「対話」路線に進んでいた米中2大国

 ここにきて、米中関係を巡る動向の雲行きが怪しくなってきました。この2大国関係の現在地を検証し、展望を占う前に、過去半年ほどの歩みを振り返ってみたいと思います。

 特に大国の外交を考える上で、決定的に重要なのが内政です。中国の側で言えば、昨年10月、5年に1度の共産党大会が開催され、習近平総書記が異例の3期目入りを決めました。権力を一層集中させ、政治局常務委員(チャイナセブン)を自らが信頼できる、自らに忠誠を誓う側近で固め、積極外交を展開するための内政的基盤を作り上げようとしました。

 11月、インドネシアのバリ島で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議に出席した習氏は、バイデン大統領と初の対面による首脳会談に臨みました。会談は同時通訳を交えて3時間以上に及び、中国政府は両首脳が笑顔で向き合っている写真を公開。8月のナンシー・ペロシ下院議長(当時)の台湾訪問などで傷ついた米中関係が改善している蜜月ぶりをアピールしようとさえしました。習氏にとって、党大会直後にバイデン大統領と対面での会談を開催した事実は、超大国・米国が、自らの異例の3期目入りを承認したことを意味していました。

 それからというもの、米中は国防や通商、財務といった分野での閣僚対話を継続的に行ってきました。米中間には依然として人権や先端技術、軍事、台湾、そして世界秩序における覇権争いなど、多くの課題が残されていますし、戦略的競争関係が長期化するのも必至です。ただ、競争を衝突にしないためのガードレールづくりをしようではないか、という一点において、両国首脳の立場は一致してきたと言えます。

 そして、ハイレベル対話にとっての一つのクライマックスがブリンケン国務長官による中国訪問でした。ただ、訪中直前になって、米中関係は思わぬ展開を見せることになります。

ブリンケン訪中直前に起きた中国気球の領空侵入と米軍による撃墜

 今年1月28日、米領空内に侵入した中国の気球を米軍が確認しました。2月1日、モンタナ州の上空に気球が到達すると、バイデン大統領が軍に対して「撃墜せよ」と指示を出します。ブリンケン長官はワシントン時間の3日夜に北京へ向けて飛び立つ予定でしたが、同日朝(北京時間夜)、王毅政治局委員兼中央外事工作弁公室主任と電話会談をし、「冷静に、プロフェッショナルな態度で突発事件に対処することが大切だ」としましたが、この時点で訪中は延期する旨を確認しています。

 王氏は「気象研究のための民間用の無人飛行船が不可抗力により米国に迷い込んだことは遺憾」と表明。自国に非があることは一応認め、ブリンケン氏もそこに留意、外交的関与を続けつつ、状況が許せばすぐにでも北京を訪問する用意があると応じました。この時点では、米中は引き続き対話を行っていく姿勢を有していたと言えます。

 事態が急展開したのは翌日の4日、米軍が気球を撃墜したと発表したのです。そもそも、王氏も使用しているように、中国側は気球とは呼びたくなく、「民間用の無人飛行船」と位置付けている。一方、米国側はオースティン国防長官も明言しているように、それを「米本土の戦略的拠点を監視する目的で中国が使っていた偵察気球」とみています。そもそもあの気球とは何なのか、を巡って米中間では主張が異なり、ここにも両国間の戦略的相互不信という不都合な真実がにじみ出ているのです。

 自国の気球が撃ち落とされたのを受けて、5日、中国外交部は「強烈な不満と厳正な抗議」を表明、「米国が武力を行使して民間の気球を撃ち落としたやり方は明らかな過剰反応」と反発しました。同日、中国国防部は同様のコメントをしつつ、「必要な手段を用いて同じような状況に対処する権利を保留する」という立場を示しています。要するに、仮に今後、米国が偵察目的で気球を飛ばし、それを中国の領空で発見した場合には、ちゅうちょなく撃墜する、という意思表示です。

 米国はこの問題を機に米中関係で主導権を握るべく積極攻勢をかけているように見受けられます。国防総省の高官は4日、「中国の偵察気球が米国領空を飛行したのは今回が初めてではなく、トランプ前政権時代に少なくとも3度、バイデン政権発足早々にも1回あった、ただ今回ほど長時間の飛行ではなかった」と発信。ロシア・ウクライナ戦争でもそうでしたし、今後台湾問題の動向を捉える上でも重要ですが、米国当局からのインテリジェンス情報の出し方、そのタイミングと内容を含め、これまで以上に注目していく必要があると思います。

2023年、米中関係と台湾海峡はどうなるか

 米国がそれだけ中国側の動きに機敏に反応しているということだと思います。今回の中国気球の飛行経路から、米国の軍事施設を含めた機微な地域の上空を通過した可能性も指摘されています。中国側は「民間による気象研究のため」と弁明していますが、それが官主導なのか、民間用なのか、飛行船なのか気球なのかはともかく、米国に関わる情報収集というインテリジェンス活動を相手国の領空内で行っていたことは紛れもない事実なわけで、近年における米中間の攻防を赤裸々に体現した現象だと言えるでしょう。

 米軍はその後も着々と撃ち落とした気球の残骸を回収し、対中情報収集の一環にしようとしています。それらを中国側に返すつもりは毛頭ありません。習政権にとって、習氏が3期目入りを決め、米中対話が軌道に乗り始め、感染を徹底的に封じ込める「ゼロコロナ」政策の撤廃後、国をリオープンしていく中で、米国の外交トップをお国に迎え入れることは明確な戦略目標でした。その意味で、この中国気球撃墜事件は、中国側にとっては最悪のタイミングで、大きな失態だった。逆に米国側は中国側に対し、外交やインテリジェンスでも攻勢に出るための契機をつかんだと現時点では分析できます。

 これから米中関係はどこへ向かうのか。

 一連の事態を受け、米議会では今週内にも超党派の非難決議を採択すべく、これまで以上に対中強硬に傾いています。マッカーシー下院議長(共和党)が今春にも台湾を訪問するとも言われています。それが現実化すれば、中国が昨年8月のペロシ訪台時同様あるいはそれ以上の規模で、台湾海峡で軍事演習を実施するのは必至でしょう。

 議会とホワイトハウスは対中政策でどう協調していくのか。2月6日、バイデン大統領は「気球問題で米中関係は悪化するか?」と記者に問われると、明確に「ノー」と答え、「中国には米国が何をするかを明確にした」と表明。真の大国関係を築くには、主張すべきは主張していかなければならないという意思表明にも捉えられます。習氏はこれをどう受け止めるか。

 来年1月には台湾で総統選が、11月には米国で大統領選が予定されています。選挙キャンペーンに入っていく中で、台湾、米国の立候補者やその周辺が「中国」をどう定義し、議論していくのか。ブリンケン訪中延期、中国気球撃墜事件を受けて、2023年の米中関係、および台湾海峡は、当初予想していたよりも緊迫した展開を見せるのではないかと見ています。