無茶な授業依頼
筆者は友人のある大学の先生に頼まれた。
「ヤマチャン、うちの学生に一コマだけお金の授業をして欲しい。一生役に立つようなマネーリテラシーにつながる話がありがたい。難しい話はダメだよ。分かりやすい話で頼むよ」。
大学の一コマは、昨今90分ないし100分だ。典型的な講演の時間に近い。この時間内にマネーリテラシーの基本になる話が一通り出来るか。
「出来る」と、一応筆者は答えるが、率直に言って話は難しくなる。典型的には以下のような構成だ。
これまでのマネーリテラシー研修構成案 1.お金とは |
これらの内容をざっと100分で話すことは出来る。但し、喋る本人は忙しいし、聞く側が十分理解・吸収できるのかについては、疑問なしとしない。一般人向け、企業での研究、FP向け、など様々な場で話したが、正直に言って、CFP(FPの上級資格者)向けに話しても正しい理解を十分持ってくれた人の比率は、聴衆の半分を下回っていたと思う。
脱落者は、おそらく、彼らの既存知識と対立する内容が出て来た時に、その内容を消化しようとしているうちに、続きの話についてこれなくなっている。
一方、講演者側の心理としては、「よく分かっている聞き手」に感心されたいし、手抜きを指摘されたくないので、話が網羅的で同時に難しくもなる。率直に自己反省するなら、講演者として筆者は未熟だ。
この構成案は、ほぼそのまま書籍の構成案のベースになりそうだし、事実、ほぼこの構成で書いた本も拙著に複数ある。しかし、今回の依頼は、明らかにこの路線を求めているものではない。
アプローチを根本的に変える必要がある。
少数の印象的な事例「だけ」を話す作戦
少考の結果、筆者が辿り着いたのは、少数の印象的な事例「だけ」を話す作戦だ。今回は、これで行ってみよう。
事例は、いいもの、ダメなものの両方があり得るが、印象に残りやすいのはダメなものの方だ。しかし、全てを「べからず集」にすると、話を聞いた後の気持ちがポジティブにならない。「いいもの」を紹介することも大事だ。
事例の選択では、個々のダメな理由、よい理由は、なるべく重なりが無い方がいい。ダメなもの、いいもの、を数個覚えて貰って、その理由を辿ることで、他の金融意思決定にあっても応用が利くようだと喜ばしい。
再び考えて、作ってみた構成案は、以下の通りだ。
一生役立つマネーリテラシーの授業・構成案 <お金の選択ダメなもの3つ> <お金の選択「これはいい!」> |
以上だ。ずいぶん簡単になった。
聞き手は「×リボ払い、×がん保険、×お任せ運用。◎は全世界株インデックスのほったらかし」とでもメモに書くなり、板書を覚えるなりしてくれたらいい。
後は、この記憶を手掛かりに、将来生じるお金のあれこれの意思決定を考えてくれたら、大きな間違いをしないのではないか。
何を話すか 〜授業の原稿〜
具体的に何を話すか、授業用のメモを作ってみよう。以下、お話し口調になるので、しばらく文体が変わる。
1.リボ払い
皆さん、クレジットカードの「リボ払い」って分かりますか。もう少し丁寧に言えば、「リボルビング払い」です。例えば、10万円の買い物をした時に、10万円分を一括で支払うのではなくて、一月に1万円ずつのように予め決めておいた一定額を支払っていく決済方法です。
「大きな買い物があった場合に、一度にではなくて、平準化して支払うことが出来るのでいい」と勧められることがあります。カードの申し込みをする時に、リボ払いでの決済を選択すると何らかの特典を与えてくれる場合もあります。
しかし、リボ払いの利用はお勧めできません。筆者は、大学で講義を持っていた頃、毎期毎期必ず「一緒に買い物をする時にリボ払いで支払う恋人とは、結婚しない方がいいですよ」と学生に言うことにしていました。なぜか。経済観念の乏しい相手と一緒に暮らすと苦労するだろうから、というのがその理由です。
リボ払いは、率直に言って「大きな問題」ではありません。しかし、考え方としては大事な問題を含んでいます。
