2050年、原油相場は大暴落して25ドルに!?

 9月26日、IEA(国際エネルギー機関)は、2021年に自身が公表した報告書を更新する形で、2050年までのエネルギー部門からの温室効果ガス排出に関わる最新のシナリオを示しました。

 その中で、原油価格(足元、90ドル前後で推移)が、2030年に半値以下の42ドル、2040年に三分の一以下の30ドル、そして2050年におよそ四分の一の25ドルまで下落するという見解を示しました。

図:IEAのネットゼロ・シナリオ(2023年)における主要な数字

出所:IEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに筆者作成

 原油、天然ガス、石炭の価格が暴落するシナリオを見て、筆者は「あのIEAが非常に大胆なシナリオを示した」という印象を受けました。

 脱炭素を進める過程で、燃焼時に温室効果ガスの一つである二酸化炭素を排出してしまう化石燃料(石油、天然ガス、石炭)の需要が急減することが根拠に挙げられています。

 この報告書が出て一週間ほど経過しましたが、その内容(英文で300ページ弱)を筆者はまだ完全に読み込めていません。このため、今回の本レポートは、この報告書の目立った点を抽出しつつ、速報的な意図で書きたいと考えています。

 まずはこの報告書の本丸である、「ネット ゼロ シナリオ(NZEシナリオ。2050年までに正味の温室効果ガス排出量をゼロにするシナリオ)」について、確認します。

「新しい石油」という考え方

 この報告書に「新しい石油」という言葉が出てきます。では、電力が世界の新しいエネルギーシステムになる、という考え方です(As electricity becomes the 「new oil」 of the global energy system in the NZE Scenario.)。

図:ネット(正味)ゼロ シナリオ(2023年更新版)の概要

出所:IEA(国際エネルギー機関)の資料をもとに筆者作成

 NZEシナリオでは、これまで化石燃料をメインとしていた自動車などの運送の分野で電化が飛躍的に進む(電気自動車が急速に普及する)ことや、発電の分野で再生可能エネルギーである太陽光や風力などの利用が急増することが想定されています。

 これにより、パリ協定(2015年)で定められた+1.5 ℃(産業革命前比) の制限を限定的に上回ることはあるものの、2050 年までにエネルギー部門からの二酸化炭素排出のネット(正味)ゼロを達成し、世界の平均気温の上昇は 2100 年までに 1.5 ℃ を下回る(パリ協定の目標達成)とされています。

太陽光・風力が化石燃料の代わりになる

 化石燃料の消費減少と再生可能エネルギー由来の電力増加を同時進行させることが、本シナリオの骨子だといえます。以下は、NZEシナリオにおける、由来別のエネルギー供給量(2022年比)の推移です。

図:IEAが示した2050年までのエネルギー供給のロードマップ(2022年比) 単位:EJ

出所:IEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに筆者作成

 太陽光と風力由来のエネルギー供給が大きく増加することが想定されています。同時に、石炭、石油、天然ガスといった化石燃料が大きく減少することが想定されています。また、各分野で省エネが進み、世界全体としては、エネルギー需要がやや減少することが想定されています。

 天然ガスを燃焼した際に発生する二酸化炭素の量は、石炭や石油のそれよりも少ないとされているため、足元、特に石炭の代替として天然ガスが重用されている地域があります。

 ですが、NZEシナリオではこうした石炭の代替の天然ガスの消費をも削減することが、想定されているようです。こうしたことも含め、冒頭で述べたように、このシナリオは「非常に大胆」であると言えます。

「これからすぐ激減」は、強行感が否めない

 大胆なのは、石炭の代替としての天然ガス消費削減だけではありません。石油消費が減少するタイミングを「これからすぐ」としている点も、「非常に大胆」だと言えるでしょう。

 以下のとおり、これまでの石油消費量とNZEシナリオをつなげてみると、同シナリオが「これからすぐ急減」が始まることを想定していることがわかります。

図:世界の石油消費量の実績値(2022年まで)とIEAの見立て 単位:EJ

出所:Energy InstituteおよびIEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに筆者作成

 あまりに突然急減がはじまることだけでなく、2050年の石油の消費量が1965年を下回る水準にまで達することも、「大胆」だと言えるでしょう。

 1965年といえば、第二次世界大戦後、まだ20年しかたっていない世界です。この当時の水準まで、石油の消費が減ることが、NZEシナリオを支えているわけです。それだけ、太陽光と風力由来の発電量を増やす、ということなのでしょうが、なかなか「大胆」です。

先進国も新興国も負担大になる可能性あり

 では、「すぐさま急減」を、どのようにして達成しようとしているのでしょうか。以下は、NZEシナリオが示す、先進国と新興国・途上国が排出する温室効果ガスの排出量の推移です。

 NZEシナリオは先進国について、すでに温室効果ガス排出量の減少が始まっており、今後はその傾向を強めることを想定しています。2045年以降は排出量が吸収量(排出枠を購入したり回収して貯留したりして作る)を下回る状態「カーボンネガティブ」を達成することも、想定しています。

 一方、先進国の排出量のおよそ2倍の規模である新興国・途上国については、今まさに増加傾向にある排出量が「これからすぐに急減」することを想定しています。

図:IEAが示した2050年までの温室効果ガス排出量

出所:IEA(国際エネルギー機関)のデータをもとに筆者作成

 規模が大きいこと、いままさに増加傾向にあること。これらを併せ持つ新興国・途上国で、温室効果ガスが「これからすぐに急減」することを、NZEシナリオは想定しています。直接的な排出量削減への負担の大きさは、先進国よりも新興国・途上国のほうが大きいと言えそうです。

