資産形成の正解は人それぞれですが、一方で、多くの人が失敗してしまう考え方や、やり方があるようです。このシリーズでは、資産形成を始める人が陥りがちな失敗事例を取り上げ、やってはいけない行動をわかりやすく解説します。
お悩み
投資をしたいが損をしたくない、でも預金はもったいない気がする
畠山征治さん(仮名)会社員・60歳(既婚、配偶者は専業主婦、子どもはすでに独立)
畠山さんは、これまで投資に関してあまり興味を持ってきませんでした。仕事も実直にこなし、長年勤めた会社で昇給・昇格をすることで収入を増やしました。妻が家計を管理してくれたことで貯蓄もしっかりすることができ、子どもも社会人として働きだしました。そして、そろそろ定年が近づいてきたことを実感していました。
ちょうど60歳になって還暦を迎えたこともあり、老後について、金融機関に相談に行ってみました。そこで老後のライフプランや資産運用について話を聞くことになり、投資で少しでも貯蓄を増やすことで、20年後の自分の資産が大きく変わることに気づいたのです。
とはいえ、それは投資がうまくいったシミュレーションであり、うまくいかない場合は資産が目減りすることも当然あります。年間5%とまでは望まないが、安定的に1%の運用利回りを得ることができればいいのに…と悩み始めました。
そんな時に元本確保をしつつ、年間1%程度の利回りが期待できるという「債券持ち切り型投信」の話を聞きました。畠山さんは強い関心を持ち、「これで老後は安心だ」と預金の中から投資をすることに決めました。
債券持ち切り型投信は、本当に畠山さんが望んでいる商品といえるのでしょうか?
預金から債券持ち切り型投信へ投資する人が増えている?
「債券持ち切り型投信」とは、国内外の社債などに投資し、その償還まで保有(持ち切る)ことで安定した成果を狙う、元本確保型ファンドの一つです。株式投資のように大きな値上がりや長期的な資産形成を目指した商品ではなく、年間1%程度のリターンを安定的に狙うことを目的としたものが多いようです。
債券持ち切り型投信は、基本的に外貨建て債券だけで運用されており、日本円建ての債券よりも、比較的利回りの高い債券で運用されていることが多いのですが、為替ヘッジ(為替リスクを回避するために、外貨先物取引やオプション取引)を行うことで、為替変動リスクを軽減しています。
また5年、10年など満期が設定されており、初めからその期間だけの運用とすることで、元本確保をしつつ利息収入を得るような仕組みとなっています。これは、債券が満期時にはあらかじめ決められた元本が返ってくる商品であることで成り立っています。
商品の仕組み上、いつでも購入できるわけではなく、新規設定前の募集期間中に申し込んだ方のみが購入できるようになっており、基本的に満期まで保有する前提での商品となっています。
「安定した運用成果」「満期まで保有するだけ」「値動きを気にしなくて良い」などの理由により、以前なら預貯金や、円建て保険に投資するような資金から「債券持ち切り型投信」へ投資する人が増えているようです。
債券投資で安定運用できたとしても良い投資とは限らない
債券投資といってもローリスク・ローリターンの投資対象だけではなく、ハイリスク・ハイリターンな商品もあります。ただ一般的な債券であれば株式に比べると、リターンは下がるもののリスクも低くなりますので、比較的安定的な運用といえるでしょう。
ただし、「債券を発行する国や企業の信用リスク」「市場金利の変化によって債券価格が動く金利リスク」「外貨建て債券など通貨の変動による為替リスク」は、しっかり確認することが必要です。
- 信用リスク:債券は相手(発行体)にお金を貸すことで利息を受け取り、満期時には、当初決められた元本を支払ってもらう取引です。そのため、相手がきちんと元本や利息を支払ってくれるかどうか、信用できる相手かどうかが、最も重要です。この信用に対するリスクを「信用リスク」といいます。
- 金利リスク:債券が新規発行され、満期償還をむかえるまで、日々価格は動いています。その債券価格が、金利変動の影響によって値上がりや値下がりするリスクを「金利リスク」といいます。
- 為替変動リスク:外貨建て資産を購入した場合に、為替相場の変動によって資産の円評価額が上がったり(円安)、下がったり(円高)するリスクを「為替リスク」といいます。
たとえ債券であっても、発行体の信用度が低い場合は、高いリターンの代わりにリスクも高くなります。金融政策によって利上げや利下げが行われれば、市場金利も大きく動き、特に満期までの残存年数が長い債券であればあるほど、まるでシーソーのように債券価格は大きく動きます。
また、為替に関するリスク検討も重要です。世界の主要通貨である米ドルであっても、値動きが小さいわけではありませんし、新興国通貨など国によっては、10年で10分の1ほどにまで価値が下がることや、国の経済が破綻していることもあります。こうしたリスクを軽減するために、投資信託のように分散投資をすることはとても有効です。
安定運用を押し出す「債券持ち切り型投信」は、コストを引いても年1%程度が期待できるという説明がされがちですが、「期待できる」という説明は運用利回りを確約するものではありません。
元本確保と呼ばれている債券持ち切り型投信にも、注意するべき点がありますので、今回はその内容と理由についてお伝えしたいと思います。
やってはいけない債券持ち切り型投信1:コストのわりにパフォーマンスが低い
