2013年度は過去最高の発行高

2013年度、個人向けの社債の発行高は、過去最高水準の4兆6000億円だった。過去最高水準だったのは2011年度で(4兆6044億円)、これと並ぶ水準だという(『日本経済新聞』4月26日夕刊)。

いうまでもなく低金利が長引いている。現在、いわゆる「長期金利」である10年物国債の流通利回りは0.6%近辺であり、発行者の信用リスクが大きくなる一方で、利回りが高くなる社債の利回りに魅力を感じる個人がいてもおかしくはない。

もっとも、低金利とはいえ、これまで長らくデフレだった。実質金利ベースではプラスだったので、国債や銀行預金が悪い運用対象だった訳ではない。しかし、消費者物価がプラスに転じてくると、低利で利回りを固定する運用を見直したくなる。

さて、2013年度の発行には、ソフトバンクが1.740%(5年債、発行額4千億円)、ソニーが0.860%(5年債、発行額15百億円)、クレディセゾン1.023%(10年債、発行額1百億円)といった銘柄があった。

これらは、個人にとって魅力的な運用対象だろうか。

扱いが難しい「信用リスク」

結論から申し上げると、筆者は個人投資家に社債での運用をお勧めしない。理由は複数あるが、最大の理由は信用リスクの判断が難しいことだ。

例えば、ソフトバンクの5年債は、信用リスクがあるから同年限の国債よりも1%以上利回りが高い。問題は、この利回り差(スプレッド)がソフトバンクの信用リスクに十分釣り合う以上に有利か否かだ。

ごく大雑把にいって、今後5年間にソフトバンク債がデフォルトに陥る可能性が「100に1つくらい」の確率なら、この債券に投資することは十分に魅力的だ。

だが、ソフトバンクの積極的な経営は、それ自体として大変魅力的であり、筆者は楽天グループの会社に勤めているにも関わらず同社と経営者である孫正義氏を応援したい気持ちにもなるくらいだが、同社の大きな外部資金調達と、日米両方の携帯電話ビジネスの競争の激しさや変化のスピードの速さを考えると、同社の破綻確率が一体どれくらいなのかは見当が付かない。個人投資家の多くもそうだろうし、銀行や債券ファンドのファンドマネジャーも、情報を個人よりも持っているとしても、具体的な数値で判断出来ないことは同様ではなかろうか。

一方、個人が社債に投資する場合、1銘柄への投資額が自分の資金の中で、かなりの割合を占める場合が多いだろう。

そうなると、ソフトバンク債に関わらず、利回りが魅力的な社債への投資は、概ね「100回に99回は無事で有利だが、1回は大きな額の損失になる」といったゲームであると考えることが出来る。

ここで「1%の失敗」を大きくマイナス評価することは、ダニエル・カーネマンのプロスペクト理論が指摘する0や1近傍の確率の事象の過大評価のバイアス(「“絶対”への拘り」とでも名付けるか)に囚われているかも知れないが、債券投資に魅力を感じる個人の多くが「安心」を求めていることを思うと、やはり個人に社債投資は、お勧めしにくい。

格付け会社は「後付け会社」!

信用リスクの判断は難しいとしても、格付けを参考にするといい、という意見があろう。しかし、一つには格付け会社が信用に足るものでないことと、もう一つには現実的に格付けの利用が難しいことを挙げておこう。

先ず、大手で且つ内外で広く利用されている格付け会社は、債券の発行主体から依頼を受けて個々の債券を格付けし、発行体から格付け手数料を貰うビジネス・モデルだ。このモデルで、格付け会社は、発光体から次のビジネスを貰うために、格付けを甘くするインセンティブ(誘因)を持っている。

これが大規模に問題化したのは、金融危機の前段階で火を噴いたサブプライム問題であったが、格付け会社がビジネス的に親しい発行体に甘くなる傾向は、たとえば日本の大手企業が発行する債券に対する外資系格付け会社の格付けと、日系格付け会社の格付けの傾向を較べて見るとよく分かる。

