岸田総理が地元ヒロシマでG7サミットを主催
日本の岸田文雄総理が、5月19~21日、地元広島で主要7カ国首脳会議(G7広島サミット)を主催しました。G7の議長というのは、文字通り7年に1回しか回って来ませんから、2023年に議長国を務めることになった日本としては、あらゆる手を使って自国の立場や主張を国内外に向けて発信する機会となります。
G7メンバーである米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア以外に、豪州、ブラジル、コモロ、クック諸島、インド、インドネシア、韓国、ベトナムおよびEU(欧州連合)の首脳が招かれ、「G7拡大版会議」に参加しました。開放的で、包容性のあるG7が国際社会を引っ張っていくという政治的意思が示されました。
開催直前、国内で債務上限問題に苦しむ米国のバイデン大統領が、広島に来られず、オンラインでの出席になるかもしれないと物議を醸しました。第二次世界大戦中、原子爆弾投下の被害に遭ったヒロシマで開催されるG7サミットに、それを投下した張本人である米国の大統領が姿を見せないのであれば、G7広島サミットの意義、国際社会への発信力、G7の団結力とリーダーシップは半減してしまうところでした。バイデン大統領が無事来日したことに、岸田総理以下、日本政府関係者は胸をなでおろしたことでしょう。
ウクライナでは依然としてロシアによる軍事侵攻が続いています。そんな中、平和のシンボルである広島で「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」、「ウクライナに関するG7首脳声明」といった文書が発表され、かつウクライナのゼレンスキー大統領が訪日、平和記念公園を訪れ、原爆死没者慰霊碑に献花した歴史的意義はとてつもなく大きいと思います。会見で、同大統領は、平和記念資料館で見た原爆投下後の広島の写真に今のウクライナ・バフムートの惨状を連想し、広島が復興したようにウクライナも必ず復興すると主張しました。
一方、ロシアが今回のG7広島サミットをどう受け止めたかは不透明であり、反発するプーチン大統領が暴発しないとも限りません。最悪の事態はロシアによる核使用です。サミット閉幕直後となる23、24の両日、ロシアのミシュスチン首相は中国を訪問。滞在中、習近平国家主席らと会談し、G7への対抗という観点から中ロの結束を強化しようとしました。
ウクライナ戦争はいつ終わるか、国際社会はどれだけロシアの暴走を食い止めることができるか、といった観点からも、中国の動きは極めて重要であり、注視していく必要があります。
「G7広島首脳コミュニケ」は中国を名指しでけん制、「遠慮」もちらつかす
さて、そんな中国はサミットをどう受け止めたのでしょうか。中国はG7のメンバーではなく、今回のサミットに招かれてもいません。インド、ブラジルといったBRICs諸国が招かれた事実を考えると、心中穏やかではなかったでしょう。中国は、「G7ではなく、G20こそが国際社会をより広範に代表できる」と主張していますから、G7に招かれたいという立場ではないでしょう。ただ、中国が「米国の覇権に対抗する」という観点から巻き込みたいと考える新興国が、G7の場に集まったという事実に、懸念を示しているのが実際のところだと思います。
私が見る限り、中国は「日本が主催する今回のG7サミットは、史上最も中国に対して厳しいスタンスを取るだろう」(中国政府関係者)との警戒感をあらわにしていました。日本はG7唯一のアジアの国ですし、この地域で開催されるサミットであれば、アジアにおける安全保障や地政学的課題を巡る提起や議論が増えるのは自然な帰結です。中国は、G7が自らの世界観、価値観に立脚し、自由、民主主義、法の支配といった観点から、自由で開かれたインド太平洋地域という文脈で中国の意図や動向を批判してくる局面を嫌がったのです。
実際に、「G7広島首脳コミュニケ」では、中国が名指しでけん制・批判されています。少し長くなりますが、いずれも重要なので、主な個所を以下に引用します(途中省略箇所あり)。
・中国に率直に関与し、我々の懸念を中国に直接表明することの重要性を認識しつつ、中国と建設的かつ安定的な関係を構築する用意がある…グローバルな課題及び共通の関心分野において、国際社会における中国の役割と経済規模に鑑み、中国と協力する必要がある。
・我々の政策方針は、中国を害することを目的としておらず、中国の経済的進歩及び発展を妨げようともしていない。成長する中国が、国際的なルールに従って振る舞うことは、世界の関心事項である。我々は、デカップリング又は内向き志向にはならない。同時に、経済的強靱性にはデリスキング及び多様化が必要であることを認識する。自国の経済の活力に投資するため、個別に又は共同で措置をとる。重要なサプライチェーンにおける過度な依存を低減する。
