「日本化」が懸念される中国経済。8月の統計は予想を上回る持ち直し?
デフレ、少子化、不動産バブル崩壊…
かつて日本経済が陥った苦境に倣(なら)い、「日本化」(ジャパナイゼーション)という角度から、中国経済を巡る現状や先行きが議論、揶揄(やゆ)、懸念されるようになって一定期間がたちました。
今年年初に新型コロナウイルスの感染拡大を封じ込めるために取られた「ゼロコロナ」策が解除された後も、期待されたような景気回復が見られず、3年続いた「ゼロコロナ」が経済活動をどれだけ疲弊させたかが浮き彫りとなりました。
6月下旬、私は約3年半ぶりに中国本土に出張しましたが、面と向かって議論をした政府、市場関係者は皆口をそろえて、コロナ禍で疲弊した経済がもたらした影響力の大きさを口々に語っていました。一方、習近平政権にとっての目玉政策であった「ゼロコロナ」策を批判することはタブーであり、例えば、「ゼロコロナが中国経済に与えた負の遺産」といったテーマで研究、議論することはできない状況です。
私の見方では、中国国内で、ゼロコロナ策の影響が公に検証されることはないでしょう。共産党体制内部ではさまざまな角度や視点から検証される可能性はありますので、私なりに粘り強く追っていきたいと思っています。
中国国家統計局が9月15日に発表した8月(1~8月)の主要統計結果を、過去数カ月と比較しつつ、以下のように整理しました。
図3:2023年第2四半期以降の主な経済指標
8月 | 7月 | 6月 | 5月 | 4月 | |
---|---|---|---|---|---|
工業生産 | 4.5% | 3.7% | 4.4% | 3.5% | 5.6% |
小売売上高 | 4.6% | 2.5% | 3.1% | 12.7% | 18.4% |
固定資産投資 (1-8月) |
3.2% | 3.4% (1~7月) |
3.8% (1~6月) |
4.0% (1~5月) |
4.7% (1~4月) |
不動産開発投資 (1-8月) |
▲8.8% | ▲8.5% (1~7月) |
▲7.9% (1~6月) |
▲7.2% (1~5月) |
▲6.2% (1~4月) |
調査失業率(除く農村部) | 5.2% | 5.3% | 5.2% | 5.2% | 5.2% |
同25~59歳 | 4.1% | 4.1% | 4.2% | ||
同16~24歳 | 21.3% | 20.8% | 20.4% | ||
消費者物価指数(CPI) | 0.1% | ▲0.3% | 0.0% | 0.2% | 0.1% |
生産者物価指数(PPI) | ▲3.0% | ▲4.4% | ▲5.4% | ▲4.6% | ▲3.6% |
中国国家統計局の発表を基に作成。数字は前年同月(期)比、 ▲はマイナス |
工業生産が4.5%増、小売売上が前年同月比4.6%増となり、いずれも市場予想、および前月の伸び率を上回っています。市場関係者やチャイナウオッチャーの間では、夏休みを利用した外出需要や政府による景気刺激策などが一定程度功を奏し、景気回復を後押ししたという見方が出回っているようですが、そのような背景や原因に私も基本的に賛同します。
一方、中国政府は現状と先行きを決して楽観視していないようです。
9月15日、記者会見を開いた国家統計局の付凌暉報道官は次のように指摘しています。
「次の段階を見通すとき、国際環境は複雑かつ深刻で、世界経済は復興の原動力に欠ける。一国至上主義や保護主義も台頭しており、少なくない課題に直面している。国内経済の回復は市場における需要不足に直面しており、企業の生産や経営も困難に陥っている」
その上で、中央政府がこの期間施してきているマクロ政策が徐々にでも効果を生むようになれば、経済は持続的に回復していく見込みであるという見方を示しています。
例として、中国人民銀行は9月15日、銀行が同行に預ける必要のある預金の比率「預金準備率」を0.25%引き下げ、準備率は7.4%となりました。近年で準備率が最も高かった2011年のほぼ半分の水準になります。中央銀行として、銀行が手持ち資金を率先して企業に貸し出すのを促すことで、景気を下支えしていこうという中央政府の立場がにじみ出ています。
中央政府は引き続き、金融政策、財政政策、そして以下で扱う不動産支援策などを五月雨式に、小刻みに打ち出していくことでしょう。持続的な経済成長という意味では構造改革が不可欠であり、その点、大規模な景気支援策を打ち出すのには慎重になると私は見ています。
不振にあえぐ不動産市場。中国政府によるテコ入れは功を奏すか?
