2023年の株式市場は各国の中央銀行の利上げの余波で、相場全体の下押し圧力が収まらない可能性もある展開です。ですがいかなる状況でも利益を出し続けることが必要なプロ投資家は、逆境相場に立ち向かうさまざまな戦略を立てています。本稿では個人投資家の方でも実践しうるそんな戦略の一つ、ペアトレード戦略をご紹介します!

※個人投資家がペアトレード戦略を実践するためには信用取引口座が必要です。また本稿はあくまで取引手法の紹介を目的としたものであり、例示されている取引を行うことを推奨するものではありません。後述する「ペアトレードを実践する上での注意点」もご確認ください。

下落相場でも戦えるペアトレード戦略とは?

 ペアトレード戦略をひとことで言うと、上がるものを買って、下がるものを売る取引を同時に行う手法です。この場合、ある程度似たような値動きをする銘柄ペアを用いる方がリスクを抑えることができます。

 具体的には、株価指数よりも上がりそうな個別銘柄を買って株価指数連動のETF(上場投資信託)を売る、株価指数よりも下がりそうな銘柄を売って株価指数連動のETFを買う、一般に相関が高い同業界の競争企業から2銘柄を選ぶといった方法があります。ここでは同業種から2銘柄選ぶ方法で説明します。まず以下の図でイメージをつかんでみてください。

注:筆者作成。為替レートや金利、手数料は考慮していません。

ペアトレードの手順

  1. 「買い銘柄」を決めます。これはある業種の中でも、比較的業績の見込みが良好で割安な銘柄を選びます。比較的というのがミソで、同業他社より優れているならば、そのあと自身の株価が上がるか下がるかは関係ありません。
  2. 買い銘柄と同業種の「空売り銘柄」を選びます。こちらは逆に、同業種の中でもパッとしない銘柄や業績不振で割高となっている銘柄を選びます。
  3. 買い銘柄を現物で買い、空売り銘柄を空売り(信用取引にて新規で売り建て)します。なるべく同じ金額になるようにします。銘柄数が買い銘柄と空売り銘柄で異なっていても大丈夫ですが、金額が同程度でないとうまく機能しません。

 このあと、買い銘柄と空売り銘柄は同じ業種なので、たいてい似た値動きをします。そうすると以下のような状況になるため、株価の動きの方向にかかわらず、値動きの差分の利益を狙えるという仕組みです。

a)この業種全体の株価が上昇していった場合

 空売り銘柄は損失となりますが、空売り銘柄の上昇率よりも買い銘柄の上昇率の方が高ければ、それ以上の利益を買い銘柄から得られます。

b)    この業種全体の株価が下落していった場合

 買い銘柄は損失となりますが、空売り銘柄がそれ以上の下落率ならば、買い銘柄の損失を上回る利益を空売り銘柄から得られます。

 このときもし同業種でそろえていないと、値動きの方向がそろわず、普通に個別銘柄を買って空売りするのと同じ状態になってしまう場合が多いと考えられます。もちろん業種以外でも、バリュー株かグロース株かなどの基準も考えられますが、いずれも「似た値動きをする」ことを条件に組み合わせることで、上昇か下落かにかかわらず利益を狙える状況をつくれます。

 また、買い銘柄と空売り銘柄を決める基準ですが、もちろん正解は存在しないものの、例えば同業種への同じ逆風の中でもコスト削減などで業績の改善が見込まれる銘柄を買い銘柄としたり、逆にそうした業績見込みで大きな差がないにもかかわらずPER(株価収益率)やPBR(株価純資産倍率)など株価指標で大きな乖離(かいり)が生じている場合、割安な方を買い、割高な方を空売りしたりする判断が一般的だと思われます。

具体的なペアトレード例

 では昨年の10月から約1カ月、当社の米株信用(一般信用取引のみで返済期限は無期限)を利用して米国市場で同業種のA社とB社でペアトレードをしたと仮定し、どのような結果になったか見てみましょう。 

 ここでは最初の図のように、A社を米株信用の買い銘柄、B社を米株信用の売り建て(空売り)銘柄とします。1ドル130円としたときの約100万円相当、7,700ドルを保証金の予算として、A社とB社を同日約定で建てて1カ月間保有する場合を考えます。

※この方法だと、信用取引に伴う買い方金利と売り方の貸株料が両方発生します。買いを現物にすれば買い方金利はかかりませんが、資金効率が下がること、また資金効率を上げるために現物を代用有価証券とする方法だと、あらかじめ現物を保有していない場合、現物を約定させ国内約定日以降に代用有価証券にする際に時間差が生じ、その間に値動きがずれる可能性もあることにご注意ください。

 なお手数料など当社の米株信用の取引ルールは、簡単にまとめると以下の通りです。

当社の米株信用の取引ルール(一部抜粋)
信用種類 一般信用(無期限)
決済方法 外貨決済
最低委託保証金 30万円相当の当社が指定する額
委託保証金率 50%
最低委託保証金率 30%
保証金現金 米ドル、日本円(掛目95%×為替評価)
代用有価証券 米ドル(掛目70%)
手数料(税込) 約定代金の0.33%(3.33ドル以下は無料/上限は16.50ドル)、新規売建および売返済時には別途Sec Fee(米国証券取引委員会に支払われる現地取引費用)が100万ドルあたり22.9ドル(2023年2月時点)発生。
買い方金利 基準金利(年率)※+3.5%
貸株料 2.0%(年率)
※:2023年2月17日時点の買い方金利は4.5%(年率)。基準金利が変更される場合は、当社ウェブサイトにて変更後の金利の適用開始日を告知の上、変更後の金利を適用。