リボ払いは、先の例で言うと、最初の決済日が来た時に決済用の銀行口座から1万円が引き落とされますが、残りの9万円はカード会社に対する借金となります。これが毎月1万円ずつ返済される予定なのですが、近い将来にまた大きな支出が生じた場合に、借金の残高が貯まっていくことになります。
問題はこの借金の金利です。カードの条件にもよりますが、現在の金融情勢だとだいたい14%くらいであることが多いのです。この14%という金利は、率直に言って高い。高過ぎる。だから、リボ払いは止めましょうというのが、大まかなストーリーです。覚えておいて下さい。
「14%」はなかなか印象的な数字です。14%の金利での借金は、5年間で元々借りた額の2倍になるからです。1.14を5回掛け合わせると、約1.9254になります。約「2」です。
iPhoneをお持ちの方は電卓のアプリを立ち上げて、画面を横にすると関数電卓の状態になります。そこで、「1.14、xy、5、=」と入力すると計算できます。
これまでの金利に次の金利が掛け算されて借金や資産の残高が増えて行く計算のことを「複利」と呼びますが、複利にはしばしば意外なくらい大きな効果があります。
ここで、電卓を使わなくても大まかな計算が出来る「72の法則」という原則を紹介しておきます。「年率○%」という1年当たりの利率から%を取った数字で72を割り算すると、複利で増える残高が2倍になる年数が概算できるという簡便法です。
例えば、お金を増やすとして、年利8%で運用できれば9年で運用資産が約2倍になります。6%なら12年、4%なら18年、3%なら24年、2%なら36年、といった具合です。7%とか、5%、といった数字の場合72ではなく、70を使う方が便利かも知れません。7%なら10年、5%なら14年、3.5%なら20年、といった調子です。
借金に話を戻すと、14%という金利はいかにも高い。今の金融情勢(長短の金利がほぼゼロ)だと株式で運用する場合の期待利回りとして機関投資家が使う数字が、年率で5%から6%くらいなので、これと比較していかに不利かを考えて見て下さい。年間100万円に対して、お金を増やす方はリスクを取っても5、6万円であり、借金の方は確実に14万円取られるのです。
リボ払いは、やや気がつきにくいし、率直に言ってこれだけで大問題になるほどの借金を抱えることはめったにないだろうと思います。もっと大きな問題になりやすいのは、金融機関がしばしばネットで「お手軽に借りられます」と宣伝しているカードローンでしょうか。金利水準は様々ですが、おしなべて高いことが多くてそれ自体が損ですし、ローンを利用しているうちに残高が膨れあがって困った状態に陥ることがあります。
では、借金が全てダメなのかと言うと、そのようなことはありません。現に多くの企業は銀行からお金を借りてビジネスを行っています。
最後に、利用してもいい借金の3元則を挙げておきます。
借金利用を考えていい場合の3原則 その一、金利よりも有効なお金の使い道があること |
リボ払いやカードローンは3番目がダメですし、1番目もダメかも知れない。個人が借りることの出来る借金で金利がリーズナブルなのは、住宅ローンと奨学金でしょうか。住宅については、本当に買うことが適切な物件なのかについてよく考える必要がありますが、2番目の条件が余裕を持って大丈夫なら利用していい場合があります。奨学金は、1番目の条件次第のような感じがします。
最後の最後にもう一つ付け加えましょうか。
金融機関の窓口でカードを申し込む時に、リボ払いを選択すると、何らかの特典が付いてくる場合があると言いましたが、これは「怪しい」と思いませんか?「お得です」と言われた時に、「怪しい」と疑う感性というか、反射神経が、お金の世界では重要です。相手が儲かる、つまり自分が損をするのでない場合に「特典」が提供されることは殆どありません。気をつけましょう。
2.がん保険
避けた方がいいものの2番目にがん保険をあげます。
