黒田路線からの転換を柔軟に判断か?

 先週のドル/円の為替相場は日本銀行の次期総裁人事を巡る報道で上下に振らされた1週間でした。6日(月)に「日銀総裁を雨宮氏に打診」との報道があり、市場では、黒田東彦総裁の下で異次元緩和政策に携わってきた雨宮正佳副総裁が黒田氏の後任になれば、金融緩和路線が継続するとの期待が高まりました。

 それを受けて、ドル相場は、1ドル=131円台前半から132円台後半まで上昇しました。

 そして10日(金)には6日の雨宮氏打診の報道を打ち消す形で、「日銀新総裁、植田和男氏を起用へ」との報道が相次ぎました。雨宮副総裁ではなく、これまで後任候補としてほとんど取りざたされなかった元日銀審議委員の植田和男氏が起用されるとの驚きによって、131円台半ばから一時130円割れの円高に傾きました。

 ただ、この日銀新総裁を巡る報道があった後に植田氏が報道陣への取材に「現在の日銀の政策は適切である。当面は金融緩和を続ける必要があると思っている」と述べたことから、ドル/円は報道前の131円台半ばの水準に戻しました。

 この上下の動きによって次期総裁候補を巡る報道は、材料としてほぼ消化された感があります。今後は日銀が新体制でどのような姿勢で臨むのかが焦点となります。過去の植田氏の言動は参考にはなりますが、国内外の環境の中で現在の政策を検討して、どのような評価をするのか注目です。

 日銀は昨年12月に長期金利を実質的に引き上げましたが、市場はさらなる政策の修正を期待しています。まずは12月に日銀が決定した政策の一部修正の背景を振り返ってみたいと思います。

 黒田体制はこの10 年間を通じて異次元緩和政策の下、市場に大量の資金供給をしました。ですが、大量に資金を供給してもそれに応じて賃金や物価が整合的な上昇を見せるということがなかっただけでなく、2022年になって副作用(*)への懸念が高まってきました。

(*)異次元緩和による副作用

  • マイナス金利政策導入による超低金利政策によって銀行業の収益基盤低下、機関投資家の運用益低下。これを回避するため国内資金を海外資産へ投資(資本流出は円安要因)
  • 日本のみが金融緩和を続けることによって他国との金利差が拡大し、円安を通じた輸入物価の上昇によって家計や企業のコストが増大
  • 長期金利の上昇を抑えるための大量の国債購入によって、日銀による国債保有割合は50%を超えており、中央銀行が政府の財政赤字を事実上穴埋めしている状況で財政規律が緩み、財政健全化に悪影響

 2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻開始以降、各国の物価上昇が加速しました。物価上昇を抑えるために各国の中央銀行が金利を引き上げていく中、日本の金利も上昇を強いられる環境となりました。

 ところが、日本の金融政策は長期金利に上限を設け、上昇を抑えるという政策を取っていることから金利体系にゆがみが生じ、国債取引不成立など国債市場の機能が低下してきました。

 加えて日本の物価も上昇し始めました。日銀が物価安定の目標としてきた物価上昇率2%を超えてきたことから、日本も政策変更しなければ副作用が大きくなるのではないかとの懸念が高まり、日銀は昨年12月に政策の一部修正を行いました。

 長期金利の変動許容幅を拡大(プラスマイナス0.25%→プラスマイナス0.50%)した修正について、黒田総裁は「運用見直しで、利上げではない」と強調し、「今後、(許容幅を)拡大するつもりはない」と述べました。「金融政策の枠組みや出口戦略を具体的に論じるのは時期尚早」と明言していますが、市場は実質利上げとみています。そして市場はさらなる修正を期待しています。

 植田新体制はこのような情勢の中でスタートとなるのですが、植田氏は報道陣に「日銀の政策は適切であり、当面は金融緩和を続ける必要がある」と答えています。

 しかし、総裁としての役割を聞かれると、「政策の判断を論理的に、判断の結果を分かりやすく説明することが大事だ。非常に難しい経済情勢なので予断を持たずに柔軟に適切な政策をしていくことだ」と答えています。

