為替介入あったか市場は疑心暗鬼に、円売り抑制も

 9月の為替相場を振り返ると、ドル相場は1ドル=145円台半ばで始まり、日米金融政策の方向の違いが再確認されたことで、149円台後半となり年初来高値を更新しました。9月の取引は149円台前半で終えました。

 10月に入っても、9月のような円安の構図が続くとの思惑から、じりじりと円安が進みましたが、1ドル=150円という心理的節目を前に日本政府・日銀による為替介入への警戒感も根強く、149円台後半で張り付いた動きをしていました。

 ところが、3日に発表された8月の米雇用動態調査(JOLTS)求人件数が961万件と予想の880万件を大幅に上回ったことから、米10年債利回りは4.8%台と16年ぶりの水準に上昇し、金利の上昇とともに1ドル=150円の壁をブレイクし、150円10銭台の円安となりました。

 しかし、3日深夜にまとまった円買いが見られ、1ドル=147円台半ばまで急落しました。市場では、「円買い介入が入ったのではないか」との思惑が浮上しましたが、すぐに買い戻しも入り149円前後へと戻りました。

 日本の通貨当局である財務省幹部からは「介入を実施したかどうかについてはコメントしない」との発言が伝わる中、市場では介入への警戒から149円台前半で足踏みしている状況となっています。

 現時点では実際に介入があったかどうかは分かりませんが、疑心暗鬼の中で安心して円売りを続けることは、しばらくは抑制されそうです。

日米金融政策の違いによる円安の構図

 しかし、時間がたつとそうした警戒心も弱まり、米国の金利が高止まりしていれば、日米金融政策の違いを反映した円安の構図は早晩復活してくるものと思われます。

 市場では介入を警戒しながらも日本政府の介入の腹づもりを探るような緩やかな円売りが続きそうですが、10月もこの円安の構図は続くのでしょうか。

 しばらくは市場と介入との駆け引きが続きそうですが、根本となる円安の構図を整理しますと、

(1)米国は年内追加利上げの可能性があり、来年の利下げ時期も後倒しの可能性

 米国の政策金利は「Higher for Longer」(高金利で長期化)が続き、ドル高を後押し

(2)日本は、大規模金融緩和を維持し、政策修正時期は決め打ちできない状況。来年の賃金
動向を確認して判断

 以上のように、金融政策の方向性の違いが円安の構図をつくっています。

米雇用情勢が年内利上げあるか市場の見方を左右

 3日のJOLTS求人件数のように市場予想を上回る数字が出ると、米国の中央銀行に当たるFRB (連邦準備制度理事会)が10月31日~11月1日に開く次回FOMC(連邦公開市場委員会)での利上げ期待が高まります。

 6日には9月米雇用統計が発表されます。前回上昇した失業率の改善や前回伸びが鈍化した平均時給の上昇などが見られると、11月利上げ期待が一層高まることが予想されるため、再び1ドル=150円台を目指して円売りが進みそうです。

 逆に、前月に続き失業率が上昇傾向を示し、平均時給の伸びも鈍化傾向を示すと、労働市場の需給緩和が続いているとの思惑からFRBは追加利上げに慎重になるとの見方が浮上することが予想されます。

 4日には雇用統計に先駆けて、民間給与計算代行会社ADP(オートマティック・データ・プロセッシング社)による9月雇用統計が発表されます。雇用者数は前月より低下予想となっていますが、数字が振れやすいため注意が必要です。強い数字が出ても、6日の雇用統計が強い数字になるとは限らないことに留意する必要があります。

 12日には米国9月CPI(消費者物価指数)が発表予定ですが、米国の景気や物価、労働市場の動向次第で年内利上げ観測が後倒しになることも予想されるため、円安構図も変わるシナリオにも警戒する必要があると見ています。

世界的な景気後退で、米利下げ早期開始シナリオ浮上?