「日本人の二人に一人はがんに罹り、三人に一人の死因はがんです」としばしば言われます。「だから、がん保険に入って備えた方がいいのではないか」と思う人がいるかも知れません。しかし、正しい考え方は真逆なのです。「がんのようなありふれたイベントに対して、保険が適切なはずがない」と考えるのが、正しい考え方です。
因みに、筆者は、昨年食道がんに罹って、現在も治療を継続中です。正直に言って、調子はあまりよくありません。
がんに罹ってしまった現在で振り返ると、筆者は「がん保険に入っていたら得をしていた」はずです。例えば、がんだとの診断を受けた時に何十万円か貰えたかも知れないし、治療のためにこれまで40日以上入院しましたが、入院一日当たり1万円とか、一万5千円とかを貰えたかも知れません。何れも経済的に助かっていただろうことは間違いありません。
しかし、「意思決定としては」がん保険に入らない方が正しかったのです。この結論には自信があります。ポイントは、公的な健康保険について知っているかと、確率の考え方が分かるかの2点です。特に後者が分からない人は、いつになっても金融ビジネスの「カモ」であり続ける人でしょう。
筆者の事例で説明しましょう。
がん保険に入らないことが正しかった理由は、(1)どうしても必要な治療費の支払い額が貯金のほんの一部から支払う程度で十分であり、かつ(2)保険に加入する時点での確率を考えたら保険契約は損だから、の2点です。
筆者ががんだと診断されたのは2022年の8月でした。その後、抗癌剤治療で2回、手術で1回の合計40日入院して、11月に退院して一連の治療を終えました。手術代その他の医療費をひっくるめて、そこまでに支払った医療費は240万円くらいでした。但し、そのうちの約160万円は、筆者が個人の意思で選んだ個室の入院費で、一泊当たり約4万円でした。これは、個人的な贅沢です。
そして、残りの医療費の約80万円についても、筆者が勤務先を通じて加入していた東京証券業健康保険組合の「一回に2万円を超える保険診療の医療費支払いは、差額を補填する」という制度があったおかげで、かなりの金額が戻ってきました。
計算してみると、「どうしても自分で支払わなければならなかった医療費」は約14万円に過ぎなかったのです。仮に、そのような選択を取った場合でも、受けられた治療内容は全く同じです。
もちろん、仮に筆者がその時点でがん保険に入っていれば、なにがしかの給付があって経済的に少し助かったことは間違いないのですが、それは「後から見た結果論」です。保険に加入するかしないかは、将来の自分に保険の対象になるイベントが起こるか否かの確率を考えて、その確率を加味したメリットと保険料の支払いを比較して考えなければなりません。
「将来がんに罹る確率とその際の保険のメリット」を考えるのは、何とも複雑そうに思えます。筆者自身も計算できる気がしません。しかし、心配は要りません。保険会社が現に存在していて、がん保険を売っているという事実が、確率を加味して考えて、保険会社が大いに儲かることを示しています。保険の加入が平均的に見て加入者にとって得なものなら、保険会社は潰れてしまいます。
生命保険は、しばしば「不幸の宝くじ」と呼ばれます。不運だった人が「当たり」を引いて大金を貰う賭だからです。そして、宝くじがそうであるように、平均的には賭の参加者が損になるように出来ています。
つまり、不運な場合でも自分が十分に支払うことが出来る程度の損害に対して保険を使うことは損であり、非合理的なのです。
それでも保険が必要なのは、例えば自動車事故の賠償責任が個人ではとても支払うことができないような金額になるような事態に備えた保険のような場合だけです。滅多に起こらないけれども、起こった場合には、破滅的な負担が生じるかも知れない事態に備える場合です。
つまり、保険というものに対しては、「損だと分かっていながらも、どうしても必要なものについて、(泣く泣く)加入する」のが正しい付き合い方なのです。
この点を考える上で、「事前の損得」と「事後的な損得」をしっかり区別することが肝心です。