 つまり、現状の日銀の政策を追認しながらも、同時に「政策は論理的に判断し、その結果を分かりやすく説明する」としています。つまり、物価目標2%を安定的に達成するまでは何が何でも資金を供給し続けるという黒田路線を引き継ぐのではなく、副作用の方が大きくなりすぎた場合は論理的に判断して政策の修正を行うこともあり得ると捉えることができます。

 そのことは「非常に難しい経済情勢なので予断を持たずに柔軟に適切な政策をしていく」との表現から感じ取ることができます。しかも市場との対話を重視し、分かりやすく説明するとしています。

 総裁人事の報道直後の自宅玄関前での植田氏の応答は、これからの取り組み姿勢が凝縮された内容だと思います。植田新体制の下、これまでの政策を総括してどのように評価するのか注意深く見守りたいと思います。

 まずは、今月24日にもある衆議院での新総裁候補の所信聴取に注目です。そして植田新体制での日銀金融政策決定会合の初会合は4月27~28日となります。

植田新体制スタートまで為替は米国側の要因で動く

 植田氏の金融政策に対する姿勢がはっきりするまでは、為替相場は米国サイドの要因によって左右されそうです。

 ドル/円は、日銀の緩和修正期待から1ドル=125~130円の円高に進む可能性もありましたが、黒田総裁が1月に長期金利の許容変動幅の再拡大はないと発言したことや、2月3日に公表された米国の雇用統計が堅調だったことを受けて、方向感を失い、127~133円のレンジをさまよっていました。

 しかし、14日に米国の1月CPI(消費者物価指数)が公表されたことを受けて、1ドル=133円を上抜け、円安に動きました。1月のCPIは前年同月比で6.4%上昇となりました。伸び率は昨年12月(6.5%)から鈍化し、7カ月連続で縮小しましたが、市場予想を超えました。また前月比の伸び率は0.5%の上昇となり、昨年12月(0.1%)よりも大きくなりました。米長期金利の上昇もあり、ドル/円は133円台で、その日の取引を終えました。

 1ドル=133円を上抜けたことから、4月に日銀で植田新体制がスタートするまでは米国サイドの要因が強く働き、ドル/円は130~135円のレンジで動きそうです。

 というのも、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が次回3月のFOMC(連邦公開市場委員会)会合で今年末の政策金利の見通しを引き上げるかどうかが、大きなポイントになるからです。米国の雇用環境が堅調だったことや物価上昇率が高止まりしていることを受けて、FRBによる利上げが長期化するとの観測が強くなっています。

 FRBは昨年12月FOMC会合時点では今年末の政策金利の見通しを5.125%としています。現在の金利は4.50~4.75%ですので、3月と5月のFOMC会合でそれぞれ0.25%の利上げをすれば、5.125%に達します。

 ただ、3月のFOMC会合で今年末の金利見通しを上げるのであれば、6月、7月の会合でも利上げが続くとの見方が強まる可能性があります。

 3月の会合までには、2月の雇用統計とCPIの公表がそれぞれあるため、データを見極めながらの動きになりそうです。インフレが再燃し長期化するのかどうか、それともFRBのパウエル議長が「ディスインフレ(インフレ鈍化)のプロセスが始まった」と指摘するように、傾向としてはインフレが緩やかに鈍化していくのかどうか注目したいです。

 一方で、日銀で4月に植田新体制が始まると、政策修正への期待が高まることも予想されます。植田氏も「予断を持たずに柔軟に適切な政策をしていく」と発言していることから、再び円高に動く可能性もあるため、相場に柔軟に臨む必要があります。

 昨年12月の日銀短観の2022年度下期の想定為替レート(全規模・全産業)は132.31円であることから、132円台後半からドル売り圧力が増すことも予想されるため、留意しておいた方が良いかもしれません。