中国出張で感じた現場の景気感。ある大学教授が示した東北地方「夕張化」の懸念

 先週はレポートの配信を休載させていただきました。約1週間、中国に出張に行っていたからです。今年6月下旬以来、約4カ月ぶりの中国大陸でした。出張の主な目的は国際会議への出席でしたが、合間の時間を使って中国経済の現在地がどこにあるのか、現場の景気感はどう推移しているのかを感じ取るべく、考察を試みました。

 前回と今回の出張で重なった目的地は北京市と上海市で、両都市間の移動には共に高速鉄道を使いました。北京と上海は約1,200キロ離れていますが(青森~岡山間とほぼ同距離)、所要時間は約5時間とかなり高速。飛行機よりは時間がかかりますが、中国のフライトは(少なくともコロナ禍前は)遅延が当たり前で(軍事が民間に優先されるといった理由から)、機内に入ってから1~2時間待たされるというケースも日常茶飯事でした。それに比べると、高速鉄道の発車は基本的に遅れず、予定を計算、コントロールできるという意味でも、私の感覚では、中国の人々は、北京~上海程度の移動であれば鉄道を好むようになっているようです。

 前回同様、高速鉄道は一等車、二等車、商用車(それぞれ、飛行機のエコノミークラス、ビジネスクラス、ファーストクラスのイメージ)共に全席満席といった感じでした。私は今回北京から入り、鉄道で上海へ移動し、上海から帰国したのですが、北京に着いたその日に、3日後の上海行きの切符を購入しましたが、すでに残り数席という状態で、ひやひやしました。北京~上海間は利用率、人気共に最も高い区間でしょうから一般化はできませんが、高速鉄道を巡る運営、利用状況、鉄道駅(付近)の混雑具合を俯瞰(ふかん)する限り、ほぼコロナ禍前に戻っているという印象を受けました。

 北京、上海両都市でホテル、レストランを利用しましたが、全体的な印象として、そこまでお客さんが入っているというわけでもないが、価格は下落どころか上昇しており、人々は「モノが高くなっている」「生活が苦しい」といった実感を抱いているという点です。

 例えば、今回国際会議で同席した遼寧省瀋陽市在住の大学教授は、「北京や上海は、大学の経費ではとても出張できない。校内規則ではホテル一晩上限300元(約6,000円)と決まっているが、北京や上海では、市の中心地や大学近郊で最低500元(約1万円)はかかる」と嘆いていました。

 また、この教授が所属する大学付近(大学が集中する瀋陽市北部)では、コロナ禍前は新築住宅が1平米1万元だったが、今では公開価格が7,000元、それでも売れないから実際は6,000元程度で売られているとのこと。私は2016~2017年瀋陽市に滞在していましたが、そのころ、遼寧省の経済成長率はマイナスを記録、議会でも多くの腐敗が発生するなどボロボロの状態でした。

 大学を卒業する若者には活力に欠けていて、起業しようとする人間は皆無、多くが政府機関や国有企業を第一志望とし、それがかなわなければ大学院へ進学して時間稼ぎ、やる気のある一部学生は同市、同省を離れて北京、上海、深センに向かって南下するといった状況でした。

 同教授は、経済成長が難しく、産業の空洞化、人材流出などからもお先が真っ暗という観点から、「瀋陽市、遼寧省だけでなく、東北三省全体が『夕張化』する可能性があり、私は現在夕張が財政破綻した歴史を研究しているが、政府や同僚が聴く耳を持ってくれるかは分からない」と複雑な表情をしていました。

7-9月期の経済成長率は市場予想を上回る。年間目標達成なるか

 私が中国に出張している間、中国国家統計局が7-9月期のGDP(国内総生産)実質成長率を発表しました。前年同期比で4.9%増、前期比では1.3%増となり、市場予想は上回りました。以下の表にあるように、4-6月期(6.3%増)と比べれば伸び率は下がっていますが、前年の同時期は、上海市でロックダウン(都市封鎖)が取られるなど、経済活動が大きな打撃を受けて0.4%増と大きく低迷していましたから、それに対する反発としての意味合いが大きかったといえます。