がんに罹る確率を考えずに、がんに罹っても保険に入っていると少し助かるだろう、と思って保険に加入するような考え方は良くありません。
尚、大きな病気に罹っても治療費が貯金からの支出くらいで十分賄えるのは、日本の健康保険制度がよく出来ているからです。
皆さんが加入する健康保険にはいろいろな種類がありますが、加入者にとっておそらく一番条件の悪い国民健康保険(通称「国保」)でも、毎月の高額療養費制度という医療費の上限を所得別に決めて、これを上回る医療費を補填してくれる強力な制度があります。「高額療養費制度」という単語を是非一度ネットで検索して調べてみて下さい。
加えて、会社ごと、業界ごとにある保険組合の保険に加入している場合は、組合ごとに独自の補填制度がある場合があります。筆者の場合、証券業健康保険組合のおかげで大変助かりました。
さて、生命保険に限らず、保険を使うことを検討してもいいのは以下の2条件を満たす場合です。
保険の利用を検討してもいい2条件 1.イベントが起きた時に必要なお金が貯金では賄いきれないくらい大きい |
上記の二条件を満たさないものに保険を使うことは非合理的なのです。
がんは、二人に一人ががんに罹るくらいありふれた病気なので、条件2を満たさず、保険には馴染みません。がん保険は要りません。加えて、条件1の心配も健康保険でカバーされています。
歳を取って老後のお金が心配なのもありふれたイベントなので、保険には馴染みません。資産運用を目的とした保険は、殆どのものが同様の運用内容を持つ投資信託などの他の運用商品を利用するよりも手数料が高いので、明確にダメです。変額保険、年金保険、運用目的の終身保険なども要らない保険です。邦貨建て、外貨建て、何れも不要です。自信を持ってセールスを断りましょう。
一方、必要な保険はどんな保険かというと、経済力のない夫婦に子供が生まれた場合に、稼ぎ手が働けなくなる万一のことがあった場合に、収入を助けてくれる保険でしょう、例えば、死亡保障のシンプルな保険を必ず掛け捨てで利用しましょう。
尚、このニーズに対するもっと厳密な正解は、収入保障保険を子供の成人まで、同じく掛け捨てで利用する事です。この保険だと、加入から時間が経過すると保障額が小さくなるので、保険料が更に安くなります。筆者は、保険評論家の後田亨氏に聞いて、この保険の利用の仕方を知りました。「なるほど」と思いました。
尚、掛け捨ての保険を嫌う人がいますが、これは正しくありません。将来、例えば満期の時にお金がいくらか返戻金の形などで戻ってくる保険は、リスクに対する保障のための保険に加えて、保険会社の運用サービスを手数料を払って利用している理屈なので、検討に値しません。
日本人は、概して言うと保険好きで、特に生命保険料を余計に払っている家計が少なくありません。無駄な保険を解約して、保険料支払いを節約すると家計が楽になる場合が少なくありません。保険料に支払うことが出来るお金があれば、その分を積立貯蓄・投資に回す方が遙かに適切な場合が多いでしょう。
この外、相続対策の保険や、保険料の所得控除を利用するためだけの保険が、「保険を使ってもいい場合」として存在しますが、多くの人にとって気にするには及びません。
がん保険をはじめとする、民間生保の保険には入らない方がいい場合が殆どなのだと、先ずは理解しておくことのメリットが大きいと筆者は思います。
特に、がん保険は、入らない方がいいことが分かる保険の筆頭だと思いますが、それでは、なぜ多くの人ががん保険に加入するのでしょうか。
一つには、保険会社が一所懸命に売るからですが、もう一つは、「がんに罹るのは心配だ」という気持ちがあって、がん保険に入ると気分的に、将来のがんに備えたような気がして気休めになるという心理的な効果が大きいのではないでしょうか。
しかし、がん保険に入ったからといって、がんに罹る確率が下がる訳ではありません。
