=151円台前半でFOMCの結果待ち(日本時間1日の深夜、2日午前3時)という状況となっています。

パウエル議長、FOMC後利上げ可能性捨てずタカ派姿勢示すか

 今回のFOMCは、9月のコアCPI(消費者物価指数)や9月PCEコアデフレーターがインフレ減速を示す内容だったことから、利上げ見送りはほぼ織り込まれている状況です。12月会合でも市場の見送り期待は7割近くになっています。

 また、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長をはじめ、FOMCメンバーの中に長期金利の上昇が利上げの代替効果になっているとの見方が浸透し始めているため、長期金利が高止まりしている状況が続けば、利上げ打ち止めの思惑や期待が高まることが予想されます。

 しかし、パウエル議長は、中東情勢の戦火拡大による原油上昇の影響や、米自動車業界の賃上げストライキが決着したこと、賃上げストライキが他の製造業に波及する懸念などからインフレの芽がくすぶっていることを警戒し、利上げの可能性を排除しないようなややタカ派的な姿勢を示すのではないかとの見方があります。

 31日に発表された米2023年7-9月期雇用コスト指数が市場予想を上回る前期比1.1%上昇となったことから市場では政策金利の高金利長期化観測が強まりました。

イスラエル首相「戦争の第2段階に」、戦火拡大すれば世界経済混乱も

 一方で、中東情勢がより不安定になれば、世界経済にとってマイナス材料になることが予想されます。イスラエルのネタニヤフ首相は停戦を拒否し、地上作戦の続行を宣言し、10月28日には戦争が「第2段階」に入ったと宣言しています。

 一連のイスラエルの動きに対して、イランのライシ大統領は「超えてはならない一線を超えた」と発言しており、イランの参戦やレバノンのシーア派民兵組織ヒズボラが独自に介入し、制御ができなくなり戦火が拡大していく可能性もあります。

 イスラエルvsパレスチナの戦闘が、米英vsイラン・ロシアの代理戦争へと戦火が拡大していくのは避けたいシナリオですが、戦闘が長期化すれば、エネルギーだけでなく食料、貿易など広範囲に影響する可能性があり、世界経済の足かせとなる可能性があります。世界各国で反イスラエル、反欧米のデモが繰り返され、場合によってはテロが誘発されれば、さらに世界経済の混乱要因になる可能性があります。

 パウエル議長は、中東情勢の不透明感から、インフレへの警戒感だけでなく、景気後退のリスクも考慮し、かなり慎重な物言いになるかもしれません。市場はタカ派寄りのパウエル議長を期待していただけにその反動は大きくなるかもしれません。長期金利は下がり、ドル安への反動が見られるかもしれません。

 米国2023年7-9月期GDP(国内総生産)は予想を上回る4.9%でしたが、市場の評価は高くありません。10-12月期の見通しは急減速するとの見方が多く、世論のバイデン政権の経済運営に対する評価は低いままとなっています。背景には昨年3月からの計5.25%の利上げが住宅や自動車ローン金利に影響し、家計の負担増が影響しているようです。

 さらに、10月からの学生ローンの返済が始まり、家計を圧迫すると同時にコロナ禍の財政支援による給付金によって蓄えられた超過貯蓄が年末年始ごろから底をついてくるとの見方もあります。来年の米大統領選挙もあり、パウエル議長にとってはこれ以上の金利上昇は避けたいところです。

日本政府、物価高対策で為替介入踏み切る可能性も

 一方で、日本の岸田政権も所得減税を発表したにもかかわらず、支持率は政権発足後最低となりました。日本経済新聞社とテレビ東京が10月に実施した世論調査によると、物価高対策としての所得税減税は「適切だと思わない」が65%となり、「適切だと思う」の24%を大幅に上回っています。

 物価高対策は喫緊の課題となっており、円安が輸入物価を押し上げていることは大多数の国民も実感しています。植田総裁は、記者会見で輸入物価上昇による国内物価への波及を「第1の力」と説明し、国内の賃金と物価が好循環で回っていくことを「第2の力」と説明しています。そして来年の春闘を見極めるまでは次の政策修正には進めないと述べています。

 植田総裁は「第1の力」は近いうちに収束していくとの見方を示していますが、岸田政権内では輸入物価を押し上げる円安については相当強い懸念を抱いていると推測されます。来年の春まで待つことはできない状況です。政府が政治的圧力を表立って日銀にかけることはできませんが、為替介入はすることができます。

 10月の介入実績がゼロだったため介入警戒感は後退しましたが、この先、円安が進んでも口先介入だけだろうと思い込むのは避けたいところです。FOMCの結果待ちは市場だけでなく、日本の財務省も臨戦態勢に入っているかもしれないということは留意しておいた方が良さそうです。