近年の四半期ごとのGDP実質成長率の推移

年度 1-3月期 4-6月期 7-9月期 10-12月期
2018 6.9 6.9 6.7 6.5
2019 6.3 6.0 5.9 5.8
2020 ▲6.9 3.1 4.8 6.4
2021 18.7 8.3 5.2 4.3
2022 4.8 0.4 3.9 2.9
2023 4.5 6.3 4.9  
中国国家統計局の発表を基に作成。数字は前年同月(期)比。▲はマイナス

 また、中国政府が発表した今年の成長率目標である「5.0%前後」を達成できるか否かを占う上で注目される10-12月期ですが、昨年は2.9%増と低迷気味でした。今年1~9月のGDP実質成長率は5.2%増ということで、10-12月期が4.8%増を記録すれば、一応は目標達成ということになり、「5.5%前後の目標設定に対して3.0%に終わった=目標未達成」だった昨年に比べれば、「中国経済は2023年、一定の改善、進歩を示した」という評価がなされるのでしょう。

 私自身、現時点において、5.0%という数字は達成可能であると考えます。

肝心なのは成長率そのものではなく中身と実態。中国経済の「日本化」リスクは拭えず

 第3四半期の成長率そのものは市場予想を上回ったわけですが、「高いレベルの発展」を掲げている習近平政権にとって、より重要なのは経済の中身と実態であるはずです。

 同日に発表された、その他の主要経済統計を整理してみました。9月の数値を見ると、徐々にではあるが上向き傾向にあった工業生産は伸び率を維持、夏休みから国慶節休暇にかけて上昇が期待されていた個人消費は伸び率が一定程度上昇(国慶節休暇ボーナスという意味では10月の数値に要注目)となっています。

2023年第2四半期以降の主な経済指標

  9月 8月 7月 6月 5月 4月
工業生産 4.5% 4.5% 3.7% 4.4% 3.5% 5.6%
小売売上高 5.5% 4.6% 2.5% 3.1% 12.7% 18.4%
固定資産投資
(1-9月)
3.1%

3.2%
(1-8月)

3.4%
(1-7月)

3.8%
(1-6月)

4.0%
(1-5月)

4.7%
(1-4月)

不動産開発投資
(1-9月)
▲9.1%

▲8.8%
(1-8月)

▲8.5%
(1-7月)

▲7.9%
(1-6月)

▲7.2%
(1-5月)

▲6.2%
(1-4月)

調査失業率
(除く農村部)
5.0% 5.2% 5.3% 5.2% 5.2% 5.2%
同25~59歳       4.1% 4.1% 4.2%
同16~24歳       21.3% 20.8% 20.4%
消費者物価指数(CPI) 0.0% 0.1% ▲0.3% 0.0% 0.2% 0.1%
生産者物価指数(PPI) ▲2.5% ▲3.0% ▲4.4% ▲5.4% ▲4.6% ▲3.6%
中国国家統計局の発表を基に作成。数字は前年同月(期)比。▲はマイナス

 一方で、国家統計局の報道官が「経済は持続的に回復してきている」としつつも、「国内需要は依然として明らかに不足しており、経済を回復させていくための基礎を強固にする必要がある」と認めているように、中国経済を巡る現在地と先行きはまだまだ不安要素だらけといえるでしょう。

 例えば、1-9月期の伸び率がそれまでよりも低迷した固定資産投資、中でも不動産開発投資は下降をたどっており、本連載でも扱ってきた中央政府による不動産テコ入れ策、不動産税の先送りなどが期待された効果を上げているとはいえません。

 中国政府が10月19日に発表した住宅価格指数によれば、主要70都市のうち約8割に当たる54都市で新築住宅価格が値下がり、中古住宅に至っては9割に当たる65都市で価格が下落しています。前述した瀋陽市北部のように、価格がコロナ禍前と比べて4割も下がるような市況が全国的に、ドミノ式に発生するような事態になれば、それこそ「不動産バブルの崩壊」が現実味を帯びてきます。

 さらに、9月のCPI(消費者物価指数)は横ばいということで、中国経済の「デフレ化」という不安要素が解消されたとは全くいえませんし、20%以上で高止まりしていた若年層の失業率は8月以降発表されないままで放置されています。

 少子化、デフレ、不動産バブルの崩壊…前述した瀋陽在住の大学教授は「中国東北経済の夕張化」を懸念していましたが、「中国経済の日本化」も引き続き焦点となっていきそうです。