前項の図表で示したように、1~8月の固定資産投資は前年同期比3.2%増で、伸び率が下がる傾向にあります。中でも、不動産開発投資は同8.8%減となり、中国不動産市場が回復してきていない現状を物語っています。
国家統計局の付報道官は会見で、この期間の不動産市場について次のように指摘しています。
「今年に入って以来、経済社会が全面的に常態化運行を回復するに伴い、第1四半期の不動産市場はいくらか改善した。しかし、あらゆる影響を受け、第2四半期の不動産市場をめぐる売上、開発、建設は全体的に下降傾向を示した。8月の状況から見ると、不動産市場は依然として調整段階にあると言える。市場における売上と不動産投資は依然下降している。1~8月、住宅販売面積は前年同期比7.1%減、販売額は3.2%減、不動産開発投資は8.8%減となり、下げ幅が拡大しつつある」
現状は決して楽観的ではないという認識を中国当局も持っているということです。そんな中、7月下旬、中国の最高意思決定機関である中央政治局の会議で、新たな局面に差し掛かっている不動産市場に適応するための方針が打ち出され、8月下旬以降、各地方自治体が「認房不認貸」という市民たちの住宅購入を促すための対策を続々と発表し始めたのです。
「認房不認貸」とは、過去にローンを組み住宅を購入した場合でも、現時点における住居地に不動産を保有していなければ、1軒目購入という扱いで頭金の割合と金利の優遇を受けられる制度を指します。8月30日に広州市と深セン市が、9月1日には北京市と上海市がこの政策を正式に打ち出しています。9月10日までに24の都市がそれに続いており、直近では19日、山東省青島市がこの政策を発表しています。
具体的にどういうことかを見ていきましょう。9月2日、CCTV(中国中央電視台)が北京市をケースに次のように報じています。
北京市の規定によれば、普通住宅を一軒目として購入する場合の頭金は35%以上、非普通住宅(豪華な別荘など)の場合は40%以上。それが2軒目になると、それぞれ60%以上、80%以上に割合が上昇する。
600万元(約1億2,000万円)の普通住宅を例にすると、一軒目の場合は頭金が210万元(約4,200万円)、2軒目の場合は360万元(約7,200万円)ということになる。一軒目として扱われることで、頭金の割合がどれだけ下がるかが見て取れるだろう。
また、北京市で1軒目を購入する場合の金利は4.75%、2軒目は5.25%であるが、200万元(約4,000万円)のローンを25年で組む場合、1軒目か2軒目かによって、金利差は17万元(約340万円)以上となる。
CCTVという中国を代表する官製テレビが、今回の政策によって、市民が住宅を購入するに当たり従来と比べて顕著な優遇を受けられると宣伝している模様が見受けられます。
中国政府は毎月大中70都市の住宅価格の変動を発表していますが、8月、前月比で新築、中古で販売価格が上昇したのはそれぞれ17都市、3都市に(北京市、広州市、深セン市でそれぞれ0.2%減、0.3%減、0.6%減、上海市0.1%増)、前年同月比でも25都市、3都市にとどまっています。
政府が満を持して打ち出した「認房不認貸」政策は国民の住宅購入欲に火をつけるのか。9月の統計結果はそれを検証する上で重要になると思います。
若年層の失業率問題はどうなるのか?
景気回復が遅れる中国経済を巡り、不動産不況に並んで物議を醸していたのが、8月以降、若年層を含めた年齢別の失業率結果の発表を突然中止したことです。
前項の図表にもあるように、4月以降、16~24歳の調査ベースの失業率は20%以上で高止まりし、過去最高値を更新していました。そんな中の発表中止だっただけに、「何かやましいことでもあるのではないか」「真相を隠そうとしているのではないか」「自分に不都合な数値を発表しない。これだから中国は信用できない」といった声が中国内外で上がり、中国経済の不透明感に拍車をかけました。
そして、9月15日に発表された8月の主要経済統計にも、前月同様、若年層の失業率は含まれていませんでした。この点に関して、付報道官は次のように説明しています。
「年齢別の労働力データ状況に関して、国家統計局は現在深く研究している。新たな状況があれば、適宜対外公開する」
付報道官は続けます。
「歴史的に見ると、8月、若年層の雇用状況は全体的に改善する傾向にある。今年、我々の調査研究と一部部署が提供するデータから見ても、今年8月、若年層の雇用状況には顕著な改善が見られる。政府による雇用支援策が徐々に効果を発揮しているということだ」
国家統計局内部には、何らかのデータがある、ただそれを公表する段階にはないということでしょう。どこかのタイミングで公開する、というのは確かな立場だと思います。より踏み込んで言えば、どのタイミングで、どのような根拠をもって、どのような形態で、「中国経済低迷」の一根拠と見なされてきた若年層の失業率が再発表されるかは極めて重要であり、私自身、注意深くフォローしていきたいと思っています。
■著者・加藤嘉一が翻訳した新書『中国「軍事強国」への夢』が9/20(水)に発売。
本コンテンツは情報の提供を目的としており、投資その他の行動を勧誘する目的で、作成したものではありません。銘柄の選択、売買価格等の投資の最終決定は、お客様ご自身でご判断いただきますようお願いいたします。本コンテンツの情報は、弊社が信頼できると判断した情報源から入手したものですが、その情報源の確実性を保証したものではありません。本コンテンツの記載内容に関するご質問・ご照会等には一切お答え致しかねますので予めご了承お願い致します。また、本コンテンツの記載内容は、予告なしに変更することがあります。