 また、景気、物価動向だけでなく、FRBのパウエル議長が指摘した「不確実性」要因もあります。前回お話しした四つの「不確実性」とは、(1)学生ローン返済再開、(2)UAW(全米自動車労働組合)のストライキ、(3)原油高、(4)米政府閉鎖でした。

(4)の米政府閉鎖は期限ぎりぎりの1時間前に回避されましたが、今回強硬に反対していた米国共和党の保守強硬派「フリーダム・コーカス」は、今後も米議会を混乱させる可能性があるため注視していく必要があります。

 早速、マッカーシー下院議長(共和)の解任動議が提出され、可決されました。議長が決まらなければ予算や法案の審議が進まないため混乱が続きそうです。また、つなぎ予算は来月中旬までですので、来月には米議会が再び荒れそうです。

 政府閉鎖はとりあえず回避されましたが、他の三つの不確実性は残っています。

 9月28日に発表された米国の2023年4-6月期実質GDP(国内総生産)確定値は年率換算で2.1%増となり、8月に公表された改定値と変わらずでした。個人消費が改定値(1.7%増)からほぼ半分となる0.8%増に下方修正されました。個人消費の伸び鈍化を設備投資の上方修正が補ったとのことですが、個人消費の鈍化はサービスの支出増の鈍化が反映されたとのことであり、先行きの景気について不安が残る内容でした。

 今後の学生ローン返済再開による消費への影響やストライキの長期化によるGDPへの影響によって、年末にかけてのクリスマス商戦に影響がどの程度出るのか注目です。

 加えて世界経済動向も気になる点です。中国経済、欧州経済などの回復がかなりもたつくことが予想されます。中国は景気後退から回復傾向が見られましたが、持続性があるのかどうか気掛かりです。

 欧州では、ドイツのIfo経済研究所など五つの研究所が9月28日に公表した共同の景気予測によると、2023年のドイツ実質成長率は0.6%下落と春時点から0.9ポイント下方修正されました。欧州委員会の0.4%下落より厳しい予測になっており、景気後退が一段と深刻になる恐れがありそうです。

 インフレで個人消費の回復が遅れ、ECB(欧州中央銀行)による利上げで建設業を中心に金利負担が重荷になっているということです。2024年は1.3%の回復予測ですが、中国の景気回復が遅れると欧州の景気回復もさらに遅れる可能性がありそうです。

 このように世界的に景気後退が鮮明になれば、原油は下がり、金利は下がり、インフレは鈍化し、FRBの年内利上げ観測は後退し、場合によっては利上げ打ち止め期待が高まり、来年の利下げ早期開始シナリオも浮上してくるかもしれません。

日銀の物価見通し次第でマイナス金利解除の思惑再び、円高も

 日本銀行の政策についても、市場では足元の物価状況から来春の賃上げ交渉の前にも日銀は動くのではないかとの見方は依然くすぶっています。

 8月CPI(生鮮食品を除く)は前年同月比3.1%の上昇と12カ月連続で3%を超える状況となっています。日銀は原油上昇による物価上昇は一時的と見ているようですが、食品・エネルギーを除く物価指数では5カ月連続で4%を超えている状況となっています。

 日銀がこのような物価環境の中で、10月31日に公表する「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」で、2023年度物価見通しを前回7月時点の2.5%上昇から上方修正するのか、また2024年度を1.9%から2%超に引き上げるのかどうか大事なポイントです。上方修正された場合は、再びマイナス金利解除の思惑が強まり、円高に振れやすくなりそうです。

 日銀の金融政策決定会合は30、31日の開催ですが、その前の20日に日本9月CPI、27日には東京都区部10月CPIが発表される予定です。

 9月は「通貨大乱の月」(*)として、相場の大波乱を警戒していたのですが、波乱なく一本調子の円安の動きで終えました。しかし、10月は、介入警戒感も強まり、16年ぶりの米長期金利の高水準によって株式市場も含め(**)、波乱の月になるかもしれないため警戒したいと思います。

*  1985年9月22日 プラザ合意、2008年9月15日 リーマンショック
** 1929年10月24日 暗黒の木曜日、1987年10月19日 ブラックマンデー