「中央銀行」と金(ゴールド)市場の関係

 中央銀行(Central bank)は、通貨を発行したり、雇用と物価を調節するために金融政策を検討・決定したり、事態が急変した時のために外貨準備高を保有したりする、公的な金融機関です。「銀行の銀行」とも呼ばれます。例えば、日本の日本銀行、米国のFRB(連邦準備制度理事会)、EU(欧州連合)のECB(欧州中央銀行)が、その役割を担っています。

図:中央銀行による金(ゴールド)積上げ量(差引合計)の推移 単位:トン

出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者推計

 各国の中央銀行の多くが外貨準備高の一部として金(ゴールド)を保有しています。中央銀行が2023年第一四半期に積み上げた量(差引合計)は、金(ゴールド)の全需要の20%強に達しました(WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)のデータより)。このことは、中央銀行の動向が金(ゴールド)市場に大きな影響を与える存在であることを示しています。

 上のグラフのとおり、ウクライナで危機が勃発したり、米国で急速な利上げが行われたりした2022年の積上げ量(差引合計)は、統計史上最大となりました。リーマンショックが発生した2008年以降、大きな規模の積上げが続いていた中での出来事でした。

 金(ゴールド)市場に大きな影響を与える中央銀行の動向は、以下のとおり、筆者が提唱する七つのテーマの一つです(時間軸は中長期にあたる)。1970年代後半にさけばれた「有事の金(ゴールド)買い」は、今も健在ではあるものの、社会が複雑化したことを受け、複数の中の一つになっています(同様に、中央銀行も複数の中の一つ)。

図:近年の金(ゴールド)市場を取り巻く七つのテーマ(円建ては「ドル/円の変動」を追加

出所:筆者作成

 今どきの金(ゴールド)市場は、たった一つのテーマだけで説明できる、軽くて簡単な代物(しろもの)ではありません。七つ(円建ての場合は八つ)のテーマがもたらす上昇圧力と下落圧力、それぞれを同時に見渡す(俯瞰(ふかん)する)必要があります。「中央銀行」は、その一翼を担う、非常に重要なテーマなのです。

 今回のレポートでは、世界的な金(ゴールド)の調査機関であるWGCが毎年行っている「中央銀行調査」の結果(データ)をもとに、「中央銀行のリアル」に迫ります。中央銀行らの関心事は何か、何を根拠に金(ゴールド)を積上げているのか、今後、外貨準備高をどのように構築していこうと考えているのか、などをうかがい知ることができる、大変興味深いデータです。筆者の考察を交えながら、書き進めます。

中央銀行の関心事は一つではない

 WGCは、2018年から「中央銀行調査」を実施しています。YouGov(ユーガブ 英国に拠点を置く、オンラインを中心とした世界規模の調査機関。米大統領選や国を挙げた選挙などの際に世論調査を手掛けることもある)と協力したこの調査は、英語のほか、アラビア語、フランス語、ロシア語、スペイン語に翻訳され、行われているようです。

 2023年の調査は2月7日から4月7日に行われ、合計59の適格な回答が得られ(昨年は57)、全体、先進国、新興国に分けて結果が示されています(質問によっては回答数が59に満たないものもある)。59 の中央銀行のうち、22%が先進国、78%が新興国でした(先進国・新興国の分類はIMF(国際通貨基金)の定義による)。

 以下は、「外貨準備高管理の意思決定に関連するトピックは何ですか?」という質問の回答結果です。

 先進国、新興国ともに、「金利水準」「インフレ懸念」「地政学的リスク」が高くなりました。これらは、ウクライナ危機が勃発したり、急速な金利引き上げが見られたりした昨年の調査でも上位三位を占めました。

 自国と他国の金利差、コモディティ(国際商品)価格が高止まりしてインフレが残っていること、危機が沈静化せずリスクが高い状態が続いていることが、昨年から続く、中央銀行全体の大きなテーマであるようです(遠近あれども、いずれもウクライナ危機がきっかけ)。

 先進国と新興国とで、考えが割れた選択肢もありました。「ESG(環境、社会、企業統治)への課題」は、回答した先進国の中央銀行の69%が選択しましたが、新興国の中央銀行は33%にとどまりました。また、「世界経済のパワーシフト」「パンデミックへの懸念」は、先進国の割合が低く、新興国の割合が高くなりました。

図:外貨準備高管理の意思決定に関連するトピックは何ですか?(2023年)(複数回答可)

出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

 当該質問の結果は、先進国と新興国それぞれの、置かれている状況や重視している事柄、思想が異なることを示しているとも、言えそうです。

異なる意図で金(ゴールド)を保有する

 先進国と新興国の関心事の差は、金(ゴールド)を保有する際の動機にも表れています。以下は、「金(ゴールド)保有時の意思決定に関連するトピックは何ですか?」という質問の回答結果です。

 全体的には、「歴史的地位」、「危機時のパフォーマンス」、「長期的な価値の貯蔵/インフレヘッジ」、「効果的なポートフォリオの分散化」などが高くなりましたが、先進国と新興国とで、トピックごとに差が生じていることがわかります。

図:金(ゴールド)保有時の意思決定に関連するトピックは何ですか?(2023年)(複数回答可)

出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

「歴史的地位」については、回答した先進国の中央銀行全て(100%)が選択しましたが、新興国は三分の二強の69%にとどまりました。また、当該選択肢以外は全て、新興国の割合が先進国よりも高くなりました。