必要のない保険に入るのは、「感情」に流されたり、つけ込まれたりすることによって、保険の理屈を忘れてしまって「何となく」加入してもいいような気もちになるからが理由です。
お金の問題は、「感情」で決めてはいけないということを、教訓として、保険の話を終わります。
3.お任せ運用
3番目です。運用の内容を、プロにお任せするという形式の運用サービスは殆どがダメなものです。
先ず、証券会社や信託銀行が熱心に売っているサービスに「ファンド・ラップ」がありますが、これは全てがダメだと言いたいくらいダメな運用サービスです。
「ラップ」とは英語で「包む」という意味で、一定期間の手数料を定額で固定してお金の運用をプロが担当するという触れ込みのサービスです。手数料をまとめて包み込むように一括で払うので「ラップ」と呼ばれます。
この中で、ファンド・ラップは、対象として投資信託を選んで投資するものです。投資信託には、信託報酬と呼ばれる運用管理の手数料が別途発生しますが、ファンド・ラップでは、ラップの手数料と中で投資された投信の信託報酬の二重の手数料が掛かるので、合計した手数料が大変高くなる点が、顧客である投資家にとって好ましくない特徴です。
ラップ運用の手数料が高すぎることは、近年、金融庁が何度も問題として取り上げています。
しかし、プロがお金を預かって運用するという触れ込みなので、「投資家の状況とニーズに合わせた運用戦略の選択が可能だ」、「マーケットの状況と運用商品の目利きが出来るので、良い運用商品を選ぶことが出来る」といった二つの特色が強調されて、熱心にセールスされることが多いようです。
しかし、証券会社グループにも、信託銀行のグループにも、このような特別な能力を持った人はいないので、先の特色は口で言ったり、パンフレットに書いたりするだけの中身を伴わない宣伝文句に過ぎません。
筆者の言うことが信用できない人は、「そんな高度で都合のいい能力を持っている人が、自分のお金ではなく、他人のお金を運用することを仕事にするだろうか?」と自分にツッコミを入れて考えてみて下さい。
しかし、たとえば、「富裕層向け」を謳う、プライベートバンクなどと自称する金融機関が、「ゴールベースド・アプローチ」などという有り難げな名前で、人生相談の劣化版のようなサービスと組み合わせて、ラップ運用を売り込もうとしています。
「富裕層向け」と聞くと、特別にいい運用方法や商品があるのではないかと思う、準富裕層以下の「精神的に貧乏な人」が憧れる場合がありますが、この憧れは見苦しいだけで何の意味もありません。富裕層向けの特別に有利な運用商品など存在しません。
また、人間のプロが投資戦略や投資商品の選択を決めるラップ運用の外に、プログラムが運用してくれる通称「ロボ・アドバイザー」と呼ばれる商品もありますが、人間の場合よりも手数料が安い分マシだとは言え、手数料が実質的に二重取りされて、顧客である投資家にとって高くつくことの本質は変わりません。
さて、ラップ運用をはじめとするお任せ運用の手数料が高いのは事実です。調べると分かります。売り手も、積極的に言わないでしょうが、聞けば隠そうとはしないでしょう。
でも、売り手はこう言うはずです。「プロの運用には付加価値がある」と。
では、プロの運用に期待される付加価値とは分解すると3つの判断の力なのですが、その何れもが、実体は存在しないのに、あたかもあるように振る舞っている判断力に過ぎません。
簡単にまとめてみます。
実は、プロが持っていない3つの判断力 (1)市場のタイミングを見極める判断力 |
お金を運用していると、株価や為替レートの動きが気になります。プロに運用を任せる場合、株価が下落しそうな時には株式への投資配分を少なくして、株価が上昇する可能性が高そうな時に株式をたくさん持つような、「市場のタイミング」に対する判断を運用に活かしてくれることを期待するのではないでしょうか。もっと素朴には、いつ買ったらいいか、いつ売ったらいいか、ということについて適切なタイミングを教えて欲しいと思うでしょう。
