中東情勢を受け円安ドル高から一転

 6日に発表された米9月雇用統計では、農業部門以外の雇用者数は前月より33.6万人増加し、市場予想の17万人を大幅に上回りました。7、8月の過去2カ月分の前月比増加数合計も11.9万人上方修正されたことから、為替相場は1ドル=149円台半ばのドル高となりました。

 しかし、失業率は前月と同じ3.8%で予想より悪化し、平均時給も前年同月比4.2%上昇と前月より伸びが鈍化し、予想を下回ったため米金利が伸び悩みドル安となりました。

 米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が来年、利下げに転じる時期は後ろ倒しになるのではないかとの観測が強まった一方で、今年11月の利上げを確信させるほどではなかったようです。1ドル=149円台は維持して先週を終えました。

 ところが、今月7日(土)に、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスが5,000発のミサイルをイスラエル領内に撃ち込んだことから、中東で一気に緊張が高まりました。

 今回の攻撃はハマスが打ち込んだ異例の大量のミサイルだけでなく、ハマスがガザ地区の境界フェンス80カ所を突破し、800人から1,000人の戦闘員がイスラエル領内に侵入しました。

 多数のイスラエル人が死亡し(含む外国人)、民間人を含め多数を人質にとった(含む外国人)ということで、これまでのハマスの攻撃と全く異なる情勢となっていることです。イスラエルの犠牲者は900人を超え、人質は100人を超えているとのことです。

 イスラエル政府はこれまでハマスとの戦闘は軍事作戦とし、「作戦」という用語を使って説明していましたが、今回は「戦争」と位置付けているようです。イスラエル軍はガザ地区を包囲するため、境界に10万人を待機させ、過去最大規模の予備役30万人を招集したと発表しました。イスラエル空軍のガザ空爆によってパレスチナ側も800人超が犠牲となり、双方の合計死者数は1,700人を超えるといわれています。

 ちょうど50年前の第4次中東戦争以降、イスラエルが受けた最大規模の攻撃であり、この攻撃を受けてイスラエルは最大規模の作戦を展開しようとしています。さらに人質が捕らえられていることから、戦争は長引く可能性がありそうです。

 この中東情勢を受け、原油は急騰し、為替も円高ドル安に反応しています。イスラエルの攻撃が他国に拡大する可能性もあります。

 特に気になるのは、今回の攻撃はイランが裏工作をしたという疑念がくすぶっており、イスラエルがイランを攻撃しなければ良いのですが、事態の緊張は高まるばかりです。ドルの頭は重たい地合いが続きそうです。

FRB高官の相次ぐハト派発言で利上げ終了観測も浮上

 米FRB高官からハト派発言も9日、相次ぎました。ダラス連邦準備銀行のローガン総裁が最近の長期金利の上昇により利上げの必要性が低下する可能性があるとの認識を示したほか、ジェファーソンFRB副議長も追加的な引き締めがどの程度必要か慎重に政策を進める姿勢を述べました。

 為替相場は、中東情勢に加え、こうしたハト派発言によって1ドル=148円台半ばに円高が進み、149円台となるにはドルの上値が重たい地合いとなっています。

 米長期金利の上昇一服もドルの上値を抑えています。中東の地政学リスクの高まりを受けて安全資産である米10年債が買われ(金利低下)、加えてFRB高官からのハト派発言によって一時4.8%台だった米長期金利は4.6%台へと低下したこともドルの頭を重たくしています。

 10日には、ボスティック・アトランタ連銀総裁が「これ以上の利上げは必要ない」と表明し、利上げ終了観測も浮上してきています。

財務官、為替介入要件に新たな解釈、けん制効果拡大も

 ドルの頭を重くしているのは、日本政府による円買いの為替介入への警戒感も根強く残っていることが背景にあります。先週3日、一時1ドル=150円台に乗りましたが、まとまった円買いで147円台の円高となりました。

 市場では介入に踏み切ったのではないかとの見方が広がりましたが、鈴木俊一財務相は為替介入についてはノーコメントとの発言を繰り返しています。

 一方で、4日、為替政策の実務を統括する財務省の神田真人財務官は介入について新たな考えを示しました。記者団に「一方向に一方的な動きが積み重なって一定期間に非常に大きな動きがあった場合は過度な変動に当たりうる」と述べ、一定期間の考え方について「1日の場合もあれば2週間ほど、1カ月ぐらいの場合もある。年初来からだとドル/円は20円以上の値幅がある。そういったことも一つの要素だ」と説明しました。

 これまで財務省は為替の水準ではなく、過度な動きがあるかどうかを見極めて為替介入の是非を判断する姿勢を示してきましたが、この説明は「過度な変動」について新しい解釈を加えたことになります。

 年初からの20円以上の円安の値幅も「過度の変動」の一つの要素だと説明したことから、緩やかな円安でも、年初からの円安の値幅が広がると「過度の変動」とみなされ、介入もあり得ると解釈できます。この新たな解釈はけん制効果を大きくさせ、円売りも慎重になることが予想されます。

日米金融政策の転換点

 また、日本銀行が10月末に発表する次回の経済・物価情勢の展望(展望リポート)に関して、2023年度の物価見通しを2.5%から3%近くに上方修正する検討に入ったとの報道が10日、流れました。

 中東情勢の新たなリスク、FRB高官からの相次ぐハト派発言、為替介入への新たな解釈、日銀の物価上方修正観測などが先週から今週にかけて市場を駆け巡りました。これらの要因はドルの頭を重くさせ、円安は一服、1ドル=150円超えは当面、相当ハードルが高くなりそうです。

 11日には米国9月PPI(卸売物価指数)、12日には米国9月CPI(消費者物価指数)が発表されます。FRBのハト派発言を後押しする数字になるのか、それとも覆す数字になるのかどうか注目です。

 これまでは日米金融政策の方向の違いとそれに付随する日米金利差から円安が進みました。FRBの利上げが終了し利下げに向かう方向と、日銀が大規模緩和から正常化に向かう新たな方向性の違いを上記の要因は示唆するものになるかもしれません。

 そして為替市場はどのタイミングで先取りするかに注目しています。金利差はすぐに縮小するわけではないので、円安が一服しても円高の流れになるのには時間がかかると思われますが、この考え方は頭の片隅に置いておきたいと考えています。