インデックスファンドの信託報酬率引き下げ競争

 インデックスファンドの信託報酬率の引き下げ競争が話題を呼んでいる。筆者は2018年のつみたてNISAの導入の影響が大きかったと感じているが、投資家にとって基本的に「いいこと」である。

 ただ、競争の単位がだんだん細かくなってくると、「その比較に、実際上の意味があるのか」と問いたくなってくることがある。意見を言うのは自由なのだが、たいした金額を運用しているわけでもないのに、細かな差を云々して、運用会社に上から目線で物を言うような姿は「見よい眺めではない」。

 筆者は、インデックス投資家に、要は「平均投資家」を目指しているのだという原理に対する理解を正しく持ち(※本連載の前回の記事を参照して下さい)、且つ自分の時間を含む諸々のコストを合理的に考えることが出来る、知的でスマートな人物であって欲しいと思っている。ファンドのコスト比較は大事なのだが、同時に「信託報酬の比較にのみ血道を上げるケチ」のように彼らが思われることがあるのは本意でない。些か気になっている。

 では、例えば信託報酬は、何ベイシス(1ベイシス=1%の100分の1)の差まで問題にするべきなのか。本稿は、この問題を考えた小論である。

「運用資産額」と信託報酬率の差

 ある投資家が100万円のリスク資産をインデックスファンドで運用しているとしよう。この人にとって、「10ベイシス」の信託報酬率の差は、年間1千円の差だ。彼(彼女)が、10ベイシス以内の差に拘っているとすると、些か「細かすぎ」だろう。年間「1千円」の差が細かすぎ、というのは、筆者の直観でもあるし、後で述べる別の要因とのバランスの問題でもある。

 この位のレベルの「無視した方が現実的な差」は、例えばiDeCoやNISA、つみたてNISAなどの取扱商品のラインナップによって頻繁に生じる。多少の差を気にせずに、選択可能なものの中でその時にベストな物を鷹揚に選ぶのが現実的な行動だろう。

 では、運用資産額が1千万円になると、どうか。10ベイシスの信託報酬率差がもたらす年間のコスト差は「1万円」だ。そろそろ気にしても恥ずかしくないレベルの差になるが、検討に時間が掛かったり、資産を移す手続きに手間や時間が掛かったりすると、「気にしたこと自体が、コスト比較上は負けだった」という事態が生じうる。

 仮に、年間「1万円」が、気にする価値のある差の基準だとした時に、運用資産額が2千万円なら5ベイシスが、1億円なら1ベイシスが問題にすべき差、ということになる。

「1億円持っている金持ちが、年間1万円の差を気にするのか?」という疑問はあっていいが、当面脇に置こう。経験則的に言って、お金持ちは案外ケチな場合が多いし、そうであるがゆえにお金持ちであることが多い、と申し上げておく。ケチになってまでお金持ちになりたいとは正直なところ思わないので、気持ちが入っていないが、実践的なアドバイスだと思う。

時間と手間のコスト評価

 さて、仮に「1万円」が問題にすべき差の基準なのだとしたら、その根拠は何か。「個人の感覚の問題であって、私は1万円の差なら問題だと思うが、人それぞれだろう」という説明で終わりにしてもいいのだが、この意味を翻訳すると「あなたがどれくらいケチなのかに応じて、いくらから問題なのかを決めて下さい」と言っているだけだ。賢い感じのしない説明で、気が進まない。

 信託報酬率の差が問題なのだとすると、経済論理的には、それに気づいて運用対象を変更したりする手間とその手間のために要する時間が問題なのだと気づく。

 例えば、1万円を節約するために、2万円のコストを掛けるのでは非合理的だ。しかし、この非合理は気をつけていないと実生活で頻繁に起こりうる現象だ。

 例えば、あなたの年収が1千万円だとしよう。労働時間1時間当たりの値段、即ち時給を計算すると、5千円だ。年間の労働日を250日、1日の労働時間を8時間と仮定した。「年収2千万円で時給は1万円」とでも覚えておくと、計算に便利かも知れない。