ところが、プロにも、アマチュアにも、市場のタイミングを判断して利用する能力は「無い!」というのが学会及び運用業界の定説なのです。
株価が上がるだろうとか、下落するリスクが大きいだろうとか、プロがあれこれ語る記事やニュースが溢れていますが、プロには「プロらしく語る能力」があるだけで「市場を予測できる能力」はありません。私も市場についてのインタビューに答えることが時々ありますが、例外ではありません。信じないで下さい。
また、「ファンドの目利き」などと称して、良い運用商品を選ぶ選択眼があるかのように振る舞う専門家が多いのですが、「平均よりもいい商品」を事前に見極める能力を持ったプロも存在しません。もちろん、投資信託は「後から見ると」優劣があって平均以上の優れた成績を上げるファンドがあるのですが、過去の運用成績と将来の運用成績には関係がありません。いいファンドを「事前に」見分ける能力はファンドのアドバイザーにもありません。
すると、たとえば国内株式の投資信託であれば、運用の優劣が事前に判断できないのだから、手数料が高いファンドは検討するまでもなくダメ、と判断することが出来ます。他のカテゴリーでも同様です。運用商品は、このような方法で優劣を判断することが出来るので、「ファンドマネージャーが市場平均を上回る成績を目指す」という触れ込みのファンドはアクティブ・ファンドと呼ばれますが、ほぼ全てがダメな商品で、はじめから検討に値しません。
では、マネー誌や経済誌でよくある「プロが選ぶ、投資信託○選」という特集記事は無意味なのでしょうか。「はい、無意味です。むしろ有害です」というのが筆者の答えですが、この答えに正面から有効な反論を受けたことは一度もありません。
3番目の「顧客に合った運用」についてですが、顧客の事情については顧客自身の方が良く知っているし、何よりも「いくらリスクを取って投資してもいいか」という判断は顧客自身にしか出来ません。
加えて、一つのお任せ運用に全財産を全て任せる人は稀でしょう。すると、残りの資産を合わせた「運用全体はどうなっているのか」が問題になります。
つまり、お任せ運用は、顧客の運用問題を何一つ解決しないのです。富裕層向けのラップ運用でも、ロボアドバイザーでも本質は同じです。
もう一点付け加えます。そもそも、自分にとって大事な意思決定を他人に「任せる」というアプローチが人生に向かう態度としても良くありませんし、お金の世界ではその弊害が分かりやすく現れます。例えば、ラップ運用の対象を投資信託にするファンド・ラップですが、ラップを売る側が信託報酬の高い顧客に不利で売り手側に有利な商品を選ぶ可能性が大いにあります。
「宙船(そらふね)」という中島みゆきさんの有名な歌の歌詞に「お前が消えて喜ぶ者に お前のオールをまかせるな」という一節がありますが、あれを思い出しましょう。
さすがに、証券会社も運用会社も顧客が「消える」ことまでは望まないでしょうが、自分がより多くの手数料を稼ぐことを望んでいます。例えば、1%余計に手数料を取られることは、「1%分だけ消されている」のと同じことです。自分の運用は自分で決めましょう。
◎「ほったらかし投資術」を伝授します
ここまで、これはダメだというものについて、ダメな理由が異なる3つをご説明しました。覚えて頂いたでしょうか。リボ払い、がん保険、お任せ運用、の3つです。いずれも、ダメ!、ダメ!、ダメ!、です。しかも、最後には、自分の運用は自分で決めましょうと述べました。
「お金の世界は、ダメなことが多いし、自分で運用を決めなければいけないなんて、難しくて大変だなあ」と思った方が多いかも知れません。
でも、安心して下さい。いいニュースがあります!その「自分で決める運用」が実はとても簡単なのです。
名前を付けると「ほったらかし投資術」です。筆者には、同名のタイトルの著書がありますが(山崎元、水瀬ケンイチ共著「ほったらかし投資術」朝日新書)、この内容をさらに簡単に絞り込んでお伝えします。
