※本記事は2021年2月24日に公開したものです。

米国で流行する資産管理法

 ここ数年、「ゴールベース・アプローチ」(Goal Based Approach)という言葉をしばしば耳にするようになった。

 ゴールベース・アプローチは、顧客が将来達成したい人生のゴールに合わせた資産管理の方法を提案するサービスだとされている。ある程度以上の富裕層顧客が対象だが、将来の事業のあり方、事業の承継、子どもの教育、社会貢献といった多方面に亘る、顧客が「将来達成したいゴール」のためにどうしたらいいかという観点から、資産管理のサービスを提供する。「顧客の人生に伴走するような」サービスだと表現されることもある。米国での具体的なビジネス形態は、ラップ運用が中心だ。

 富裕層に限らないが、人は人生にあって「出来れば達成したい」と思う目標をあれこれ思い浮かべる。その目標を達成するために、どのようなお金の準備をしたらいいのかを教えて貰えるとしたら、それが魅力的なサービスだと思う人が少なくあるまい。

 人生の目標を達成するために重要なのはお金ばかりではなく、ビジネス・教育・不動産などに関する情報もあるだろうし、おそらく税金の問題が相当に大事だろう。こうした諸問題について、総合的にコンサルティングしてくれるサービスには少なからぬ価値がある。単に「儲かりますよ。やってみませんか」と勧める営業のアプローチよりも有り難いと感じる人は少なくあるまい。いかにも「顧客本位」のアプローチに聞こえる。ゴールベース・アプローチを顧客にとって有意義で先進的なサービスだとして肯定的に紹介する書籍もある。

「ゴール」は運用方法に関係しない

 さて、耳触りのいいゴールベース・アプローチなのだが、本当に意味はあるのか。

 例えば、10年後に支出したいと思う、子どもの教育費と、社会貢献のための寄付のお金とを作るに当たって、資産運用はどう関係するのか。

 子どもの教育費は是非必要なのでお金が足りなくなるようなリスクを取りたくないかも知れない。一方、寄付のためのお金はその時になって余裕がなければ支出しなくてもいいかも知れない。それぞれを別の原資から支出すると考えるなら、原資となるお金の運用方法は異なるかも知れない。

 しかし、10年後に意識する支出が、「子どもの教育費」であっても「社会貢献の寄付」であっても、(1)その時にあるお金の使い方にその時に優先度を付けたらいいのだし、(2)その時までの運用をなるべく上手くやっておくといいのだし、(3)原資となるお金を別々に管理して運用する必要は全くない。

「ゴール」となる資金の使途と資金の運用方法との間に関係を設定する必要は殆ど考えられない。

 どうしても何かを想像するなら、例えば、将来不動産を取得することが必須だとして、そのための運用には、将来の不動産価格の変動をヘッジする必要があるとした場合に、REIT(不動産投資信託)で運用することが適切になるかも知れない。しかし、これはいかにも作りものの例であって、実際には、将来の支出先の大半が不動産だということは稀だろうし、そもそもお金を効率よく増やすことができたら、運用手段はREITでなくても全く構わない。

 将来のお金の使い道と、そのためのお金の運用方法に関係があると考えるのは、余計な思い込みなのである。

営業話法としてのゴールベース・アプローチ

 一言で言って、ゴールベース・アプローチは、金融機関の営業マンが使う単なる「営業話法」の一つに過ぎない。金融先進国の米国で流行しているからと言って、優れた資産運用の方法では全くない。投資家の側では一切相手にしなくていい。

 しかし、金融機関の側から見ると、この営業話法はなかなかよく出来ている。

 先ず、顧客が将来自分のやりたいことをイメージして、そのイメージと金融的なサービスとを関連付けてくれることは、営業する側から見て悪くない。顧客は、自分の夢を否定したくないし、夢と関連付けられている金融サービスに好印象を持つ可能性が大きい。「お客様の夢をかなえるための方法を、ご一緒に考えたいと思います」と言われると悪い印象を持たないだろう。

