教科書か、問題集か
前回の本連載で、新NISAについて利用法を説明した。筆者としては、必要なポイントは少なくとも考え方レベルでは全て網羅したつもりだったのだが、現実の投資を考える投資家は様々な疑問を持つ。
ある場所で、新NISAをテーマに話す機会があり、聞き手側で参加を予定する方から多くのご質問を頂いた。受験勉強では、教科書や参考書を読むばかりでなく問題集を使うことが有効な場合がよくある。今回はQ&A形式で新NISAの使い方について説明してみたい。
以下、セミナーでならこのようなやり取りになるだろうという会話調で10組のQ&Aをご紹介しよう。
Q&Aの前に、新しいNISAを有効利用する2大原則を確認しておくと、
(1)できるだけ早く大きくNISA口座を使う、
(2)最も効率のいい資産のみに投資する、
の2点だ。(2)については、幾つかの商品の組み合わせも「最も効率のいい資産」と考えていいのだが、実質的なリスク・リターン内容と管理のシンプルさなどの損得判断から、筆者は「全世界株式のインデックスファンド」(ないしはこれに準ずるもの)一本で当面いいと考えている。
Q1.つみたて投資枠と成長投資枠の投資対象商品の分散について教えて下さい。例えば、インデックスファンドで、世界株、先進国株、新興国株、日経平均、S&P500など、多くに分散すると効果がありますか?
新NISAでの運用に限らない、運用一般の原則ですが、分散投資では運用商品が実際に投資している「中身」が問題で、商品の数を増やすことには意味が無いことを先ずは確認しておきたいと思います。
例えば、世界株式のインデックスファンドの代わりに、その構成国の内訳に沿った別々のインデックスファンドを組み合わせるような投資に積極的な意味はありません。
現実的な損得比較を考えると、商品を少数、できれば一つに絞ることができると、管理が簡単になることに加えて、手数料も手間も節約できることが多いでしょう。合理的な判断としては、全世界株式のインデックスファンド1本でいいと思います。どうして、商品の数を増やしたいと思うのでしょうか?
商品の数を増やしたがるのがどうしてなのかについては、実は筆者に心当たりがあります。それは、ズバリ言って「ショッピングの楽しみ」なのでしょう。いろいろなものを買う意思決定はそれ自体が楽しい。
加えて、自分で売り買いを工夫することで結果を改善できるような気分になることがあります。これは、行動経済学的にも納得できる話です。専門的には「オーバーコンフィデンス」とか「イリュージョン・オブ・コントロール」と呼ばれる現象です。
ただ、この種のショッピングの楽しみを資産運用に持ち込むと、時にコストの非効率や運用の失敗を招く原因になりかねません。ショッピングの楽しみは、資産運用とは別のもっと無難な分野で追求することをお勧めします。
Q2.新NISAとiDeCoの使い分けをどうしたらいいか教えて下さい。
新NISAとこれまでのNISAやつみたてNISAは、iDeCoとの使い分けの点で大きく変わるものではありません。ただ、新NISAの方がこれまでのNISA達よりもスケール的な使いでが大きくなり、より柔軟にもなりました。
原則を確認しておくと、給料のように課税の対象になる所得が継続的にある人は、掛け金が所得から控除されるiDeCoの税制上のメリットが大きいので、先ずはiDeCoを優先的に使って、iDeCoに入りきらないお金を新NISAを使って運用していくような順位付けが合理的です。
一方、課税される所得が無い方や、お金の引き出しを遠くない時点で行いたい人は、新NISAを利用する方が便利かも知れません。特に今回できた新しいNISA制度では、個人の税制優遇を受けた運用の総枠が一杯になるまで毎年の拠出ルールに従って投資できるので、以前のNISAよりも使い易くなったはずです。
Q3.新NISAの出口戦略について教えて下さい。いつまで続けて、どのように取り崩すと考えたらいいのでしょうか?