 以下、具体的に手順を追っていきましょう。

A.  A社の株価は2022年9月30日の終値で138.20ドル、B社の株価は同日に95.65ドルだったとします。まずこれらを7,700ドルの保証金現金のもとで、翌営業日の10月3日の寄付にて同じぐらいの金額で新規建てさせます。

 保証金率は余裕をもって70%程度にするなら、7,700ドルで新規建てができるのは、7,700 ÷ 70% ≒ 1万1,000ドルほどです。そのため2銘柄をそれぞれ5,500ドルで約定させたいということになります。

 A社:5,500(予算)÷ 138.20(前日終値)≒ 39株
 B社:5,500(予算)÷ 95.65(前日終値)≒ 57株

と概算できるので、10月3日の寄前にそれぞれ39株と57株で発注しておきます。成行でも指値でもどちらでも大丈夫ですが、同時に約定できるように実勢からかけ離れた指値にはしないように気を付けましょう。寄付での思わぬ高値づかみを避けたい場合は、取引開始後に株価を確認してから、成行注文を同時に出します。

 ここではいずれも、10月3日の始値である138.21ドル/96.76ドルで全株約定したとします(時点➀)。その瞬間の建玉状況は以下の通りです。これをその後1カ月間保有します。

B. 1カ月間、この業種全般は大きく株価を下げ、A社もB社も、この期間は下落基調でした。ですがその騰落率に差がありました。

 1カ月後(11月3日)の終値の約定単価に対する騰落率は以下の通りです。

 A社:138.88ドル(0.48%
 B社:83.43ドル(▲13.78%

 このように、B社が大崩れしていたのに対し、A社は市場の逆風の中でも持ちこたえていました。ここがペアトレードの利益の源泉です。この終値で両銘柄を返済した場合(時点②)、直前の保有状況は下表の通りでした。A社単体では手数料・金利負けをする状況だったものの、A社とB社の値動きの差を源泉として、このときは利益を得られました。

※1: 新規建て手数料16.50ドルと買い方金利22.59ドルを込み。買い方金利は建国内受渡日(10/6)からこの時点で決済した場合の返済国内受渡日(11/8)までの日数(両端入れ)が反映され、34日 × 建玉金額(5,390.19ドル)× 買い方金利(年率4.5%)÷ 365で計算。
※2:新規建て手数料16.63ドルと貸株料10.27ドルを込み。手数料は16.50ドル + Sec Feeの0.13ドル。貸株料は建国内受渡日(10/6)からこの時点で決済した場合の返済国内受渡日(11/8)までの日数(両端入れ)が反映され、34日 × 建玉金額(5,515.32ドル)× 貸株料(年率2.0%)÷ 365で計算。

 この状態で決済すると、返済手数料として16.50ドル×2、A社の返済売りに対するSec Feeの0.13ドル、しめて33.13ドルを引いて、686.82ドルが実現損益となります。1ドル130円として日本円で8万9,287円です(ここから譲渡益税の約2割を引いて、手取りの利益は1カ月で7万1,000円ほどとなります)。

 もちろん、ある銘柄が下落することから利益を得ようと考えるだけなら、普通の空売りで十分です。しかし、当然ながら業績などの企業固有の状況に加えて、市場全体の値動きも多大な影響を与えるので思った通りに株価が動くことはなかなかありません。

 一方、ペアトレードをする利点は、取引銘柄の業種全体が下落した場合に限らず、上昇した場合でも利益を狙える点です。本来なら「上がるか下がるか」で損益が決まるところ、相対的な銘柄分析に基づき、相場の方向性のリスクを避けて「銘柄ペア」の優劣で利益を狙う。ここがペアトレードの最大の特徴です。

ペアトレードを実践する上での注意点

 もちろん、上昇しても下落してもOKなど、おいしい話ばかりではありません。ペアトレードを行う上で留意すべき点についてご説明します。

1)銘柄選択(買い銘柄が空売り銘柄に負ける場合)

 もし見込みが外れて買い銘柄が空売り銘柄に騰落率で負ければ、買い銘柄が上昇しても損失になりますし、下落してもその損失を空売り銘柄の利益でカバーしきれません。

2)業種内ねじれ(買い銘柄と空売り銘柄が似た値動きにならない場合)

 ここまでは同業種のため買い銘柄と空売り銘柄は似た値動きをするという前提で説明してきましたが、必ずしもそうとは限りません。買い銘柄と空売り銘柄で逆方向の値動きが続けば、買い銘柄の下落+空売り銘柄の上昇で、損失が相殺されるどころか、二重に損失を被る可能性もあります。

3)空売り特有のリスク

 これはペアトレードゆえのリスクではありませんが、信用取引を利用した空売りをする以上、常に留意すべきリスクです。思いのほか業種全体が上昇する中で空売り銘柄が急騰、それなのに代用有価証券として使っている買い銘柄が下落してしまった場合などは、追証が発生してポジションを手じまわなければならないこともありえます。また、空売りは市場で株式を調達できることが前提なので、コーポレートアクションなどで貸株が調達できなくなると空売りが継続できない場合があります。

 いかがでしたでしょうか。上に挙げたような注意点・リスクもある一方で、相場全体の動きを乗り越えて利益を上げる可能性を持つペアトレードは、使い方によっては景気後退期の強力な武器になります。下押し圧力に負けない投資術の参考として、お役立てください。

※ペアトレード戦略とほぼ同じ意味で、「ロング・ショート戦略」という用語が用いられる場合があります。確定した定義はないようですが、ペアで取引する点に着目するか、一方を買い(ロング)、一方を売り(ショート)することに着目するかの違いといえます。なお、ペアの片方を株価指数ETFとする手法もあります。