 売るべき商品が「運用サービス」でなくても、生命保険、不動産、自動車といった顧客にとって大きな支出になるものであれば、顧客の人生の夢に寄り添うという名目の営業話法は普遍的に有力なやり方なのかも知れない。

 加えて、顧客に将来の夢のあれこれを語らせると、金融機関側では顧客に関する情報を豊富に得ることが出来る。例えば、顧客の家族の資産の状況や、不動産取得のニーズなど、別のビジネスにつながる情報が手に入る可能性が大きい。

 人生にあって、専門家に相談したい問題がしばしばあるのは現実だ。ビジネス、家族関係、健康、教育、税金など様々な問題がある。しかし、これらの問題を「お金」加えてその「運用方法」と結びつけて考えることは全く余計だ。

 顧客の側では、個々のテーマに応じて、コンサルタント、税理士、医師、心理カウンセラー、などに費用を払って相談するのがいい。

人生相談の費用を資産運用で払うな

 ゴールベース・アプローチと名乗るか否かは別としても、今後、対面のリテール金融営業はゴールベース・アプローチ的な方向に変化することが予想される。顧客の人生にまとわりつくような営業アプローチが展開されるだろう。だが、「顧客の人生に伴走する」というお題目は、営業マンが「いつまでもつきまとう」ということの言い換えに過ぎない。

 資産の額にもよるが、人生相談の費用を金融資産運用の手数料から支払うのは全く馬鹿馬鹿しい。資産運用を、将来の夢と関連付ける必要はない。運用はシンプルで効率的な方法を淡々と自分で実行するといい。

 米国で流行っているものが、顧客にとっていいものだとは限らない。ゴールベース・アプローチのようなものを有り難がるのは止めておこう。

【コメント】

 殆どが米国発のものを輸入してありがたがるパターンだが、新しいサービスや商品、コンセプトなどを批判する時、それを実際の商売の種にしている金融マン(しばしば知り合いである)がいることに胸が痛むのだが、この「ゴールベース・アプローチ」もその類いのものの一つだ。このアプローチの勉強会を催したり、実際に顧客にこの言葉を売り込んでいる人物が、残念ながら今も存在する。

 ゴールベース・アプローチ自体は、例えば「ALM(アセット・ライアビリティ・マネジメント)」のように定義と手法が確立されている「体系的手法」というよりは、この言葉で括ることが出来る富裕層向けの「営業話法」全般がその実態だと筆者は考えている。そして、営業話法として考えた時、「売り手側から見て」これはよくできている。即ち、金融の世界では「買い手側では要注意」であることを意味する。

 米国では、富裕層顧客から資産をラップ運用の形で預かってフィーを取りながら、ファイナンシャル・アドバイザーが顧客の人生に「伴走するように」コンサルティング的なトークを繰り出す形でビジネスが行われているようで、それなりに利用されているようだ。だが、実態は、ありがたい「伴走」というよりは、金融セールスマンに「つきまとわれている」だけであり、本文にも書いたように「人生相談の対価を資産運用の手数料で払う」ような馬鹿げた支出になっていることが少なくない。

 わが国でよくある「ファンド・ラップ」はその高すぎる手数料を金融庁がしばしば問題にするような「要注意サービス」だし、投資顧問的に資産を預かるサービスも「資産残高ベースのフィーは、情報サービスへの対価として高すぎて不適切」なので、お勧めしにくい。まして、顧客に対して「米国で最先端のゴールベース・アプローチです」と言って売り込むようなセールスマンの金融センスには問題があると思う。

「ゴールベース・アプローチ」を警戒せよ、という結論は全く揺るがない。もう一歩進めて、「ゴールベース・アプローチ」に釣られることを恥だと思え、と申し上げておく。(2023年5月2日 山崎元)