 一方、新興国・途上国を支援することが前提となっている先進国は、金銭面での負担が膨大になる可能性があります。例えば、インドの2022年の二酸化炭素の排出量は、およそ26億トンでした(Energy Instituteのデータより)。

 冒頭でお見せした図「IEAのネットゼロ・シナリオ(2023年)における主要な数字」で示した二酸化炭素の価格(仮に2030年の想定である90ドル/トン)で算出した同国が排出した二酸化炭素の金額は、およそ2,340億ドル(35兆円相当)です。

 NZEシナリオでは、年月が経過すればするほど二酸化炭素の価格は上昇します。このため、仮に排出量が変わらなかったとすると、インドが排出した二酸化炭素の価値は、2040年に約1.7倍(およそ4160億ドル、62兆円相当)、2050年に約2.2倍(5200億ドル、77兆円相当)にも膨れ上がります。

 NZEシナリオは、新興国・途上国の直接的な、先進国の間接的な負担(金銭面の負担)が大きくなることを、想定していると言えるでしょう。

まだまだ、慎重な議論が必要

 今年7月、世界の石油需要の見通しが割れました。2023年の世界の石油需要について、IEAは前月の見通しから下方修正しましたが、OPEC(石油輸出国機構)は上方修正しました。

 2023年の同需要は従来の見通しよりも減るのか、増えるのか、どちらを参照すればよいか、議論が巻き起こりました。

 IEAは日本では比較的信用できる機関と位置付けられている節があります。IEAと同じように毎月おおむね第二週に統計を公表しているOPECやEIA(米エネルギー情報局)に比べて中立性があると、考えられているためです。

 確かに、非西側諸国の産油国の集団であるOPECや、米国という単一国の一機関であるEIAに比べれば、IEAは中立に見えます。

 しかし、先述の図「ネット(正味)ゼロ シナリオ(2023年更新版)の概要」で示したとおり、IEAの主要メンバーはほとんどが西側諸国です(中国やインドはIEAのAssociation countries(協力国)にすぎない)。

 一方、IEAと正反対の見通しを示したOPECはどのような組織でしょうか。西側のメジャーと呼ばれる大規模な石油関連企業たちに牛耳られていた自国の石油の利権を奪回することを目的とし、1960年にできた組織です。

 IEAとOPEC、それぞれの背景を大まかに言えば、IEAは西側、OPECは非西側となるでしょう。

 IEAは需要見通し下方修正について、「欧州」で高インフレによる景気減速・需要減少、同時に「脱炭素が加速していること」を主な理由に挙げました。

 一方、OPECは需要見通し上方修正について、「中国」でゼロコロナ政策解除を起点とし経済回復が見込まれることを主な理由に挙げました。

 同じ「2023年の石油需要の見通し(前月比)」であるにもかかわらず、見通しを示す機関によって食い違いが発生するのはなぜでしょうか。ここに「脱炭素」をめぐる思惑の相違が浮かび上がってくると、筆者は考えています。

 IEAは脱炭素が進んでいることが一因で石油需要が減少していると考えている節があり、逆にOPECは脱炭素が徹底されていないことが一因で石油需要が増えていると考えている節があります。

 それぞれがそれぞれの思惑を見通しに反映させている可能性は否定できないと、筆者は考えています。それぞれのプロパガンダ(政治的意図を持った宣伝)の意味を含んでいると考えれば、見通しが食い違ったことを説明しやすくなるためです。

 9月26日に公表されたIEAのNZEシナリオはどうでしょうか。いくつも「大胆な」箇所があることについて、本レポートで述べました。そこにプロパガンダの意味はないと言い切れるでしょうか。

 西側が提唱した脱炭素はうまくいっている、今後も脱炭素はうまくいく、しかもエネルギー価格が大暴落する、お金を払うことで新興国・途上国への影響力を強めることができる…。筆者は現時点で、NZEシナリオからこうした西側の思惑を感じています。

 原油を含むエネルギーの価格が、NZEシナリオどおりに本当に大暴落するのか、道中でシナリオが修正されることはないのか、長期視点で同シナリオを見守っていきたいと思います。

 二酸化炭素の価格よりも原油価格が安くなった場合(同じ熱量で)、再び、石油の世界が到来する可能性もあるかもしれません。

[参考]エネルギー関連の投資商品例

国内株式

INPEX
出光興産

国内ETF・ETN

NNドバイ原油先物ブル
NF原油インデックス連動型上場
WTI原油価格連動型上場投信
NNドバイ原油先物ベア

外国株式

エクソン・モービル
シェブロン
オクシデンタル・ペトロリアム

海外ETF

iシェアーズ グローバル・エネルギー ETF
エネルギー・セレクト・セクター SPDR ファンド
グローバルX MLP
グローバルX URANIUM
ヴァンエック・ウラン原子力エネルギーETF

投資信託

UBS原油先物ファンド
米国エネルギー・ハイインカム・ファンド
シェール関連株オープン

海外先物

WTI原油(ミニあり)

CFD

WTI原油・ブレント原油・天然ガス