今回のサマリー

●金融債務の破綻は、超金融緩和後の引き締め期には想定内のリスク
●しかし、想定内でもいざ発生すると、パニックを誘発するサプライズに
●金融不安は、経済現象というより心理現象として広がりやすく、当局は早期鎮静を図る
●しかし、いったん落ち着かせたようでも、深層で不安の火はくすぶり続ける局面が続く
●基本対応はリスク回避。一方、忠実なサイクル投資なら次の好機が早まる可能性

金融不安ステージ

 SVB(シリコンバレー銀行)が突然と言ってよいほど急に破綻し、市場の空気は明暗一転しました。筆者がかねて一貫して注意換気してきたように、金融を超緩和した後に急速な引き締めが進むと、こうした金融債務危機がにわかに発生しがちです。

 金利が景気中立水準を大幅に超えて上昇し、10年-2年金利差の中長期ゾーンのみならず、短期ゾーンまで逆イ-ルドになろうかという場面では、世界のそこかしこで金融債務破綻のタネがくすぶっていると見るのが筋です(図1)。

 株式市場は状況が複雑になるほど、すぐに買い場だ、割安だ、ノーランディングだ、と単純化した希望的観測を答えのように語り出す性向があります。しかし今はまだ、景気と市場のサイクルが厳しい逆風局面にあることを忘れてはいけません。

図1:米国債イールドカーブの変遷

出所:Bloomberg、田中泰輔リサーチ

想定内でもパニック

 もっとも、金融引き締め期の金融債務不安は、十分想定内のリスクとして構えつつもサプライズ的です。まず、債務問題に直面した金融機関、ファンド、企業などは、風評だけでも致命的な事態に直面しています。このため、自分たちの苦境が露見しないように対応策を進めようとします。それがにっちもさっちもいかなくなって表沙汰になる時は、状況は深刻に悪化していることが多いのです。

 このため、市場参加者はもとより、当局にしても、まして一般の人々にとっては、寝耳に水のような唐突感があるものです。金融当局も自ら引き締めを遂行している以上、どこかでこの種の問題が発生し得るという心構えではいます。しかし、どこでどのような形で問題が表れるかは、ほとんどのケースで予見不可能です。

 さらに厄介なのは、金融債務危機の不安心理は容易に広がって、事態を深刻化させかねません。金融は信用ともいわれます。信用=信頼が崩れるプロセスは、経済現象と言うより、心理現象です。しかも自らが損害を被るかもしれないという重大さと、開示不十分な情報の曖昧さが相まって、パニック的な逃避行動を起こし得るのです。

災害心理的な対応

 このため、金融不安は災害心理に例えられます。金融緩和で大量供給されたマネーを水として、それを支える金融システム=ダムに目一杯たまっている状況をイメージしてください。急激な金融引き締めでダムが軋み、そこかしこにヒビが入っています。その一部から水がちょろちょろこぼれだすくらいなら修復も容易です。しかしヒビが広がり、水量が増えると、ダムが決壊するのではないかと恐怖が走ります。

 SVBクラスの資金規模だと、それ単体のヒビでダム(金融システム)全体を脅かすようには見えません。しかし、当局が迅速に応急措置を施さなければ、ダムは案外脆いものです。1カ所の崩れがシステムのバランスを揺るがし、取引先、別の金融機関などにも響きます。ダム決壊となれば、桁違いの信じられない被害を招きかねないことが歴史の教訓です。

 このため、FRB(米連邦準備制度理事会)と米政府はいち早く、預金の全額保護と、他の銀行への緊急融資枠の設定を打ち出しました。これによって、市場の不安心理の炎(今度は火災の例えですが)はいったん落ち着きを見せかけました。しかし、あくまで表層が鎮火しても、深層の火種は簡単には消えません。

 この金融引き締め下においては、金融債務問題への不安は、繰り返し顕在化し得るものと心得ておくべきと考えます。他の銀行ばかりでなく、融資先やファンドの資金繰りなど、関連する人たちは厳しい問題に直面し続けます。応急措置を施した米国内のみならずで、海外にも飛び火しかねません。(と、この原稿提出時には、既に欧州大手金融機関に累が及んでいます)。

 そうしたニュースが流れるなどして、漠然と不安を抱く預金者が念のためにと、銀行から資金を引き出したり、投資家がリスク資産を売却したりすることで、不安の火は容易に再燃しやすいのです。

市場の反応とFOMC

 当局は必要な対応を迅速に打ち出すでしょう。そのおかげで、不安が取り越し苦労で終わることも少なくありません。その一方で、当局は、風評で不安が高まり、群集行動化するリスクにも配慮せざるを得ません。このため、事態が悪化するほど、「万全に対応措置を講じているので、問題はない、心配はない」と言い続けるしかありません。リーマン危機の際も、直前までFRB議長など当局者は「問題ない、対処可能」としていました。