簡単にしてしまって大丈夫なのか、ご心配でしょうか。大丈夫です。著者が言うのだから、間違いないと思って、でも少しは疑いながら、聞いて下さい。
「ほったらかし投資術」のエッセンス 1.生活費半年分くらいを銀行の普通預金に置いて、残りは全て投資する |
先ず、株式に投資することのイメージですが、これは企業の生産活動に資本を提供する形でお金を「働かせる」行為です。「働かないで、稼ぐ」のとはちがいます。
では、企業はどこから利益を得るのかですが、主に自分の貢献よりも安く働く会社員からピンハネした価値を集めて利益を得ています。
ここで、会社員は、安定した雇用、決められた仕事、安定した給料などの「リスクを取らず、工夫をしなくてもいい」条件を喜んで受け入れて「少し安く」働いているのです。世間を見渡すとそこここに歩いてる、同じような服装と表情をして歩いていて、同じように会社で働いているあの人達が企業に利益を提供しているのです。
経済全体の循環を大きく眺めると、リスクを取りたくない人から、リスクを取ってもいいと思っている人が利益を召し上げる仕組みになっています。善し悪しは別として、そうなっています。
多くのサラリーマンはリスクを取りたくない。企業はリスクを取ってビジネスを行う。そして、企業の行為にリスクを取って資金を提供することで参加する手段が株式投資です。
世の中では、(1)工夫をせずに他人と同じに行動して、(2)リスクを取ろうとせずに安定を目指すと、経済的に不利な方向に引き込まれる「重力」が働いています。働き方を考える時や人生のパートナーを選ぶ時の参考にして下さい。
さて、株式投資は資金を「リスクを取って働かせる」ので、平均的には、銀行の預金金利よりも少々高い利回りが期待できると考えられています。それがどのくらい高いのかを正確に知っている人はいませんが、だいたい金利+5%から6%くらいだと考えている人が運用のプロや学者には多いと言っておきます。
もちろん、投資した資金が減ってしまうことが時々ありますし、無くなってしまうことが「絶対にない」とは言えません。しかし、平均的には、預金金利よりも(少し控え目に見て)5%くらい有利に増えると期待できるように思います。
投資は、増えたり減ったりしながらもお金が増えることが期待できる、金庫か貯金箱か、タイムカプセルのような容器に当面使わないお金を入れておく行為だと考えておくといいでしょう。
では、この容器の中に何を入れたらいいのか。また、いつ出し入れしたらいいのか。
ここで、先ほどお任せ運用がダメな理由として挙げた、プロが持っていない判断力を思い出して下さい。
プロは、平均よりもいい商品を見極める能力を持っていないのでした。では、プロ達の「平均」を持つことが有利だと分かります。現在、欧米の政府系ファンドや大企業の年金基金、有名大学の基金などの機関投資家は、世界の株式に分散投資するグローバルな株式運用を行っています。その彼らの運用の「平均」に近いのは全世界の株式に広く投資した全世界株式のインデックス・ファンドです。インデックスとは株価指数のことですが、全世界の株式を元にして計算するインデックスと同じ構成で運用しようとするのが全世界株のインデックス・ファンドです。
例えば先に名前を挙げた通称「オルカン」ですが、このファンドは全世界の株式数千銘柄に投資しています。株式の価値が大きな国には大きなウェイトで投資して、小さな国にはその逆、という形での「平均」です。現時点では、米国の株式が約6割あり、日本の株式は6%弱です。但し、この比率は、将来の各国のビジネスの様子を反映して変化します。例えば、米国の比率が下がって、インドの比率が上がるようなことが、将来は起こるかもかも知れません。
しかも、このオルカンは、信託報酬と呼ばれる運用管理の手数料が年率0.05775%以下(税込み)と大変安い。100万円を運用して、一年間に578円以下なのです。想像してみて下さい。よくあるような手数料率が1%の商品なら、1万円になりますが、なんと馬鹿馬鹿しいことでしょう!