 年収1千万円の人が、1万円節約するために検討や投資対象変更に2時間以上掛けたら「コストは負け」だし、情報代その他のコストがあれば、これを考えなければならないことも言うまでもない。

 まとめてみると、投資家がどの位細かくあるべきかを決める要素は、(1)運用資産額、(2)個人の時間コスト、(3)本人がどのくらいケチか、の三つだ。但し、これらの中で「どのくらいケチか」は、ここに拘って小さな差を問題にした場合に、要領よく時間を使わないとコスト負けして、残念で且つ見苦しいことになるので、注意したい要素だ。

 現実の資産運用の場合、本来なら節約できるコスト差がもろもろの手数料を含めて年間1%を超えるようなケースが、特に対面営業の金融機関を使ったり、「アクティブ運用のロマン」が卒業できなかったりする場合には少なくない。書籍やFPのアドバイスなどで目を覚ますことの効果は大きい。

 もう一つ、読者の親御さんの運用状況(と金融機関との取引状況)はどうなっているか調べておくことが極めて重要な場合があることを付記しておく。

 それにしても、年間に運用資産額の1%もの手数料を取る、アドバイスのサービスが存在しているのは、いかがなものかと思う。人間であっても、所謂ロボアドであっても、特に運用資産額が大きい場合は問題だ。金融業界には、運用資産額に比例して手数料価格を設定する慣行があるが、サービスの実質を考えた時にこの価格設定法には問題があることが多いと思う。

信託報酬について補足

 インデックスファンドの信託報酬率の差に関心が集まること自体はいいことだろう。特に、信託報酬にどこまでの経費が含まれるのか等の問題を考えると、米国のミューチュアルファンドのように、経費率とその内訳を問題にすべき時期に来ていると思う。運用会社の利益だけでない、コスト内訳の丁寧な開示が必要だ。

「B社は当社とちがうと、A社は言っている」という状態で物事の進行が止まるような、言いっぱなしの応酬で検討を済ませたことにするのは、顧客にとっても、業界自身にとっても生産的ではない。

 運用会社には、客観的な比較が可能な基準による丁寧な情報開示を期待したい。丁寧に開示すると、顧客に対していろいろなことが訴えられるはずだ。一般論としては、ファンドの規模が大きいこと、信託機能や販売機能を自社ないし自社グループ内に持っていることが、競争上有利に働くはずだ。

 基本的にチャレンジャー側には厳しい構造のマーケットだが、市場自体が拡大する時にはチャンスがある。具体例は挙げないが、規模の成長が止まったマーケットでシェアの拡大やまして新規参入に動くのは経営戦略上明白な悪手であることが多い。現在の、新NISAの導入を前にした状況でのインデックスファンドは、戦いに動いていい時機なのかも知れない。経営コンサルタントに訊いてみたいテーマだ。

 尚、信託報酬率の内側に入る経費として、代行手数料(販売会社に支払う手数料)は、販売会社との交渉次第なので、自身の利益に次いで変化させやすいファクターだろうが、次の問題はインデックスベンダーに支払うインデックスの使用料だろう。代表的な指数にあって0〜3ベイシスくらいであって、何ともせせこましいことにインデックスベンダーは指数の使用契約に当たって守秘義務を課するのでこれが表に出ない場合が多いようだ。指数の使用料は、コスト自体の水準としても、投資家に対する情報開示としても、問題があるので解決すべき次の課題だ。

 インデックス投資家は、合理的な「平均投資家」であることが目的だ。指数の権威や知名度にお金を払いたいわけではない。現在、インデックスファンドを利用しているのは、現実的にそれが平均投資に「近い」からに過ぎない。運用会社は、使用する指数の変更や、自家製のインデックス、あるいはローコストな平均投資などの選択肢を検討すべきだろう。