通貨当局の口先介入、円高効果続かず

 先週のドル相場は、米長期金利の上昇に支えられて1ドル=147円台後半まで円安が進みました。この円安の動きに対して、為替政策の実務を取り仕切る財務省の神田真人財務官は6日午前、省内で記者団に「足元を見ると投機的な行動あるいはファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)では説明できない動きが見られており、高い緊張感を持って注視している」と述べました。

 また、「昨年に続いて今年も急激な変動が起こっている。こういった動きが続くようであれば、政府としてはあらゆる選択肢を排除せずに適切に対応する」と強調しました。

 為替相場はこの発言を受けてやや円高に反応したものの長続きせず再び円安が進行しました。その後、鈴木俊一財務相が8日の閣議後の記者会見で、「為替市場の動向を高い緊張感を持って注視し、過度な変動に対してはあらゆる選択肢を排除せず適切な対応を取りたい」と円安をけん制する発言をしました。この発言後、1ドル=147円台前半から146円台半ばまで円高が進みました。

 しかし、すぐに147円台後半に戻しました。鈴木財務相の発言によって、それまでに積み上げられた円売りポジションの巻き戻しが起こり、短時間で円高となりました。しかし、一時的に円高に動いただけで、その後の反発はドルの底堅さを印象付け、けん制発言だけでは効果がないことが確認された格好となりました。

 そして1ドル=147円台後半の水準で週を超えることになりました。

日銀総裁インタビューで早期のマイナス金利解除観測高まる

 ところが、週末9日(土)付の読売新聞に日本銀行の植田和男総裁インタビューが掲載されると、週明けは円高のギャップオープンとなりました。ギャップオープンとは、週末を挟んで報道されたニュースやイベントによって先週末の終値からかけ離れた水準で翌週の取引が始まることです。

 今回の場合、先週末の1ドル=147円台後半から、週明け11日のオセアニア外国為替市場では146円台で取引が始まり、円高へギャップ(格差)を付けてのオープンとなりました。

 マーケットが冷静になってくると、このギャップを埋める動きが出て、前週の終値の水準まで戻すことがよくあります。しかし、今回は戻りも弱く、東京外国為替市場が始まるころに1ドル=147円台前半に戻すのが精いっぱいでした。その後もドルの頭が重く、145円台まで円高ドル安が進みました。植田総裁のインタビューを受けて、市場は今後の日銀の動向に警戒しているようです。

 それでは、植田総裁は何を語ったのでしょうか。

 植田総裁は「賃金上昇を伴う持続的な物価上昇に確信が持てた段階になれば、(マイナス金利政策の解除を含め)いろいろなオプション(選択肢)がある」と述べ、現状は緩和的な金融環境を維持しつつも、解除の具体的な時期については「(来春の賃上げが)十分だと思える情報やデータが年末までにそろう可能性もゼロではない」と、年内にも判断できる材料が出そろう可能性があることを示唆しました。

 このインタビュー記事を受けて、週明け11日には、新発10年物国債の利回りが、2014年1月以来9年8カ月ぶりとなる0.705%まで上昇し、為替相場は1ドル=145円台を付けました。

 インタビューは驚く内容でした。日銀の政策修正について、これまで議論の焦点になっていたYCC(イールドカーブ・コントロール 長短金利操作)ではなくマイナス金利解除を話題に挙げ、しかも年内に判断できる可能性に言及したことから、早期のマイナス金利解除の思惑が一気に強まりました。

日銀が口先介入で円安抑制図った見方も

 また、読売の記事は6日(水)に日銀本店で単独インタビューを行ったとのことですが、報道は9日(土)に市場が閉まっている時に記事が掲載されたことから日銀が意図的に情報発信したのではないかとの見方があります。

 日銀は7月の金融政策決定会合でYCCの運用を柔軟化し、長期金利の上限を「0.5%」から「1.0%」に引き上げることを事実上容認しました。

 植田総裁はその会合後の記者会見でYCCの副作用として為替市場を意識したのか記者に問われ、為替はターゲットにしていないが、「副作用の話の中で金融市場のボラティリティ(変動)をなるべく抑えるという中に為替市場のボラティリティも含めて考えた」との説明がありました。

 日銀が今回、突然のマイナス金利解除を話題に出したことで円安の抑制に動いたと市場からみられてもおかしくはありません。

 6日の神田財務官、8日の鈴木財務相のそれぞれのけん制発言、そして9日の植田総裁のインタビュー記事によって、少なくとも円安の動きはいったんは抑制されました。  

 今回の円高は一時的なものなのか、方向を変えるものなのか見極める必要があります。次回の日銀金融政策決定会合(21~22日)の注目度が一気に高まりました。会合では日銀の総意として、マイナス金利解除の可能性や時期について触れるかどうか焦点です。それまでは積極的に円売りをしづらくなるかもしれません。

 ただ、インタビュー記事と同じような内容であった場合は、市場はマイナス金利が解除されても日米金利差への影響は少ないと冷静に捉える投資家も増え、円売りが再び始まるかもしれません。マイナス金利解除からさらに利上げを継続するような内容が示されれば、この見方も後退すると思われますが、どの程度踏み込んだ内容になるのか注目です。

米利上げ年内あるか五分五分、原油高騰で金利高長引く可能性も

 日銀会合の前に、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が開くFOMC(連邦公開市場委員会)が19~20日にあります。現状では利上げは見送り、11月か12月の年内会合での利上げがあるかどうか五分五分とする見方が大勢のようです。

 今週13日(日本時間13日午後9時半)に発表される米国8月CPI(消費者物価指数)によっては、その見方が変わるかもしれません。

 ただ、前年同月と比べたCPIの上昇率は、原油高に伴うガソリン価格高騰によって前月よりも2カ月連続の上昇予想となっていますが、食品とエネルギーを除いたコアCPIは2カ月連続の低下予想となっており、結果が発表されても判断が難しくなりそうです。相場も動きづらいかもしれないため注意が必要です。夏場以降の原油上昇がどの程度CPIに影響を与えているのか確認したいと思います。

 FRBは9月のFOMC後に3カ月に1度公開する利上げ予想を発表します。6月時点と大きく変わらなければ、日銀会合が控えていることから為替相場も円安ドル高に再び動き出すことはなさそうです。

 しかし、CPI上昇率の高止まりなどからタカ派的な金利見通し(例えば、2024年末の見通しが2023年末からの利下げ幅が前回見通しよりも縮小など)となれば、日銀会合前にドル高地合いが醸成されるかもしれないため注意する必要があります。

 また、日米の金融政策の決定会合に先立って、ECB(欧州中央銀行)理事会が14日に開催されます。ラガルド総裁は直近の講演会で、14日のECB理事会について利上げを継続するのか、見送るのか具体的に言及しませんでした。タカ派的であったラガルド総裁が慎重な言い回しになっていることから、ECB内部で意見が分かれているのかもしれません。

 ECB理事会の決定やその後の総裁会見がハト派的な内容となれば、ユーロ売りとなります。ユーロ売りは対ユーロでドル高と円高それぞれをけん引する両方の動きが起こるため注意が必要です。ユーロが対円で売られること(円高)により、円安ドル高を抑制する単純な動きになるかどうか見定めたいです。