130円の円高ドル安に接近、米利上げ拡大気運が後退

 先週はFRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長の米議会証言、日本銀行の黒田東彦総裁最後の金融政策決定会合、米2月雇用統計の公表、そして米国銀行の破綻があり、ドル/円相場の地合いはがらっと変わりました。1ドル=140円の円安ドル高は遠くなり、130円の円高ドル安が近くなってきました。

 140円が遠くなった理由は、一連のイベントによって米国の中央銀行に当たるFRBの利上げペースが加速せず、政策金利のピーク水準がそれほど高くならない可能性が出てきたためです。そして米銀の破綻によって、信用不安の連鎖懸念はしばらくくすぶり続け、投資や消費が慎重になる恐れが高まってきたからです。

 FRBのパウエル議長は3月7日(火)に米連邦議会上院銀行住宅都市委員会に出席し、「最新の経済データは予想より強く、金利の最終到達水準が従来想定より高くなる可能性が高いことを示唆」「利上げペースを加速させる用意がある」と証言しました。

 それによって、市場では、FRBが今月21~22日に開くFOMC(米連邦公開市場委員会)で政策金利の利上げ幅を前回の0.25%から0.50%に拡大するとの見方が広まりました。これを受けて、ドル相場は1ドル=137円台後半まで急上昇しました。

 しかし、パウエル議長は8日(水)の下院金融サービス委員会では、「利上げのペースについてまだ何も正式に決まってない」と発言。「今後のデータ次第」とのコメントを加えたことによって、利上げ加速ムードが後退しました。

 この人騒がせな発言によって、ドル高の勢いは失速し、1ドル=136円台半ばの相場で10日(金)の米雇用統計の発表を迎えることになりました。

 日本では、日銀が9~10日に金融政策決定会合を開き、金融緩和の継続を決めました。市場では、サプライズの政策修正が警戒されていただけに、現状維持のままとする決定が伝わると、一時137円手前まで円安が進みました。しかし、政策修正の思惑が外れたことによるこの円安は長続きしませんでした。

 また、歴代最長となる10年の在任期間を間もなく終える黒田総裁は決定会合後の記者会見で、金融緩和政策の反省はないのかとの質問に対し、「金融緩和は成功であり、従って反省も負の遺産もない」と強調しました。

 反省も負の遺産もないとの断言はマーケットには好印象を与えず、むしろ、植田和男次期総裁をはじめとした新体制による政策の検証と政策修正への期待が一層高まったような気がします。ドルの上値は重たくなる地合いが続きそうです。

 米国に話を戻すと、パウエル議長が8日の議会証言で「今後のデータ次第」と述べた中で、特に注目すべき2月の米雇用統計が10日に発表されました。非農業部門雇用者数が前月から31万1,000人増と予想を上回ったものの、失業率は3.6%と予想以上に悪化しました。平均時給も前月比では0.2%増と予想を下回り、上昇率が前月(0.3%増)より鈍化したため、賃金インフレ減速の見方からドルは売られました。

 そして14日発表の米2月CPI(消費者物価指数)では、前年同月比の上昇率が6.0%となり、予想通りでした。しかし、上昇率は1月(6.4%)から鈍化し、8カ月連続で縮小しました。ただ、食品とエネルギーを除いたコアCPIが前月比で+0.5%と予想を上回り、1月(0.4%)から拡大したことから長期金利は上昇し、ドル高となりました。

 一時1ドル=135円手前まで円安ドル高に動きましたが、その後ドル上昇の勢いはなくなっています。

 これら雇用統計とCPIは、3月のFOMCで利上げ幅が0.50%に拡大するとの見方を強めるほどの材料にはなりませんでした。

米史上2番目の大規模破綻、ドル相場上下どちらに動くか注意!

 そして、FRBの利上げペースや金利到達水準に関するこれまでのタカ派的な見方を覆す、衝撃的な事件が起こりました。

 3月10日(金)に全米16位のシリコンバレーバンク(SVB、2022年末総資産約2,090億ドル、約28兆円)が経営破綻しました。

 読売新聞は、経営破綻した米銀の規模としては、米メディアを引用して、2008年に経営破綻したワシントン・ミューチュアル(総資産3,070億ドル)に次ぐ米金融史上2番目の規模と伝えています。

 さらに12日(日)には全米29位のシグネチャーバンク(2022年末総資産約1,100 億ドル、約15兆円)も破綻しました。

 米金融界に警戒感が広がったことから、米財務省、FRB、米連邦預金保険公社(FDIC)は12日、信用不安拡大を防ぐべく、「預金は全額保護する」との共同声明を公表しました。米金融当局の迅速な対応によって週明け13日(月)には、これら2行の預金引き出しが再開されました。

 しかし、13日の米債券市場では安全資産としての国債が買われて金利は急低下しました。また、10年債利回りは一時3.4%台を付け、ドル/円も132円台前半の円高となりました。

 14日(火)のニューヨーク株式市場では、米株は上昇し、長期金利も反発してドルも上昇しました。しかし、シリコンバレーバンクの救済金融機関は13日時点でまだ決まっていない状況で、中小銀行などの経営破綻の連鎖などの不安はくすぶったままです。

 昨年の急速な利上げによる債券などの評価損発生は他の銀行にも大きな影響を与えているのではないか、IT系新興企業の経営不安などマーケットは疑心暗鬼になっています。投資や消費行動はしばらく慎重になることが予想され、景気回復の足かせになることも予想されます。

 21~22日のFOMCでは、米雇用統計やCPIの公表を受けて、利上げ幅は0.50%ではなく、0.25%になるとの見方がほぼ織り込まれました。しかし、FOMC開催までに、くすぶっている信用不安を払拭(ふっしょく)できないと、FRBは0.25%の利上げにも慎重になるかもしれません。

 FOMCで利上げが見送りになれば、ドル/円は再び1ドル=130円台を目指す可能性があります。そして、その場合はそれで利上げ打ち止めとなるのかならないのか、金利の最終到達水準が昨年12月時点の見通し(5.125%)よりも引き上げられるかどうかが焦点になります。

 パウエル議長は議会証言で「最新の経済データは予想より強く、金利の最終到達水準が従来想定より高くなる可能性が高いことを示唆」と発言しましたが、2月の米雇用統計やCPIの内容がその考えを弱めるものではないと思われます。

 つまり、利上げペースは加速しないが、金利の最終到達水準はより高くなる可能性があります。急速な利上げによる副作用や信用不安を意識して、どの程度の水準を示すのか注目です。

 信用不安によって起こるドルの動きには留意しなければいけない点もあります。「信用不安→金利低下→ドル安」によって円高となるシナリオも想定される一方、信用不安が長引くと、ドル資金の流動性確保が最重要となります。そのため、為替市場ではドル買いが優勢となる場合もあるという点です。

 また、信用不安が続く中では、安全資産としての国債に買いが集中する結果、日本国債の10年物金利が下がることが予想されます。13日、日本の新発10年物国債利回りは急低下し、0.295%と約3カ月ぶりの水準を付けました。

 日銀の政策修正への期待が高まっていた時期には0.50%に張り付いていましたが、0.30%近辺だと政策修正への期待もしばらくは後退するかもしれません。政策修正への期待が後退すると円高圧力も和らぐかもしれないという点にも留意しておいた方がよいでしょう。