運用対象債券の条件として「A−(シングル・エー・マイナス)以上」といった運用ルールを設けている機関投資家が少なくないが、こうした機関投資家のポートフォリオには、外資系の格付け会社から既にBBB+格未満(場合によってはBB位)まで格下げされていても、日系の格付け会社がA−で残してくれている社債が何銘柄か、徳俵に足をかけるようにして際どく残っているのが通例だ。

しかも、「AA−以上」、「A−以上」、あるいは「BBB−以上」といった投資制限ルールの下で社債を運用してみるとやがて分かることなのだが、既に投資した社債の格付けが事後的に下がった場合、売りたくても債券価格は先に大きく下がっており、「大きく損切るか」、「満期まで祈って持つか」の二者択一しかない状況になる。

格付けは、発行体の業績等が明白に悪化して、債券価格が下がってから、これを後追いして下がることが多い。だから、筆者は、格付け会社のことを「後付け会社」と呼びたい。

個人投資家の皆さんも、格付けに頼らない方がいい、と申し上げたい。

情報の非対称性

もう一点、社債は、業者間の店頭取引で売り買いされるので、たとえば上場株式と較べて、取引の様子、端的にいって今時点でのフェアな市場価格が見えにくいことも嫌な要素だ。

個人投資家の売買金額が小さいこともあって、保有する債券を売ろうとすると、しばしば市場価格との値差を大きく抜かれて、不利な価格での売却になりやすい。

この点、上場株式であれば、プロ同士の取引価格にアマチュアも参加出来るし、フェアな価格との差である手数料もガラス張りで明白だ(加えて、ネット証券を使うと手数料が安い!)。

「個人向け」である理由

加えて、社債がわざわざ「個人向け」で売られる理由を考えると、個人向け社債への投資は更に気が進まない。

証券会社から見ると、個人は売買単位が小さく、セールスの手間が掛かる。また、債券市場では、人気のある債券は、発行が決まると直ぐに機関投資家の申し込みが殺到し、業界用語でいうところの「瞬間蒸発」的な状況になる。人気の社債が手に入りにくいのは、目下の機関投資家の悩みの一つだ。

手間とコストを掛けて社債が個人に売られるということは、その社債の発行者の信用リスクや利回りを含めた条件が、機関投資家には魅力的でないからだ、という合理的な推測が成り立つ。

世のセールスマン諸氏には申し訳ないが、「わざわざ売りに来る物に、ろくな物が無い」というのが一般的な経済原則である。社債も例外ではない。

ポートフォリオで社債を買いたい!

以上、個人投資家の立場から見て社債に投資することの否定的側面を率直に書いた。

しかし、筆者は、社債が投資対象としてどうやっても魅力的でないと思っている訳ではない。また、日本では社債市場・社債ビジネスを発展させる必要はないと思っている訳でもない。むしろ、多くの日本の投資家が社債に投資出来る環境と市場の厚みがないことを残念に思っている。

社債市場が十分発達すると企業の銀行に対する立場が強くなり、また、株式を他人に渡すことなく資金を調達できる道が拡がり企業経営の自由度が増すので、経済全体にプラスの効果があると考えている。

では、日本の社債ビジネスに足りないものは何なのか。

個人投資家の立場から考えると、それは、社債を実質的にポートフォリオで買えるような仕組みないし金融商品だ。

個人投資家にとって最大の問題である信用リスク判断の難しさを回避・解決出来る唯一の方法は分散投資だ。実は内外の機関投資家が、債券で資金運用が出来るのは、債券のファンドマネジャーやアナリストが個々の銘柄に対して優れた信用リスク判断能力を持っているからではなく、資金が巨額で分散投資が出来るからだ。

個人が信用リスクのスプレッドを享受するための器となる金融商品は投資信託ということになろうが、問題は手数料だ。スプレッドを十分魅力的なものとして享受するためには、ノーロード(販売手数料ゼロ)は当然として、出来れば、年率で20ベイシスくらいまでに信託報酬を抑えた債券ファンドが欲しい。過去の手数料水準への「値覚え」があると踏切りにくいかも知れないが、最終的に巨額の資金が集まる可能性があることを思うと、誰かがチャレンジしないものか。運用会社と販売チャネルの両方を考える必要があるが、投資家のためにも、日本の資本市場と経済のためにも、チャレンジのし甲斐があるビジネスだと思う。今後に期待したい。