これから新制度が始まるのに、もう出口を考えるとは気が早いなあ。もっとも、先のことを考えることは悪いことではありません。
さて、新しいNISAに限らず、投資は「いつまでも続けて、お金に必要がある時には、必要額だけ部分的に取り崩す」のが適切なやり方です。
もちろん、取り崩しには計画性が必要ですが、これは新NISAに限りません。運用資産額を「予想される平均余命+10」(年)くらいの数字で割って、一年間に取り崩すことができる金額の見当を付けるといいでしょう。「10年」をプラスするのは長生きに備える余裕のためです。
子供など、相続人と協力して「2世代運用」をするのもいいことでしょう。
付け加えると、手持ちの資産が複数の運用口座にまたがってある場合には、新NISAの資産の取り崩しをなるべく後回しにするといいでしょう。税制上有利なお金の置き場所をより有効に使うためです。
Q4.インデックス運用とアクティブ運用の今後の優劣について、展望をお聞かせ下さい。
インデックス運用がアクティブ運用に勝る理由は、前者が「後者の平均」をよりローコストでじっと保有するからです。アクティブ運用の進歩の有無や、マーケットの環境などには基本的に関係がありません。
そのようにゲームの構造が分かってしまうと、元ファンドマネージャーとしては少なからず残念ですが、優劣を生み出す構造に変化は起きにくいと言えるでしょう。運用業界にはまだグズグズ言っている人が少なくありませんが、「アクティブの運用力」とか「マーケットの質の向き不向き」とかで事態が変わると考えるのは賢くありません。ある意味では退屈な話ですが、「平均を持ってじっとしている」ことの優位性は原理的に動きません。
ただ、希望も含めて思うに、アクティブ運用の商品も将来は今よりも運用手数料を下げざるを得なくなるのではないでしょうか。そうなると、インデックスファンドとの差は、今よりもすこし「マシ」になるかも知れません。
Q5.高配当株式への投資は新NISAでの資産形成に有効でしょうか。
新NISAの運用で高配当株式がいいはずだと言える一般論としての理由はありません。高配当株式のパフォーマンスが相対的に優れている時には、新NISAで投資しても悪くないだろうと言えるに過ぎません。
より厳密に考えると、トータルリターンが同じなら配当に回るよりも株価が上昇する方が節税枠をより有効に使うことができるとも言えるでしょう。
新NISAでの投資は、なるべく回転率を下げることができるようにバランスの取れた分散投資を行うことが一応のセオリーになります。
説明のための例を考えると、全体で新NISAの投資枠の何倍もあるような個別株式のポートフォリオを運用している場合に、その一部を新NISAを利用して投資することは合理的ですが、その場合には、ポートフォリオの中の高配当株部分ではない一部を新NISA口座に充てることが合理的になるはずです。
私としては、投資にあって配当や分配金のようなインカムゲインにこだわる意思決定を早く卒業することをお勧めしたいと思います。インカムゲインとキャピタルゲインを区別せずにトータルで合理的に投資して、お金が必要なら部分的に解約するアプローチでいいはずです。すっきり割り切って、さっぱりしましょう!
Q6.海外債券への投資の有効性をどのように考えていますか?
昨今海外の先進国の債券の利回りが一時よりも上昇してきたので、内外の株式と外国債券との分散投資の効果が得られる可能性が以前よりも大きくなったとは言えるでしょう。
ただ、債券と株式の分散投資効果は必ずしも安定していませんし、債券に資金を回すと、一定の金額の投資の中では獲得が期待できるリスクプレミアムが小さくなるので、巨額の資金を運用したり、レバレッジ運用が手軽且つ低コストに可能だったりするわけではないので、個人投資家が外債投資をポートフォリオに加えることで運用を改善できる可能性は、あるとしてもそれほど大きなものではないように思います。外債投資に回すお金があれば一部ないし全部を内外の株式に充てる方がいい場合が多いのではないでしょうか。
運用を複雑化しないことのメリットまで考えると、外国債券まで手を広げなくてもいいと考えておくのが現実的な投資家が多いと思います。
Q7.日銀の新体制と新NISAでの投資の関連について考えを聞かせて下さい。
先ず、長期的な資産形成の観点からすると、日銀やFRBが当面どのような政策を採るかは、殆ど影響がないか、影響はあってもそれを予測して運用を改善することはできないかのいずれかである可能性が大きいことを理解して下さい。