債券持ち切り型投信の例として、格付けが低めで満期の短い(2~3年程度)外国債券へ分散投資を行いつつ、為替ヘッジを行うことで為替リスクを抑えて安定運用を狙うという仕組みです。
代表的な債券持ち切り型投信は、購入時に手数料が0.1~0.5%程度、運用中の費用は年間0.7%程度かかり、途中解約すると信託財産留保額が0.3~0.5%程度、引かれます。
そして、忘れやすいのが、為替リスクを軽減するための為替ヘッジの費用です。
為替ヘッジの費用は、単純計算で「相手国の短期金利-日本の短期金利」と想定されます。
2022年以降の世界的な利上げ局面では、投資資産全てに為替ヘッジをするとなると、3%以上のコストがかかっていても不思議ではありません。為替ヘッジのコストは変動するため、正確なコストは1カ月程度遅れて発行される運用レポートを見なければわかりません。
運用にかかる手数料の合計が高くなれば、投資する債券の利回りは、それ以上でなければ意味がありません。つまり、低格付けの債券を中心に投資をすることで高い利回りを得るか、為替ヘッジを投資資産と同額ではなく、ある程度に収めた上で為替リスクを受け入れて投資をするかが想定されます。
高いコストを支払うわりに狙うリターンが低いのであれば、コスパが悪いと言わざるを得ません。わずか1%の期待リターンのために預金のような、元本の安全性が高く、また現金への流動性も高い資産で投資をする必要はあるのでしょうか? 「手元にある現金が多い」というメリットもぜひ比較した上で、検討してほしいところです。
やってはいけない債券持ち切り型投信2:途中解約するともちろん時価評価
元本確保を狙った債券持ち切り型投信であっても、基本的には途中換金すれば元本割れのリスクがあります。もちろん購入時のタイミングが良ければ値上がっている可能性もあります。ここで注意する点は、必ず「満期保有」を前提に投資をすることです。
満期までの期間にどのような価格推移をするかはわかりません。仕組み上は満期まで保有すれば元本は確保されるはずです。つまり途中換金する可能性がある資金では、債券持ち切り型投信に投資をしてはいけないということです。
もちろん購入後に値下がっていることもあれば、値上がっていることもあるはずです。購入後に取るべき投資戦略は、値下がっているなら満期まで様子見をしましょう。もし、思わぬ値上がりをしている場合は、途中換金も検討しても良いでしょう。
投資している資産が債券だからといって、放置して良いわけではありません。株式投資のように日々大きく動くわけではありませんが、思わぬ値上がりをしていれば、短期間で期待していたリターンを得られるかもしれません。どんな投資であっても、定期的に状況を確認することは必要です。
やってはいけない債券持ち切り型投信3:通常の債券投資と比較すること
債券持ち切り型投信を購入した人の多くは、円建て債券を分散投資したようなイメージを持って投資している人が多いようです。確かに為替ヘッジをすることで為替リスクを軽減した外貨建て債券への投資は、そのようなイメージになると思います。
費用を支払ってでもリスクを軽減するという戦略は、安定運用を目指す上ではとても理にかなっているように思えますが、本当にそうでしょうか?
為替リスクがあるといっても必ず損をするわけではなく、円安になれば、円評価額では資産が増えることになります。これは、日本円以外に(例えば米ドル建て債券など)外貨建ての資産を持つことで日本円の評価が落ちる(円安になる)ことへの、資産の目減りを防ぐ投資とも言えますし、高い利息を受け取ること自体が、為替リスクへの備えとも言えるでしょう。
また格付けの低い債券への投資なら、もし発行体が債務不履行となっても、銘柄を分散することで損失を軽減することが期待できます。ただし、それは満期まで2~3年の債券で、そこまで気にすることなのでしょうか? もちろんこうした信用リスクを甘く見てはいけませんが、ただ単純に分散すればいいというわけでもありません。
投資においてリスクとはただ単純に軽減したり、避けたりすれば良いというものではありません。預貯金だけの資産であっても、インフレや円安によって、相対的に資産が目減りすることもあります。自分の投資知識や経験、投資する資金で許容できる適切なリスクは、資産を増やすことにもつながります。ただし、許容できないリスクを取らないことは徹底しておきましょう。
安定運用という言葉で安心せずに商品を理解しよう
商品性で安定運用を目指すよりも適切なリスクリターンを目指そう
安定運用を投資目的とする人には、投資知識や経験が少ないがゆえに、とにかく投資成果がはっきりしている運用を目指し、リスクのない投資を探しがちです。
しかし、リスクがない投資商品はありません。リスクを完全に回避しようとするのではなく、自分の許容できるリスクを理解し、うまくリスクと付き合いながら投資をすることが大切です。
もし、少しでもリスクのある投資をしたくないというのであれば、「投資をしない」という選択も考えられます。自分に合わない投資をしても、日々の値動きなどでストレス過多になるかもしれません。
そして資産運用や投資商品の基本的な仕組みや考え方を知ることで、金融知識の基礎を身につけ、自分にあった投資やリスクを理解するべきでしょう。
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