ダイバーシティという言葉から連想するもの
労働力におけるダイバーシティ(多様性)は、企業やその株主に有益であり、企業価値や株価に資すると報告する研究が多数存在します。ただし、何をもってダイバーシティ経営とするかは、その国の背景や課題に左右されます。
日本では、ダイバーシティ経営と聞くと女性の社会進出を連想する方が多いと思います。しかし、ダイバーシティ経営の発祥地である欧州や米国では、当初は経営層や政治家層の人種多様性を意味していました。
米国の上場企業のIR資料を見ると、女性管理職比率だけでなく人種別の管理職比率も開示している企業が散見されます。もちろん、あの米Appleも開示しており、多くの投資家が注目しています。そして、最近注目されている労働力の多様性では、障がい者雇用があります。今回は、女性・人種・障がい者雇用と株価(企業価値)の関係について考察します。
女性と株価
前回のコラムでは、女性役員と株買い・売りの関係について考察しました。しかし、国内上場企業の女性役員比率は9.1%(2022年7月末時点)と他国に比べると依然として低い状況です。経営変革としてもう少し一般的なのは、女性管理職比率や女性雇用を上昇させることでしょう。
2000年代のデータを用いた女性雇用と企業業績に関する国内研究(*1)を見てみると、正社員女性比率が高いほどに、企業業績が良い傾向が確認されています。そのメカニズムは、イメージされやすい生産性向上だけでなく人件費節約効果を通じて起きていることが示唆されています。
つまり、職場のジェンダー多様性により生産性が向上するだけでなく、そもそも女性の賃金は男性よりも平均的に低いことから節約効果が生まれやすく、それが企業業績に資するということです。
ただし、2023年から上場企業では男女賃金格差の開示が本格的にスタートします。あまりにも男女賃金格差がある企業だと、企業業績が良くても、ESG投資ムーブメントから批判を受けやすく、そうした企業の株を手放す機関投資家が出てくるかもしれません。
今後は、女性雇用による人件費節約効果を投資選択で考慮するのではなく、むしろ賃金格差是正に積極的な取り組みと企業業績を両立させる、ESG格付けが向上しそうな企業を狙うことが株式投資において重要でしょう。ESG格付けと株価の連動性は多数の研究(*2)が報告しています。
外国人と株価
外国人雇用と企業価値や株価との因果関係に関する研究では、統一的な見解は出ていません。株価や企業価値にポジティブになる場合もあれば、ネガティブになる場合も報告されています。しかし、株買いにつながりやすいこともあります。それは、海外企業のM&A(買収や合併)のときです。
日本の大手上場企業は、割高に海外企業を買収したり、損を出しやすい傾向と指摘する声があります。実際、東芝による米ウエスチングハウス買収、日本郵政による豪トール・ホールディングス買収は目も当てられない結果で終わっています。海外企業買収=巨額損失のイメージも強いのか、海外企業買収の話が出ても、株価は必ずしも上昇しません。
しかし、もしも買収先企業の当該国に詳しいアドバイザーが、その企業の身近に存在していたら結果は変わっていたかもしれません。米国の上場企業データを用いた研究(*3)では、外国人独立取締役に関連するメリットとコストを検証しています。
外国人独立取締役を持つ企業は、買収企業が外国人独立取締役の本拠地である場合に、国境を越えた買収が成功しやすい傾向を報告しています。つまり、企業価値や株価に資する買収につながりやすいということです。しかしながら、業績がさえないCEOの離職確率や財務報告の精度などには、統計的に意味のあるポジティブな効果は確認できなかったとのことでした。
海外企業を買収するという話が出たときに、それを投資チャンスに生かすには、当該企業ではその国に精通する人物はいるのか、特に取締役という形で株主と利害が一致する形で参画しているのかを確認することをオススメします!
障がい者雇用と株価
実は、障がい者雇用と企業価値に関する研究は、ファイナンス分野では非常に少ないのか、何かしらの傾向は見つけられませんでした。しかし、障がい者雇用に積極的に取り組んだり、それを支援している、エフピコやLITALCOはPBR(株価純資産倍率)が1倍を超えており、投資家から評価されています。
ESG経営の評価はPBRに表れやすいという研究(*4)も存在するだけに、投資先として注目したい動向です。それだけ多様な人材を経営に生かそうとする、イノベーションの目があるのかもしれませんから!
*1
山本 勲, “上場企業における女性活用状況と企業業績との関係 -企業パネルデータを用いた検証-” , RIETI Discussion Paper Series 14-J-016
*2
Friede, G., Busch, T., Bassen, A., 2015. ESG and financial performance: aggregated evidence from more than 2000 empirical studies. J. Sustain. Fin. Investment 5 (4), 210-233.
*3
Ronald W. Masulis , Cong Wang and Fei Xie, “Globalizing the boardroom—The effects of foreign directors on corporate governance and firm performance”, Journal of Accounting and Economics, Volume 53, Issue 3, June 2012, Pages 527-554
*4
柳良平著『ESGの「見えざる価値」を企業価値につなげる方法』,ハーバード・ビジネス・レビュー2021年1月号「ESG経営の実践」より
<執筆者紹介>
崔 真淑氏
エコノミスト(MBA in Finance):研究分野は、コーポレート・ファイナンス。一橋大学院大学院博士後期課程在籍。
株式会社グッド・ニュースアンドカンパニーズ代表取締役、株式会社カオナビ社外取締役。
学術的エビデンスを軸に、企業に対してファイナンスやガバナンスに関するアドバイスを行う。
同時に、メディアで経済・資本市場を解説。主な出演番組は、テレビ朝日『サンデーステーション』、フジテレビ『Live News α』、テレビ東京『昼サテ』、日経CNBCなど。
最近の研究では、山田和郎博士と"Does Passive Ownership Affect Corporate Governance? Evidence from the Bank of Japan’s ETF Purchasing Program"を執筆。
<書籍>投資一年目のための経済と政治のニュースが面白いほどわかる本
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