 プロの経験ある市場参加者は、こうした過去の教訓を踏まえ、金融不安が発生すると、まずは流動性(現金など売りたいときに売れるもの)確保、安全への逃避に走り、国債購入に向かいます。たとえ取り越し苦労になっても、ダムが決壊するかもしれないというリスクに際しては、まず身の安全を優先して行動するのです。

 インフレを警戒して上昇していた米債券金利が、SVB破綻後にあれほど急低下したことに、驚いた読者も少なくないでしょう。大したことにはならないと高をくくっていて、逃げ遅れることの致命的事態まで想定して動く避難時行動ルール集をプロは備えています。皆さんにも日頃から避難の方法を考えるようにしてほしいと訴えてきた通りです。

 安全資産購入の一方で、株式などリスク資産は売却されがちです。米債券金利が下がれば株式相場上昇というそれまでの力学ではなく、SVB破綻後の金利低下では株価は急落しました(図2)。また、安全への避難と別に、FRBが今後は単純に利上げを追求できなくなるという予想から、米債券金利の低下が進みました。主に米金利に連動するドル/円相場も大きく反落しています(図3)。

 FOMC(米連邦公開市場委員会)は3月22日に、金融安定性が許す限りにおいて0.25%利上げが可能か、情勢を経過観察していくことになるでしょう。FOMCメンバーがこの状況でどれほどタカ派スタンスを貫くか、ドットチャートを注目すべきという声も出そうですが、当局にとっても不確実なリスク展開です。金融不安の鎮静に確信を持てない限り、だれも一貫した姿勢を保とうなどと頑固になれる場面ではありません。ドットチャートもまた柔軟さを多分に含むものと見るべきです。

図2:米主要金利とS&P500種指数(逆表記)

出所:Bloomberg

 図3:米主要金利とドル/円

出所:Bloomberg

これからの危機と好機

 リスクが急拡大し得る事態に際しては、相応の避難行動をとることが基本です。根本的な話に立ち返れば、2022年以降の急速な金融引き締めサイクルの過程で、リスク資産を持つことには慎重でなければならないというのが基本のキと申し上げてきた通りです。

 株式相場は、2023年には8月楽観、9月悲観、10~11月じわり楽観、12月悲観、年が明けて1月楽観、2月警戒と、月替わりで明暗を切り替えてきました。「明」の時には、私のような慎重な物言いでは、「何を地味なことを言っている」「予想を外している」などと批判も聞こえます。しかし、この金融引き締め局面の終盤に、株高がトレンドとして持続する条件はそろわないものです。このため、参加したいなら、まず短期投資と心得るか、そのまま時間分散買いの長期投資までつなげるか、というアプローチの推奨に限定してきました。

 他方で、2022年以来の難局でも、サイクル投資に新たなローテーションの妙味があることをご紹介してきました。一つは、米債券金利の上昇を取り込むイールド・ハンティングです(あくまでドル勘定に限定した運用ですが)。そして、もう一つは、米金利の上昇に連動して上昇してきたドル/円を、米利上げ8合目越えかという頃合いに円転することでした。この二つは、金融引き締め期の安全への逃避に適う対応であり、今回のような金融不安への備えとしてはベストアプローチとなっています。

 金融不安が高じた場合、イールド・ハンティング目的で購入した米国債は、急激な価格上昇(金利低下)で早期に花開きます。円転した資金は、米金利急低下でドル安になること、金利低下が早期に株式の金融相場入りを促すかもしれないことを踏まえて、ドル転をすれば、為替差益とその後の株式投資の妙味を獲られるでしょう。

 金融危機で株価がひどく下落する事態は、巻き込まれさえしなければ、時間差で好機になるというのが、サイクル投資の教えです。2008年9月のリーマン破綻の大金融危機ですら、当局の強力な金融緩和など対応措置を経て、半年後には株式の大金融相場を始動させました(図4)。

 実はその時、日本は米金融緩和のあおりでドル安円高となり、日本株が手ひどい連れ安になりました。金融危機の震源は米国なのに日本の方が苦しむハメに陥ったわけです。しかし、こうした典型的なサイクル現象を拙稿で学んできた読者になら、この苦境こそが円投(ドル転)と米株再参入の好機狙いとご理解いただけるでしょう。

 金融緩和の活況があれば、引き締めの苦境が付き物です。サイクル投資の基本ロジックを踏まえて、株式、債券・金利、為替、さらには商品や新興国まで、逆風下では無理なく辛抱強く待ち、好機には粛々と、しかし果敢に乗り出すローテーションの発想を改めて考えてみてください。

図4:リーマン危機後の米日株とドル/円

出所:Bloomberg

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