・中国との持続可能な経済関係を可能にし、国際貿易体制を強化するため、我々の労働者及び企業のための公平な競争条件を求める。世界経済を歪める中国の非市場的政策及び慣行がもたらす課題に対処することを追求する。不当な技術移転やデータ開示などの悪意のある慣行に対抗する。経済的威圧に対する強靱性を促進する。また、国家安全保障を脅かすために使用され得る先端技術を、貿易及び投資を不当に制限することなく保護する必要性を認識する。
・引き続き、東シナ海及び南シナ海における状況について深刻に懸念している。力又は威圧によるいかなる一方的な現状変更の試みにも強く反対する。
・国際社会の安全と繁栄に不可欠な台湾海峡の平和と安定の重要性を再確認する。台湾に関するG7メンバーの基本的な立場(表明された「一つの中国政策」を含む)に変更はない。両岸問題の平和的解決を促す。
・強制労働が我々にとって大きな懸念事項となっているチベットや新疆ウイグルにおけるものを含め、中国の人権状況について懸念を表明し続ける。中国に対し、香港における権利、自由及び高度な自治権を規定する英中共同声明及び基本法の下での自らのコミットメントを果たすよう求める。
・中国に対し、ロシアが軍事的侵略を停止し、即時に、完全に、かつ無条件に軍隊をウクライナから撤退させるよう圧力をかけることを求める。中国に対し、ウクライナとの直接対話を通じることも含め、領土一体性及び国連憲章の原則及び目的に基づく包括的、公正かつ永続的な平和を支持するよう促す。
他国の国家安全保障に危害を加える中国の経済的威圧、拡張的な海洋政策、台湾問題、新疆ウイグルや香港における人権問題、ウクライナ戦争におけるロシア支援など、西側を中心に国際社会が抱いている中国の行動に対する懸念事項が網羅されています。中国は当然嫌がるでしょう、「G7は中国を議論する場ではないはずだ」と。
一方、私がこのコミュニケを読んで思ったのは、G7の総意として、相当程度中国に遠慮しているという現実が浮き彫りになったことです。中国に対して言うことは言う、というのは当たり前で、それ自体を冒頭で明記した意味は大きいですが、「デカップリング又は内向き志向にはならない」、「協力する用意がある」といった表記には、諸国間で温度差はあるものの、地域共同体として「デリスキング」を主張するEUの意向が強く反映され、議長国である日本もそれを尊重したということでしょう。
G7サミット終了後、中国政府は外交部報道官の名義で、「G7は口では平和、安定、繁栄した世界と高らかに言っているが、実際は世界の平和を阻害し、地域の安定を損害するもので、国際的に信用のかけらもない。恣意的に中国を議題に上げ、中国に泥を塗り、攻撃し、中国の内政に荒々しく干渉するものだ」として、議長国である日本に「厳正なる申し入れ」を行っています。中国外交部の次官が日本の駐中大使を呼び出して抗議もしています。
G7メンバーと中国との関係は、経済的往来、ビジネス協力を維持しつつも、国家安全、価値観、地政学、先端技術、人権といった分野では緊張関係が続くことでしょう。
懸念される中国当局から日本企業への報復措置。高まる邦人拘束リスク
そんな中、私が心底懸念しているのが、今回のG7サミットで議長国を務めた日本の対中ビジネスが、日本への報復措置を狙う中国政府によって阻害される事態です。
コミュニケに含まれる次のセンテンスを見てみましょう。
・我々は、中国に対し、外交関係に関するウィーン条約及び領事関係に関するウィーン条約に基づく義務に従って行動するよう、また、我々のコミュニティの安全と安心、民主的制度の健全性及び経済的繁栄を損なうことを目的とした、干渉行為を実施しないよう求める。
想起されるのは「邦人拘束リスク」です。3月下旬、日本の製薬会社幹部が赴任を終えた帰国間際に北京で拘束され、現在に至るまで釈放されていません。中国が2014年に「反スパイ法」を施行して以降、計17人の邦人が拘束され、うち9人に実刑判決が下っています。
邦人がなぜ拘束されるのか、に関してここでは深入りしませんが、軽視できない要素の一つが、中国政府が日本の対中政策に不満を持てば持つほど、中国における邦人が拘束される、日本企業が嫌がらせを受けるリスクが高まるという定律です。これは現実問題として、日本経済を取り巻く不都合な真実として横たわっているのです。米中対立、経済安全保障、ウクライナ戦争、台湾問題など日本と中国の関係に深く影響する地政学・地経学的課題は山積し、今回のG7広島サミットを経て、それらはさらに顕在化するのが必至です。
中国とビジネスをする企業だけでなく、日本経済、もっと言えば、日本の安全と繁栄という国益全体に直結する問題として、正視しなければならないと切に思います。
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