そして、もう一つ思い出して欲しいのですが、プロにも有利なタイミングを見極める判断力は「無い!」のでした。つまり、運用期間が短期でも長期でも、長期的にいいだろうと考えられるものをボンヤリと持っている以外にできることはないというのが真実なのです。
はっきり言い直します。長期でダメな商品は、短期でもダメなのです。
仮にオルカンが一番いい運用商品だとしたら、例の貯金箱的なお金の器の中にはオルカンだけ入れておけばいいということになります。しかも、いい売買タイミングなど分からないのですから、なるべく早く入れて、お金が必要になるまでずっとほったらかしておくのがいいという結論になります。
そして、お金が必要になったらいつでも部分的に解約して換金していいのです。タイミングは判断できないのだから、「いい売り時はいつか?」と考えて迷うことは無益です。
以上が運用の基本であり、同時にほぼベストな運用像なのです。
さて、昨今、NISA(少額投資非課税制度)とかiDeCo(個人型確定拠出年金)といった税制上有利になる運用口座が話題になります。特に、2024年からは新しいNISA制度が始まるので注目されています。
こうした制度は、運用対象ではなくて、投資する際の有利な「器」だと理解しておくといいでしょう。なるべく大きく使うことが有利です。細かいことは、その都度調べたらいい。
例えば、新しいNISA制度では「つみたて投資枠」と「成長投資枠」という二つの投資枠がありますが、どちらもオルカンないし、オルカンのような商品に投資しておくといいのです。
金融庁は「つみたて投資枠」の対象商品として長期の資産形成に適したものを選んだと言っています。では「成長投資枠」では別の商品がいいのかと言うと、そのようなことはあり得ません。「長期でダメな物は、短期でもダメ」なのですから、どちらでも一番いいもの、同じもの、に投資しておくといいのです。
投資対象を選ぶ際に、あたかも洋服を選ぶかのように、「その人のタイプに合った物」を選ぶのが正しいかのようなイメージを抱きがちですが、これは正しくありません。
若い人でも、高齢者でも、富裕層でも、庶民でも、お金の運用に求めるのは効率よく増やすことだけです。お金の持ち主のタイプ別に適切な商品が変わるようなことはありません。しかも、お金の使い道は、後から好きなように決めることが出来ます。「子どもの学費」とか「将来の病気の備え」のようなものに、使用目的を予め決める必要はありません。だから、少々の貯金があるなら、がん保険は要らないと言えるのです。
最後に、投資のリスクの話をしましょうか。
オルカンにせよ何にせよ、株式に投資すると、お金が減るリスクはあります。一年で3割くらい減ることは、運の悪い時期に当たると十分にあり得ます。しかし、平均的には有利に増えると期待できると思う人はリスクを取って投資します。それだけのことなのですが、そこで大きな差が付きます。
考えてみて下さい。例えば、仕事であれば、クビになったり、職場が我慢できないほど嫌になったり、給料が減ったり、会社が潰れたりするリスクもある。健康を害するリスクもあるし、急死してしまうリスクだってある。夫婦や友人関係のような人間関係にも時に大きなリスクがあります。お金の運用のリスクは株価のような時々の数字に現れるので気になります。
しかし、はっきり言いましょう。他のリスクをたくさん取って人生を過ごしていながら、お金のリスクにだけ敏感になるのは馬鹿げています。失敗しても、高々お金で済むことです。
仮に無一文になっても、健康で、自分を信じてくれる友達がいれば、やり直しが利く。それが人間ではないでしょうか。
お金のことでは、無駄な損を避けて、できるだけ悩まないのがいい。そのために必要なヒントは、今日の話の中に十分に盛り込んだつもりです。
復習しましょう。「リボ払いはダメ!、がん保険はダメ!、お任せ運用はダメ!。そして、『運用はほったらかし投資術』でいい」これだけ常に覚えておいて、後は、時々その理由を思い出して下さい。
お金を適切に扱って、気持ちのいい人生を送って下さい!
ご清聴ありがとうございました。
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