例えば、老後の資産形成の一応の目標時点が20年後だとして、20年後の内外の株価に、今年の日銀の政策は殆ど影響を与えないことはお分かり頂けるでしょう。
今年の株価が上昇したなら、これまで持っていた資産が増えたことを喜べばいいし、下がったのなら安い株価で将来に向けた投資ができたことを喜べばいい。もっと言うと、厳密にはいちいち喜ぶことが余計です。淡々と投資していればいい。
全くの個人的な希望を付け加えると、植田和男新総裁の日銀が、あくまでもインフレ目標を十分達成したと判断してからのことですが、これまで市場で買ったETF(上場型投資信託)を正々堂々と市場で売ってくれると喜ばしいように思います。「株価が下がる」と大騒ぎする人がいるかも知れませんが、新NISAで増えるはずの投資家にとっては安い株価で投資を行うことができる良い買いチャンスになる可能性がある。
また、民間企業の株式は、日銀が持つよりも、普通の民間人の投資家が持つ方が企業経営上圧倒的にいい。
Q8.新NISAでのお勧めポートフォリオを、さまざまな対象者別に教えて下さい。山崎さんが勧める「全世界株式のインデックスファンド1本」以外の商品・組み合わせで答えて下さい。
質問者は、私の話の肝心の部分を理解していないか、最初の質問の際に説明した「ショッピング好き」の投資家なのか、或いは私を試しているかのいずれかなのでしょう。
若い人と退職者などの高齢者、少額の投資家と富裕層、経験豊富な投資家と初心者など、投資家のタイプによって選ぶべき運用商品が異なるはずだという考えは基本的に間違いで、いわゆる「カモ」になりやすい気持ちの持ち方でもあります。
金融機関の対面営業ばかりでなく、新聞や雑誌の記事でも「投資家のタイプ別のお勧め運用」というアプローチがよく見られます。理解が不十分な専門家は、ついそうしたアプローチに付き合って何種類もお勧め商品を提示してしまったりするのですが、これは愚かで格好が悪いことだと思った方がいい。
たぶん、株式の外に内外のREITを少々使うと思います。しかし、例えば私が運用してみたいと思うアロケーションのポートフォリオは存在しますが、そのポートフォリオと全世界株式一本の運用との優劣は、そもそも微差のはずですし、どちらが優れているかは何とも言えないのが現実です。
どうか、シンプルで合理的な運用をスッキリ理解することの気持ちよさに目覚めて下さい。
Q9.既に特定口座あるいは既存のNISA口座で運用している資産の新NISA口座への振替の考え方と方法について教えて下さい。
特定口座にある資産は、運用益が課税の対象になるので、極力早く実質的に新NISA口座に移したい。この点に気がつくことは、大いに結構なことです。
例えば生活に必要な資金を別として、運用資金が、銀行預金、特定口座、既存のNISA口座にあるとしましょう。
新NISAが始まったら、先ず銀行預金から、次には特定口座から資金を引き出して、年間360万円の上限にできるだけ近づけるように新NISAで投資してしまいましょう。近い将来、生活費や大きな買い物などにお金が必要になれば、銀行預金、特定口座、新NISA口座の順に資金を引き出して使えばいいし、また投資できるお金ができたら、今度は新NISAから投資し始めたらいい。このようにお金を動かすことで、資金を新NISAに早く寄せることができます。
かつて投資した一般NISAやつみたてNISAの資産は、それぞれが利用している制度の期限が来るまでできるだけ置いておくことが合理的でしょう。新NISAの利用枠は旧来のNISAと別に管理されて、両方に投資し続けることができるので、税制優遇された運用の総枠を拡げるためには、かつてのNISAの投資はそのままにしておくといいということです。
Q10.私はアーリーリタイアと同時に投資を始めました。リタイア層における新NISAの使い方について教えて下さい。
何度も申し上げて恐縮ですが、「高齢だから」、「リタイアしているから」といった理由で適切な運用のやり方が他の条件の人と変わることはありません。普通の人と同じように、普通に合理的に運用すればいいのです。
せっかくアーリーリタイアを達成されたのですから、細かな運用のあれこれを気にせずに、大いに人生を楽しまれてはいかがでしょうか。
投資は人生のためにあります。人生が投資のためにある訳ではありません。
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