 新興国の中央銀行は、金(ゴールド)に対し、危機時でもパフォーマンスが上がる、長期的な価値保全・インフレヘッジに効果を発揮する、効率的なポートフォリオ構築に役立つ、デフォルトしない、流動性が高い、政治リスクを低減するなどを、期待しているようです。

 こうした結果から、同じ金(ゴールド)であっても、先進国の中央銀行は「伝統的資産」として認識、新興国の中央銀行は「戦略的資産」として認識していると、考えられます。

 金融工学が発達し、さまざまな金融商品や運用の形態が出現する中にあって、先進国の中央銀行は金(ゴールド)を、(非伝統的資産の対極にある)「伝統的資産」と位置付けていると考えられます。

 一方、新興国の中央銀行は、自国および周辺国の政治経済や通貨動向などに不安定さがあることを意識してか、自国を守るための「戦略的資産」として金(ゴールド)を保有していると考えられます(下位ではあるが、「制裁への懸念」「脱ドル政策の一環」なども選択されている)。

 上記をまとめれば、先進国の中央銀行は「伝統的資産」として金(ゴールド)を保有することで保有資産全体を整えることを目指し、新興国の中央銀行は「戦略的資産」として保有することで不安定さを低減・解消することを目指していると、考えられます。

中央銀行の多くが、米ドル保有は減ると考えている

 異なる意図を持ち、外貨準備高を管理したり、その中にある金(ゴールド)を保有したりしている先進国と新興国の中央銀行ですが、当該調査では今後の方針を問う質問もなされました。

図:中央銀行全体の外貨準備高(外貨と金(ゴールド))の構成比率(2022年第3四半期末)

出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

 上のグラフを示した上で、5年後、米ドル、ユーロ、金(ゴールド)、人民元の割合がどの程度になると思うかについて質問がなされました。結果は以下のとおりです(米ドルと金(ゴールド)のみ記載)。

 以下は「米ドル(現在の保有比率51%)」についてです。先進国、新興国ともに、多くがドルの保有比率は低下すると回答しました(先進国と新興国合わせて55%が低下するとした。昨年は42%だった)。

図:5年後、中央銀行の米ドルの保有比率(現在51%)はどうなると思いますか?

出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

 先進国の中央銀行の半分弱(46%)、新興国の中央銀行の半分強(51%)が、5年後、ドルの保有比率が低下すると考えています。抜粋されたコメントの要旨は以下です。

・グローバルな舞台で他国の重要性が増す中、対米投資は現在より若干減少するだろう。
・過去数十年、準備通貨を多様化させ、米ドルへの依存度を下げることが主流だった。
・多くの中央銀行は、金(ゴールド)だけでなく、ユーロ、円、人民元などの保有を増やすことで、外貨準備高の多様化を積極的に進めてきた。
・米ドルは依然として基軸通貨として支配的である。

一方、金(ゴールド)保有は増えると考えている

 以下は「金(ゴールド)(現在の保有比率15%)」についてです。先進国、新興国ともに、多くが金(ゴールド)の保有比率は上昇すると回答しました(先進国と新興国合わせて62%が上昇するとした。昨年は46%だった)。

図:5年後、中央銀行の金(ゴールド)の保有比率(現在15%)はどうなると思いますか?

出所:WGC(ワールド・ゴールド・カウンシル)の資料をもとに筆者作成

  先進国の中央銀行の四割弱(38%)、新興国の中央銀行の六割強(64%)が、5年後、金(ゴールド)の保有比率が上昇すると考えています。抜粋されたコメントの要旨は以下です。

・現在のリスクシナリオは、金(ゴールド)のような比較的安定した資産の増加を示唆する。
・金(ゴールド)は歴史的に、不確実性の高い時期に比較的安定した資産とみなされてきた。
・一部の中央銀行はリスクに対する保険として金(ゴールド)の保有を増やす可能性がある。
・ここ数年、金(ゴールド)準備を積極的に増やしている国がある。
・主要中央銀行による金融引き締めによって、先進国の金利/利回りは高止まりする。
・中期的には金(ゴールド)の準備高は若干減少すると見ている。

 先述のとおり、「中央銀行」は、金(ゴールド)市場を取り巻く七つのテーマの一つです。時間軸は「中長期」です。WGCの調査結果は、金(ゴールド)市場に、5年という長期視点の、「中央銀行」起因の上昇圧力がかかることを示唆していると、筆者は考えています。長期視点の投資が可能な金(ゴールド)に、注目ください。

[参考]貴金属関連の具体的な投資商品例

長期:

・純金積立(当社ではクレジットカード決済で購入可能)
純金積立・スポット購入

・投資信託(当社ではクレジットカード決済、楽天ポイントで購入可能)
ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
三菱UFJ 純金ファンド

中期:

・関連ETF
SPDRゴールド・シェア(1326)
NF金価格連動型上場投資信託(1328)
純金上場信託(金の果実)(1540)
NN金先物ダブルブルETN(2036)
NN金先物ベアETN(2037)
SPDR ゴールド・ミニシェアーズ・トラスト(GLDM)
iシェアーズ ゴールド・トラスト(IAU)
ヴァンエック・金鉱株ETF(GDX)

・関連個別株
バリック・ゴールド(GOLD)
アングロゴールド・アシャンティ(AU)
アグニコ・イーグル・マインズ(AEM)
フランコネバダ・コーポレーション(FNV)
ゴールド・フィールズ(GFI)

短期:

・商品先物
国内商品先物
海外商品先物

・CFD
商品CFD